井口健二のOn the Production
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2012年07月29日(日) 三大映画祭週間、やがて哀しき…、ひみつのアッコちゃん、カルロス、声をかくす人、ナナとカオル2、ふがいない僕は…+Time and Again

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『三大映画祭週間2012』
カンヌ、ベルリン、ヴェネツィアとサン・セバスチャン映画
祭に出品された作品8本を揃えた企画上映会が、東京渋谷の
ヒューマントラストシネマで8月4日から3週間限定で開催
される。
その中から6作品を観せて貰ったので纏めて紹介しておく。
「ミヒャエル」
2011年のカンヌ・コンペティションに選出された作品で、昨
年の東京国際映画祭でも上映されたが、その際は見る機会が
なかった。
内容は、35歳の独身男性と彼が自宅に軟禁している10歳の少
年との交流を描いたもので、多少異常な感じもする作品だ。
しかし作品は何か不思議な雰囲気にも包まれていて、その辺
で映画祭の選出が叶ったものと思われる。

「我らの生活」
2010年カンヌで男優賞に輝いた作品。ローマ郊外の建設現場
で働く男性を主人公に、理不尽な世間の現状を描いてゆく。
物語自体はかなり悲惨なものだが、そこに見出される希望が
素敵に感じられる作品だった。

「フィッシュ・タンク」
2009年カンヌで審査員賞を受賞した作品。悲惨な環境の中で
も、真剣に生きていこうとする若い女性の姿を描いている。
最近こういう作品が多いが、これも映画が現実を写している
からなのだろう。そこに必死に希望を描いているのも、辛い
話なのかもしれない。
今年2月紹介『SHAME』などのマイクル
・ファスベンダーが共演している。
「俺の笛を聞け」
2010年ベルリンで銀熊賞を受賞した作品。少年刑務所に収監
されている少年を主人公に、これもまた理不尽な世間の仕打
ちが描かれてゆく。ただ本作の場合は主人公の行動にも問題
があるが、そうせざるを得ない心情も巧みに描かれていた。

「時の重なる女」
2009年ヴェネツィアで女優賞を受賞した作品。強盗団に襲わ
れて恋人を失い、自らも記憶を喪失した女性の物語。その記
憶が徐々に戻り始めるが、それは驚愕の真実を語り始める。
それなりにファンタスティックな展開もある作品だが、僕に
は結末が納得できなかった。

「ムースの隠遁」
2009年サン・セバスチャンで審査員賞受賞の作品。薬物依存
症の女性が、そのために恋人を失うが、彼は彼女の体に子供
を残していた。そして彼女は都会を離れ、隠遁生活を開始す
るが…。
フランソワ・オゾン監督の作品で、監督らしいムー
ドにも包まれた作品だった。
以上6作品の他にこの企画では、2008年カンヌ審査員賞受賞
「イル・ディーヴォ」と、2010年ヴェネツィア銀獅子賞受賞
「気狂いピエロの決闘」が公開される。いずれも映画ファン
なら見ておきたいと思う作品だ。

『やがて哀しき復讐者』“報應”
前回『コンシェンス/裏切りの炎』を紹介した「ニュー香港
ノワール・フェス」で上映される3作品の内の最後の1本。
2010年3月紹介『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』などで現
代香港ノワールの旗手ともされるジョニー・トー監督が製作
を務める作品。
物語の中心は不動産会社の社長。妻と死別し後妻を迎えるが
子供たちはそれに反発し、特に娘は父親に当てつけるような
放蕩生活を続けている。そんな娘が誘拐され、身代金の要求
が届く。しかし娘の狂言と断定した父親は警察にも届けず身
代金だけ用意する。
ところが事態は予想外の展開となり、その顛末に父親は真犯
人への復讐を誓う。そして腹心のボディガードの男と共に真
犯人の追求を始めた父親は、次第に一味の居場所を突き止め
て行くが…

出演は、2008年7月紹介『ハムナプトラ3』などのアンソニ
ー・ウォンと、2011年8月紹介『アクシデント』などのリッ
チー・レン。2人はトー監督の2006年作品『エグザイル』以
来の共演となるようだが、復讐に燃える社長と冷徹なボディ
ガードを息の合ったコンビで演じている。

