井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2012年02月26日(日) マンイーター、ルート・アイリッシュ、父の初七日、それぞれの居場所、アーティスト、テイク・シェルター、アポロ18、イップ・マン誕生

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『マンイーター』“Rogue”
2009年『アバター』のサム・ワーシントン、2010年3月紹介
『アリス・イン・ワンダーランド』のミア・ワシコウスカ、
2006年5月紹介『サイレントヒル』のラダ・ミッチェルが共
演する2007年オーストラリア製作のワニ・パニック映画。
2009年7月紹介『ブラック・ウォーター』に先行するオース
トラリア大陸北部地区に生息する凶暴な入り江ワニを題材と
したサヴァイヴァルドラマ。先に紹介した作品は実話に基づ
くとされていたものだが、本作はフィクションのようだ。
しかし物語は同様のアドヴェンチャー・クルーズを背景にし
たもので、フィクションが実話に先行したというか。本作も
実話にインスパイアされているということなんだろうが…。
それにしてもこういうことは、本当によく起きているという
ことなのかな?
ただし本作ではフィクションらしく、いろいろなことが起き
るが、それがまあ多少常識外れだったりするところをご愛嬌
として許せるか…というところが評価の分れ目になる。それ
はそれなりにスリリングだったりはしているものだが。

共演というか主演は、テレビシリーズ“Alias”のマイクル
・ヴァルタン。他には『ダンシング・ヒーロー』のバリー・
オットー、『オスカーとルシンダ』のジョフ・モレル、『ミ
リュエルの結婚』のヘザー・ミッチェル、『バーティカル・
リミット』のロバート・テイラーなどオーストラリアを代表
する俳優たちが脇を固めている。
製作・監督・脚本は、2005年の“Wolf Creek”というホラー
作品で高い評価を得たグレッグ・マクリーン。本作が第2作
で、現在は前作に主演し本作にも出演しているジョン・ジャ
レットと共に“Wolf Creek 2”の準備を進めているようだ。
また本作のVFXには『アイアンマン2』や『キャプテン・
アメリカ』、『マイティ・ソー』などのスタッフが参加し、
クレジットには『LOTR』を手掛けたWeta Workshopの名
前もあったようだ。本作ではオーストラリア・アカデミーの
VFX賞も受賞している。
なお、エンディングに流れるコミカルな歌は、Never Smile
at a Crocodile。1953年のディズニー版『ピーターパン』で
流れたフック船長の後を追いかけるワニのテーマ曲に歌詞を
付けたもので、本作ではThe Paulette Sistersによる歌が使
用されていた。

『ルート・アイリッシュ』“Route Irish”
2010年11月紹介『エリックを探して』などのケン・ローチ監
督による社会派ドラマ。
題名の意味は映画の開幕からすぐに明らかにされるが、イラ
クのバグダッド中心部の安全地帯「グリーンゾーン」から空
港まで続く道のこと。世界で最も危険な道路とも言われるそ
のルートで起きた襲撃事件の謎を、事件で死亡した男の戦友
が追求する。
物語の舞台はイギリス国内。イラクで活動する民間警備会社
に務める主人公は、自分が警察に拘留されてきた間に受信し
ていた戦友からの留守番電話に愕然とする。そこには切羽詰
った様子で助けを求める戦友の声が録音されていたのだ。そ
してその直後に戦友は死亡していた。
やがてその遺体が送還され、その葬儀の場で死の状況が会社
側から説明される。しかしその説明に納得できない主人公は
独自に調査を開始する。そしてそれはある驚愕の事実へと繋
がっていった。その事実をさらに追求する主人公は…

