井口健二のOn the Production
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2013年10月06日(日) 自由と壁とヒップホップ、セッションズ、ザ・イースト、ゆるせない逢いたい、グランド・イリュージョン

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『自由と壁とヒップホップ』“Slingshot Hip Hop”
ニューヨーク大学大学院で芸術学を専攻、在学中よりアート
作品を発表して、2005年サンダンス映画祭に出品された短編
作品が評価されたというアラブ系アメリカ人アーティストの
ジャッキー・リーム・サッローム監督による故郷パレスチナ
で取材された長編ドキュメンタリー。
監督は、2002年にパレスチナ史上初と言われるピップホップ
グループ“DAM”の存在を知ったそうだ。そのグループは
イスラエル領内のパレスチナ人地区で誕生し、占領や貧困、
さらにはアラブ圏特有のジェンダー差別などで生きる意味を
見いだせない若者たちに発言することの価値を教え、勇気と
夢を与え続けている。
そして彼らに触発された若者たちは抑圧された中でラップの
言葉を紡ぎ、インターネットなどを通じて情報を発信する。
そんなパレスチナのヒップホップの現状が描かれる。ただし
本作は2008年に発表されたもので、多少の情報の遅れなどは
あるのかもしれないが、描かれるのはほとんど僕らが知らな
かったパレスチナの若者たちの実像だ。
そんなパレスチナでは、イスラエル建国以前の1947年に住む
土地を追われた人々と、その際にイスラエル領内に留まった
人々との間で確執があったようだ。DAMはそのイスラエル
領内に留まった人々の中で誕生し、確執を乗り越えて人々に
連帯を呼びかける。またジェンダー差別で歌うことを禁じら
れた女性歌手も支援する。
そしてDAMはヨルダン川西岸地区に最高のステージを用意
し、パレスチナのヒップホップグループが一堂に会する合同
ライヴを計画するのだが。ガザ地区のグループがそのステー
ジにたどり着くためには、いくつのも分離壁や検問所を通り
抜けなければならなかった。果たしてその合同ライヴは実現
するか…。
映画の中ではイスラエル軍の爆撃を受けたパレスチナ人居住
区のアパートの惨状なども紹介されるが、それはパレスチナ
の映像として僕らが知り得ていたものだ。しかしそんな中で
多数のヒップホップグループが存在し、彼らが情報を発信し
続けていることは知らなかった。そんな彼らの姿が目の当た
りにされる。
中でもDAMが歌う“مين إرهابي:Who's the Terrorist”は、
彼らの立場を見事に表している。そんな楽曲がDAMの他に
も数々披露されると共に、映画ではDAMのメムバーが親た
ちが囚われの身となっている子供たちの許を訪れて夢を語る
ことの喜びを教えたり、女性たちに楽曲を提供するなどの社
会貢献の姿も描いて行く。

映画では、普段知ることの出来ない世界を観ることに価値を
感じることが多いが、パレスチナの問題はその中でも奥の深
さを感じさせられるものだ。本作ではそんなパレスチナ問題
の中でもさらに新たな側面を観ることができた感じがした。
公開は、東京では11月下旬に渋谷のイメージフォーラム他、
全国順次で行われる。

『セッションズ』“The Sessions”
20世紀フォックスのアートブランドFOXサーチライトが
2014年に創立20周年を迎える記念の第1弾として公開される
2011年度作品。
物語は1999年に亡くなったアメリカの詩人でジャーナリスト
のマーク・オブライエンの生涯に基づく。
幼い頃に罹ったポリオのために首から下が麻痺してしまった
オブライエンは、鉄の肺と呼ばれる医療器具で呼吸の補助を
受けながらカリフォルニア大学バークレー校に学び、詩人・
ジャーナリストとして生計を立てる。もちろんそれは介助員
の助けを借りながらのものだが、それなりの生活にはなって
いた。
しかし彼には満足できないことがあった。それは1人前の性
行為をしたことがないこと。性衝動によって勃起はするが、
手を動かせないために自慰をすることもできない。そんな彼
がすがったのは、セックスセラピストと名告る女性だった。
そして彼女は学術的な記録を取りながら彼との性行為を実践
することになるが…
今年1月紹介の日本映画『暗闇から手をのばせ』では、身体
障害者のための風俗を営業する男が描かれていたが、現実に
これは大きな問題と思えるものだ。しかも本作は姦淫を十戒
の1つとするキリスト教世界での話だから、さらに問題は複
雑になる。それらのテーマが実に巧みに組み合わされた作品
だった。