監督は、トー監督の右腕として数多くの作品の助監督や編集
に携わってきたロー・ウィンチョン。また編集は『強奪のト
ライアングル』などのデヴィッド・リチャードスン、音楽は
『エグザイル』のガイ・ゼラファなどトー監督作品のチーム
が担当している。
この状況でこの展開というのは、まあ有りと言えば有りだと
は思うが、正しく邦題にある通りの「哀しき」物語で、その
シビアな展開には、何とも言えない空しさのようなものも感
じてしまった。それが今の時代に合っていると言われれば正
にその通りだろう。
以上で、今年の「ニュー香港ノワール・フェス」で上映され
る3作品は全て紹介したが、今回の3作品はいずれも主人公
が一般人であったり、警察関係者であるなど、いわゆる黒社
會の陰が見え隠れはするが、それ自体を描いたものではなか
った。これが香港の現状を反映したものなのかどうか、その
辺りにも興味を引かれた。

なお東京での上映は8月11日から9月6日まで、新宿武蔵野
館で連日3本が上映される。上映は各回入れ替え制だが、各
作品のポストカード付き前売鑑賞券は、3本纏めるとさらに
割引になるようだ。

『ひみつのアッコちゃん』
1962年に「りぼん」で連載開始された赤塚不二夫原作マンガ
の実写映画化。同原作からは過去に3度のテレビアニメ化が
あり、今回はその主題歌もフィーチャーした作品となってい
る。
主人公は小学生の女の子。しかし彼女は、呪文によって「な
りたいもの」に変身することのできる「魔法のコンパクト」
を鏡の精から託されていた。その魔法のコンパクトを使って
彼女は大人の世界に潜り込み、人々を幸せにするための大冒
険を繰り広げる。
その主人公が本作で潜入するのは化粧品会社。伝統はあるが
最近の業績は芳しくなく、怪しげな連中による乗っ取りも画
策されている会社を舞台に、小学生の知恵を活かした作戦が
展開される。
子供が大人に変身して、潰れかけた会社を子供のアイデアで
立て直すというお話では、トム・ハンクス主演、1988年『ビ
ッグ』なども思い浮かぶが、当然本作の原作はそれより古い
ものだ。
しかも本作では、そこに会社経営に関わる状況や株主対策、
それにさらなる陰謀なども絡んで、一筋縄では行かない作品
に仕上げられている。それが赤塚マンガかと言われると、多
少悩むところもあるが、現代の映画ということでは認められ
る作品になっていた。

出演は、綾瀬はるか、岡田将生。谷原章介、吹石一恵、塚地
武雅、大杉漣。さらにもたいまさこ、鹿賀丈史、香川照之ら
が脇を固めている。また小学生の主人公を、2008年2月紹介
『あの空をおぼえている』などの吉田里琴が演じていた。
小学生が変身した大人を演じる綾瀬のドジ振りが赤塚マンガ
らしいギャグを振りまくが、綾瀬は少し上擦った発声の台詞
回しで、なかなか巧みにこの役を演じていた。またその他の
変身した大人を演じる役者たちも上手くそれに合わせていた
ようだ。

脚本は、今年6月紹介『闇金ウシジマくん』では脚本・監督
も務めていた山口雅俊。監督は、昨年7月紹介『こちら葛飾
区亀有公演前派出所』の川村泰祐が担当した。
作品は、ギャグに頼ったお笑いではなく、社会的な要素も巧
みに取り入れた案外芯の通った内容に仕上がっていた。この
辺は、監督、脚本家の前作にも通じるところで、彼らには、
これからも注目したい。

『カルロス』“Carlos”
1994年に逮捕された伝説のテロリスト・カルロスの、1973年
から20年に及ぶ活動を描いた3部作、全5時間26分の作品。
ドラマの開幕は、1973年6月28日にパリで起きた親パレスチ
ナ・テロ組織「黒い九月」のリーダーの暗殺。それから程な
くしてカルロスはベイルートのPFLPに現れ、自ら欧州での戦
いに参加したいと申し出る。
こうしてパレスチナ開放を含む世界革命に身を投じたカルロ
スは、欧州での日本赤軍の活動を支援するなど、様々なテロ
活動を繰り返して行く。そしてその一方では実業家としての
隠蓑も持って、中東から欧州への武器の供給なども行う。
しかし世界は徐々に東西冷戦の解消へと向かい、やがてソ連
の後ろ楯を失ったカルロスはその活動の場を奪われて行く。
それでも最後まで夢は失わないカルロスだったが…
映画ではその第1部で日本赤軍の活動がいろいろと描かれ、
それは日本人の観客としては何か不思議な気分に襲われるも
のだ。それらは僕らの世代には間違いなく記憶に残っている
ものだが、果たして今の若い人たちにはどのように映るもの
なのだろうか。
そんな日本人にはちょっと意外な展開から始まる作品だが、
第2部、第3部と続いて行く中では、どちらかというとカル
ロスが歴史の流れの中に翻弄された哀れな男のようにも見え
る。その辺は意図的なものなのだろう。