出演者は、ほとんどが映画初出演のマーク・ウォーマック、
アンドレア・ロウ、ジョン・ビッショプ、トレヴァー・ウィ
リアムズ、ジャック・フォーチュン。そして2004年2月紹介
『真珠の耳飾りの少女』などに出演のジェフ・ベル。
さらにクルディスタン出身ミュージシャンのタリブ・ラスー
ルと、実際にイラクで活動中の戦闘で失明、現在はヨーロッ
パ盲人サッカー選手権のイギリスチームに所属しているとい
うクレイグ・ランドバーグがぼぼ自身の役を演じている。
僕は、この作品を観るまでこの題名の言葉にこのような意味
があること知らなかったし、映画に登場するOrder 17という
言葉に関しても無知だった。さらにこのような違法行為がイ
ラクで行われているということもほとんど知らなかった。
しかしこれは現実であって、このような違法行為にイギリス
人も我々日本人も加担しているのだ。これもまた、1月紹介
『誰も知らない基地のこと』で語られた産軍共同体の一環と
言えものなのかも知れない。
そしてその現実を知ったときに主人公が採った行動こそが、
今我々に求められているものを象徴しているのだろう。そん
な監督のメッセージも感じられた。


『父の初七日』“父後七日”
父親が亡くなって出棺までの7日間を描いた台湾映画。
元々は昨年春に公開予定だったが、震災の影響で公開が延期
されていた作品。その作品がようやく3月3日から公開され
る。個人的には昨年3月には試写会場まで行ったが、試写が
中止されて観ることのできなかった作品で、その作品をよう
やく観られたものだ。
主人公は台北で働いている女性。その女性に突然父親の訃報
が届く。そして台中の田舎町に帰ってきた女性は、その町で
父と共に暮らしていた兄と共に葬儀の準備を始めるが…。そ
れは宗教に基づく7日間にも及ぶ混乱の始まりだった。
葬儀がテーマの作品は、1984年『お葬式』や2008年6月紹介
『おくりびと』、さらに中華圏では2003年3月紹介『ハッピ
ー・フューネラル』などいろいろ公開されているが、本作は
儒教に基づく台湾でのお話。
僕自身が3年前に父を亡くして、その際には一応喪主として
葬儀を行ったが、通夜と告別式の2日間はただ葬儀社の人の
指示にしたがっているだけで、感情や涙もほとんど湧いてこ
なかった気がする。
それがある切っ掛けで涙が出始めたら、それからは本当に止
まらなくなってしまった。そんな思いを経験している者とし
ては、本作の主人公の心情は理解できた。ただし台湾式の葬
儀というのは尋常ではないもので、これは大変だ、という感
じもしたものだ。

出演者はほとんどが新人だが、父親役はジャッキー・チェン
の相手役などでも知られるタイ・パオが演じている。また主
演のワン・リーウェンは脚本家としても活躍中。さらに共演
のウー・ポンフォンとジャン・シーインは本作の演技で助演
賞を受賞したそうだ。
脚本と監督は、ワン・ユーリンとエッセイ・リウという2人
の共同で、この内のワンはすでにドキュメンタリーの実績が
あるようだ。一方の原作も提供したリウはジャーナリストで
本作がデビュー作、ただし今後は監督を続ける気持ちはない
とのこと。因に散文で書かれた原作では台湾の文学賞を受賞
しているそうだ。

『季節、めぐり それぞれの居場所』
2010年に『ただいま それぞれの居場所』という作品で文化
庁映画賞を受賞している大宮浩一監督による新作。3・11後
の状況も含めた日本における介護の現状を描いたドキュメン
タリー。
介護という言葉には、自分の置かれている状況からまず老人
介護の問題を考えてしまったが、介護の現場はそれだけでは
ない。心身に障害を持つ人たちの介護もここには含まれる。
そんな様々な介護の問題が描かれる。
作品では、千葉県で若者が立上げたNPO法人が運営する宅
老所、埼玉県の老舗の福祉施設、千葉県のNPOが運営する
デイサービス、また雪深い青森県のデイサービスセンターな
どが紹介される。
そこではそれぞれに高齢者の介護の様子や、働き盛りで障害
者になってしまった父親を見守る家族の姿、また様々な経歴
で介護の現場に携わるスタッフたちのそこに至った心情など
が紹介される。
そしてさらに作品は震災後の東北地方に目を向け、岩手県宮
古市で自らが被災者で生活基盤の立て直しを迫られながら、
施設に来ていた老人たちの身を案じる施設長や、宮城県石巻
市で個人の住宅の一部を借りて介護を再開するスタッフの姿
などが紹介される。