脚本と監督は、自らもポリオ・サバイヴァーで大ヒットTV
シリーズ『アリー My Love』なども手掛けたベン・リューベ
ン。出演は、2011年8月紹介『ウィンターズ・ボーン』でオ
スカー候補になったジョン・ホークスと、1997年『恋愛小説
家』で受賞し、本作でも候補になったヘレン・ハント。
さらに2008年1月紹介『団塊ボーイズ』などのウィリアム・
H・メイシー、2009年5月紹介『ターミネーター4』などの
ムーン・ブラッドグッド、2003年『モナリザ・スマイル』な
どのアニカ・マークスらが脇を固めている。
特にメイシーが演じた教会の牧師は、主人公がセックスセラ
ピストとの関係を告白するシーンで、それが姦淫であること
を認識しながらもその行為に理解を示す演技が素晴らしく、
思わず涙するほど感動してしまった。そしてその感動は映画
の全編に続いて行ったものだ。
僕が子供の頃には小児麻痺と呼ばれていたポリオは、子供が
罹る最も恐ろしい病気として認識していたが、当時すでに予
防ワクチンなどもあって、その甘ったるいシロップを飲まさ
れた記憶もある。しかしその現実はほとんど知らなかったも
ので、本作でその恐ろしさも再認識した。
なお現在の治療がどのように行われているかは知らないが、
映画に登場する「鉄の肺」は、カリフォルニア州で現存稼働
していた唯一の装置だそうだ。

公開は、12月6日から東京は新宿シネマカリテにて、以降は
全国順次で行われる。

『ザ・イースト』“The East”
今年8月紹介『ランナウェイ/逃亡者』にも出ていた1982年
生まれの女優ブリット・マーリングが製作・共同脚本・主演
を務め、上記と同じくFOXサーチライトの創立20周年記念
第2弾として公開される2013年度作品。
マーリングが演じるのは、元FBIのエージェントで企業を
相手にテロ対策を講じるセキュリティ会社にリクルートした
調査員。折しも海洋汚染を引き起こした石油王の屋敷に大量
の原油が流し込まれるテロ事件が起き、環境テロリスト集団
「イースト」から犯行声明が出される。
そして彼女に与えられた任務は、「イースト」の組織に潜入
してテロ集団のメムバーの特定と次の標的企業を探り出すこ
とだった。
こうしてサラという偽名を使いアナーキストやゴミを回収し
て再利用する活動家らに接近して行った主人公は、ある日、
貨物列車への無賃乗車が発覚し警察に逮捕されそうになった
とき、助けられた若者の車に「イースト」を連想させる印を
発見する。
かくして「イースト」に潜入した主人公はメムバーの素性を
探り始めるが、それは思いもかけぬ現実を彼女に突きつけて
来ることになる。そして概要も知らされぬまま従事した作戦
は副作用を蔑ろにして危険な医薬品を売り続ける製薬会社を
標的にしたものだったが…

共演は、2010年7月紹介『インセプション』などのエレン・
ペイジ、2012年4月紹介『バトルシップ』などのアレクサン
ダー・スカルスガルド、1月紹介『マリリン・7日間の恋』
などのジュリア・オーモンド、2009年3月紹介『それでも恋
するバルセロナ』などのパトリシア・クラークソン。
監督は、マーリングが共同脚本を手掛けた2011年“Sound of
My Voice”でも組んだザル・バトマングリ。2人は大学時代
からのパートナーで、前作がサンダンス映画祭で評価を受け
た後、本作にも登場するゴミを回収して再利用する活動家ら
と生活を共にし、その中から本作が誕生したとのことだ。
試写は上記の『セッションズ』と2本立てで行われて、続け
て観るとあまりに感動的だった上記の作品に比べてちょっと
作為が強いようにも感じられた。でも単独で観ればそんなこ
ともなくフィクションとして楽しめるものだと思われる。
それにしてもマーリングは、8月紹介作に続けて反体制的な
過激集団を描いた作品だが、彼女自身は脚本の執筆中から状
況が実社会に近づいていることに気がついたそうで、そんな
危機感が本作にも存分に描かれている。

公開は来年1月31日から東京は新宿シネマカリテにて。なお
シネマカリテはFOXサーチライトの常設スクリーンと紹介
されたもので、以後も順次アメリカの良心とも言える秀作群
を公開してくれるのかな。

『ゆるせない、逢いたい』
今年8月の同じ日付で紹介した『スクールガール・コンプレ
ックス−放送部篇−』の吉倉あおいと、『許されざる者』の
柳楽優弥の共演で、かなり社会性のあるテーマを持った青春
ドラマ。
主人公は、大会を目指してトレーニングに励む高校陸上部の
女子マラソンランナー。数年前に父親を交通事故で亡くし、
民事弁護士の母親と共に最近引っ越してきた彼女だったが、
それでも大会出場を目指せる位置にいるようだ。
そんな主人公が、引っ越しの段ボール箱の回収を切っ掛けに
古紙回収業の若者と付き合うようになる。それは多少厳格な
母親には内緒の冒険だった。ところが何度目かの夜のデート
で突然若者が彼女に襲い掛かる。
「デートレイプ」、その被害者になった我が娘を前に母親は
決然と警察へ被害を届け、間もなく若者は逮捕される。しか
し審判を傍聴する母親の前で若者は、初犯であり、反省して
いることを理由に保護観察処分の決定となる。
しかも若者の弁護人は母親に対して被害者と加害者の面会の
機会を求めてくる。それには当然拒否反応を示す母親だった
が。当事者である主人公は心と体の葛藤に苦しんでいた。そ
の末に彼女が出した結論は…