出演は、2008年2月紹介『バンテージ・ポイント』や今年4
月紹介『タイタンの逆襲』などのエドガー・ラミレス。他は
主にヨーロッパ映画で活躍中の俳優たちが脇を固めている。
それにしてもこの時代の人々の生き生きとしていたこと。勿
論、テロは最悪の犯罪行為だが、この時代の政治家たちが人
命を尊重し、それによってまた政治が動いていた。そんなこ
とも理解できる作品だ。
それを、人の生命など歯牙にも掛けないブッシュが強引に終
わりにした。その恫喝姿勢が世界の活力を奪ったことも、こ
の映画は描いているようだ。因にカルロスはアメリカ人に対
する攻撃は行わなかったようで、このため合衆国からの訴追
はされていない。


『声をかくす人』“The Conspirator”
1865年の「リンカーン大統領暗殺事件」を題材にしたロバー
ト・レッドフォード監督による2011年作品。
大統領の暗殺が、俳優ジョン・ウィルクス・ブースによって
行われたことは知っていたが、襲撃が同時に3カ所で行われ
た共同謀議であり、共犯者の中に女性がいたことなどは全く
知らなかった。そんなアメリカ史の一面が描かれた作品。
そして主人公は、その女性メアリー・サラットの弁護人を務
めたフレデリック・エイケン。元北軍大佐だった弁護士エイ
ケンは、前司法長官で南部出身上院議員の跡を継ぐ形でその
裁判に関ることになる。しかしエイケン自身も、最初は彼女
を有罪と思っていたのだが…
南部出の未亡人で敬虔なクリスチャンでもあるサラットは、
2人の子供の養育のため下宿屋を営んでいた。その下宿屋に
ブースらが出入りし、そこで謀議が進められたことは確かな
ようだ。しかしそれを彼女が知っていたのか否か。その裁判
で彼女は身の潔白を主張した。
こうして裁判が進められる中、エイケンは徐々に彼女の無実
を信じるようになる。ところがリンカーンの側近だった陸軍
長官は、犯人らが民間人であるにも関らず軍事法廷を開催。
一気に彼ら有罪にして処刑することを主張する。
そこには国内の混乱を早期に終結し、国情を安定させようと
する政権の狙いもあった。こうして政治的な思惑も行き交う
中で裁判は続けられて行った。
サラットが有罪であったか無罪であったかについては、今も
解明されていない歴史の謎のようだが、物語はそのことより
も、裁判が政治的な意図で行われ、ある種の謀略であったこ
とは明白に描いている。

出演は、ジェームズ・マカヴォイ、ロビン・ライト、ケヴィ
ン・クライン、トム・ウィルキンスン。さらにエヴァン・レ
イチェル・ウッド、ダニー・ヒューストン、アレクシス・ブ
レデル、ジャスティン・ロング、ジョニー・シモンズらが脇
を固めている。
脚本はジェームズ・ソロモン。11歳の時に観た『大統領の陰
謀』に感銘を受けてジャーナリストを目指したという脚本家
が1994年に裁判記録を発見し、以来18年を掛けて完成された
作品が、『大統領の陰謀』の主演者レッドフォードの手で映
画化されたものだ。

『ナナとカオル第2章』
2011年2月紹介『ナナとカオル』の続編。甘詰留太原作、白
泉社『ヤングアニマル』連載のソフトSM漫画が再び映画化
された。
お話は完全に前作の続きで、学力優秀スポーツ万能の優等生
ナナと、その隣に住む幼馴染みだが、こちらは落ちこぼれの
カオルの物語。ふと目覚めたナナのM気質の息抜きのため、
以前からSMに興味のあったカオルが協力して行くというも
のだ。
そして今回は、春休みに以前の担任から信州の旅に誘われた
ナナが、訪れた大自然の中、何故か現れたカオルと共に、伝
説を背景にしたSMプレイを繰り広げる…。と言っても内容
はいたってソフトだが、前作より多少エスカレートしている
のかな。
また作品では、羽衣伝説に纏わる信州の自然の風景や、多少
謎めいた古民家なども登場して、都市部に住むものにはそれ
なりの観光的な楽しさも味わえるように作られている。その
中での主人公らの行動も期待に添うものだ。

出演は、カオル役に前作に引き続いての栩原楽人と、ナナ役
は新たに青野未来。青野は以前に紹介していた「青春H」シ
リーズに出演があるようだが、本格的な映画主演は初めての
ようで、それなりに際どいシーンにも挑んでいる。
脚本と監督は、前作も手掛けた1997年『ねらわれた学園』な
どの清水厚。またSMシーンの指導は、前作にも参加した女
緊縛師の荊子が当っている。内容はソフトだが、解説なども
それなりにされているものだ。
さらに音楽を『マクロスF』劇中歌などの山田稔明が担当し
主題歌「あさってくらいの未来」などを提供してる。
因に監督は、すでにオーディションで新人女優を見つけてい
るそうで、第3作の製作にも意欲的なようだ。本作でもカオ
ルの将来に対する不安などはかなり克明に描かれており、そ
れが決着する第3作は作られるものだろう。
ただし、描かれるプレイは徐々にエスカレートさせる必要が
ある訳で、本作の先に何が描けるか。それも気になるところ
だ。


『ふがいない僕は空を見た』
2010年「本の雑誌」ベスト10第1位、2011年本屋大賞2位、
第24回山本周五郎賞受賞の窪美澄原作による連作短編小説の
映画化。
平凡な高校生だった卓巳は、友人に誘われて行った同人誌の
即売会でコスプレの主婦里美にナンパされる。そして訪ねて
行ったマンションの部屋でコスプレをしたままのセックスに
耽るようになる。
そんな2人の蓬瀬と、助産院を営む卓巳の母親の許を訪れる
様々な女性たち、さらに卓巳の幼馴染みでコンビニでバイト
をしながら環境に埋もれそうになっている良太。その良太の
姿にそのままではいけないと諭す田岡らが絡んで、性と生を
巡る群像劇が描かれる。
実は映画に対する事前の印象では、卓巳と里美の話が前面に
あって、それはちょっと興味本位な作品の感じだった。しか
も映画の前半にもかなり際どいシーンなどもあって、これは
そういう映画だと思わされてしまったものだ。
しかし物語が訴えるのはその様なところではなくて、より深
く真剣な物語がここには描かれていた。

出演は、2010年8月紹介『マザーウォーター』などの永山絢
斗、2010年3月紹介『さんかく』などの田畑智子。他に原田
美枝子、窪田正孝、三浦貴大。さらに2011年10月31日付「東
京国際映画祭(2)」で紹介した『ももいろそらを』などの小
篠恵奈、今年6月紹介『闇金ウシジマくん』などの田中美晴
らが脇を固めている。
監督は、2008年4月紹介『百万円と苦虫女』などのタナダユ
キ、脚本は2004年2月紹介『リアリズムの宿』などの山下敦
弘監督作品や2009年2月紹介『ニセ札』などの向井康介が担
当した。
原作は1篇ごとに主人公が異なる連作短編となっているよう
だが、映画はそれらを1本の脚本に纏めている。従って形式
としてはアンサンブル劇となっているものだが、その割りに
は卓巳と里美の話に力点が置かれすぎて、全体のバランスが
取れていない感じだ。
しかもこの部分では時間軸の入れ替えなども行われているか
ら、これはこれで纏めて描かざるを得ないものになってしま
っている。そのため卓巳と里美以外のエピソードは一層取っ
て付けたような感じでしっくり納まらない。
僕はその点に違和感を感じながら観てしまったが、実際に試
写会などでの一般観客の反応ではそのような点に引っ掛かっ
てはいないようで、それはこの作品の持つメッセージの強さ
がそれを凌駕してしまったようだ。だからこれはこれで良い
とすることにしよう。

        *         *
 今回は待望の情報で、既にこのページでも何度も紹介した
ジャック・フィニー原作“Time and Again”の映画化が、遂
に動き出した。
 この計画に関しては、1990年代にはロバート・レッドフォ
ードが映画化を切望していたこともあり、またNYタイムズ
紙による「製作されていない小説」のNo.1にも選ばれたこと
があるなど、映画化が長年期待されていたものだ。
 その計画に今回は、監督にダグ・リーマンが発表され、製
作会社はサミットが担当することになっている。
 因にリーマン監督は、2002年11月紹介『ボーン・アイデン
ティティー』の映画化などで知られるが、SFジャンルでは
2008年『ジャンパー』がある程度で、目立った作品はない。
しかし本作は、SFの興味より過去世界の再現が重視される
もので、CGIで何でも可能な時代にどのような作品が製作
されるか、その点が楽しみだ。


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井口健二