脚本と監督は、本作が商業作品デビューとなる金子純一。す
でに文化庁の育成プロジェクトへの抜擢や、短編作品では映
画祭での受賞歴もあるようだが、かなり微妙な問題を誠実に
捉えて、見事に描き切っている。
共演は、監督の作品は2度目という朝加真由美と、『スクー
ルガール・コンプレックス』にも出ていた新木優子。他に、
ダンカンらが脇を固めている。
少年犯罪の被害者と加害者の対話は海外では一般的に行われ
るようになってきているそうだが、日本では裁判所や法律上
の問題から、直接会うことができない仕組みになっているよ
うだ。
それに対してNPO法人「被害者加害者対話の会」の取り組
みがあり、その取材から本作が誕生している。それは確かに
微妙な問題を含むものだが、本作ではその点に関して被害者
=主人公の結論として見事なドラマを作り上げている。

これは、硬直化した裁判所や法律のあり方にも一石を投じる
作品になりそうだ。
なお、試写会では吉倉あおいの挨拶があったが、本人的にも
かなり納得の行く作品だったようだ。ただ実際の姿はもう少
し大人で、映画で感じた幼さは演技だったのかな。でもそれ
が映画では見事に活かされて、それも見事だった。

公開は11月16日から、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
と新宿武蔵野館でロードショウされる。

『グランド・イリュージョン』“Now You See Me”
2010年10月紹介『ソーシャル・ネットワーク』でオスカー候
補のジェシー・アイゼンバーグと、2011年2月紹介『キッズ
・オールライト』で候補のマーク・ラファロの出演で、有り
得ない犯罪に挑むマジシャンと警察の攻防を描いた作品。
主人公は、ストリートでマジックを披露して生活費を稼いで
いる若者。そんな彼に占いカードの招待状が届く。そこには
アパートの部屋番号が記され、そこにたどり着いた若者は、
他に3人、計4人が召集されていたことを知る。
それから程なくしてラスヴェガスに「フォー・ホースメン」
と名告る4人のイリュージョニストが登場する。彼らは巧み
なマジックを披露した後で観客席から無作為に1人を選び、
彼の取引銀行から大金庫の現金を盗み出すと宣言する。
そして男性を舞台に設置された瞬間移動装置と称する装置で
パリの銀行の大金庫に送り込み、そこに山と積まれた札束を
ラスヴェガスの舞台に転送してみせるのだが…。それは何と
実際に行われた犯行だった。
これに対してインターポールが動き、FBIエージェントと
共に「フォー・ホースメン」を拘束して捜査が始まる。しか
し犯罪の立証のためには、まず彼らが行ったトリックを見破
らなければならなかった。

共演は、2009年7月紹介『2012』などのウッディ・ハレ
ルスン、今年5月紹介『華麗なるギャツビー』などのアイラ
・フィッシャー、6月紹介『ウォーム・ボディーズ』などの
デイヴ・フランコ。
さらに、2011年11月紹介『人生はビギナーズ』などのメラニ
ー・ロラン、2009年5月紹介『ターミネーター4』に出演の
コモン。そしてモーガン・フリーマン、マイクル・ケインら
が脇を固めている。
原案と脚本は2012年7月紹介『SAFE/セイフ』などのボアズ
・イェーキン。監督は、2010年4月紹介『タイタンの戦い』
などのルイ・レテリエが担当した。
「フォー・ホースメン」のマジックは、ラスヴェガスの後、
ニューオーリンズ、ニューヨークと続いて行くが、それらは
VFXも絡めた華麗なもので、言ってみればマジシャンの夢
のようなイリュージョンが展開される。
それは本作は映画なのだから、実在のマジックをやっても面
白くはない訳で、これはそれだけでも充分に楽しめるが…。
これに本気で挑戦するのが、これからのマジシャンの課題に
もなりそうだ。
なお字幕では、原語のmagicというセリフが「マジック」と
片仮名表記されるが、これは苦肉の策かな? 実はその意味
が映画の前半と後半で変化している印象で、前半は手品、奇
術という意味だが後半はそうではないのではないかな。
そんなことを考えるのも楽しくなる作品だった。

公開は10月25日から、全国ロードショウで行われる。


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井口健二