こういう活動をされている方たちには、本当に頭が下がる。
僕自身はもはや介護を受ける側に近付いてしまったからいま
さら何もできないと思うが、それでもこういう方たちの活動
には憧れも持ってしまう。
最近何かの作品で、患者の最後を看取ることの素晴らしさを
描いたものがあったが、正にそういう心情でこの人たちも活
動を続けているのだろう。そんな介護の現場の素晴らしさが
描かれている。
でも現実はもっと厳しいのだろうな。そんな中でもこのよう
な活動を続けている人たちは正に賞賛に値する人たちだ。こ
のような人たちにもっと手厚い支援が得られることを願いた
いものだ。

『アーティスト』“The Artist”
ハリウッド創世期の物語をモノクロスタンダードのサイレン
トで描き、昨年のカンヌ国際映画祭に急遽出品されて、主演
男優賞とパルムドッグ賞を受賞した作品。
主人公は無声映画で絶大な人気を誇っていた男優と、そんな
彼が偶然に出会った女優の卵。その彼女には偶然も幸いし、
また彼女自身の努力もあって女優は1歩1歩スターへの階段
を登って行く。
一方、その頃の映画界にはトーキーの波が到来していた。し
かし男優は、「サイレントは芸術だ」と称して無声映画に固
執してしまう。その結果は…。過去にも幾多の名作を生んだ
サイレント→トーキー転換期のドラマに新たな名作が誕生し
た。
しかもその世界を、モノクロスタンダードのサイレントの側
から描いている。それは開幕からタイトルやクレジット、伴
奏音楽など、正しく無声映画の感覚で繰り広げられ、中には
無声映画独特の演出も随所に再現されているものだ。
つまり、今まで作られた同種の作品がカラー・サウンドの側
から描いていたのに対して、本作は正に忘れ去られようとし
ている側から描いている。その心情が、2重3重の想いとな
って観客に押し寄せてくるものだ。
しかもそこにピュアなロマンスや愛犬の活躍などが織り込ま
れるから、これはもう古き良き時代を懐かしむには最高の作
品となっている。

脚本と監督は、2006年11月5日付「東京国際映画祭2006
コンペティションその1」で紹介した『OSS117カイロ
・スパイの巣窟』などのミシェル・アザナヴィシウス。なお
本作は監督が初めてハリウッドで撮影したものだ。
出演は、『OSS』にも主演し本作でカンヌの主演男優賞を
受賞したジャン・デュジャルダン。共演は監督夫人で『OS
S』にも出演のベレニス・ベジョ。他に、ジョン・グッドマ
ン、ジェームズ・クロムウェル、ペネロープ・アン・ミラー
らのハリウッドスターが脇を固めている。またマルカム・マ
クダウェルも顔を出していたようだ。
さらに主人公の愛犬役で名演技を見せるアギーは、昨年12月
紹介の『恋人たちのパレード』にも出演していたタレント犬
で、本作では先週発表された‘Dog News Daily’主催Golden
Collar Awardsの長編映画部門で、映えある第1回の受賞犬
に選出された。
なおこの部門には、アギーが『恋人たち…』の演技でも候補
になっていた他、『ヒューゴ』のブラッキー、昨年11月紹介
『人生はビギナーズ』のアーサー、9月紹介『50/50』
のスケルター、今年2月紹介『ヤング≒アダルト』のドルス
が候補になっていた。
ということで本作はアカデミー賞の作品賞にもノミネートさ
れているが、今回はマーティン・スコセッシが『ヒューゴの
不思議な発明』でフランスでの映画誕生秘話を描き、それに
フランス人監督のハリウッド創世期の物語が対抗するのも面
白いところだ。

『テイク・シェルター』“Take Shelter”
2010年12月紹介『ランナウェイズ』などのマイクル・シャノ
ンと、2011年6月紹介『ツリー・オブ・ライフ』などのジェ
シカ・チャスティンの共演で、シェルター(退避壕)の製作
に取り憑かれた男を描いたドラマ作品。
主人公は、工事現場で地質調査のボーリング作業に従事して
いた男。その男が悪夢にうなされるようになり、その悪夢は
災厄の訪れを予感させる。そこで男は、庭にあった退避壕の
拡充を開始するが…それは家族の生活基盤を揺るがすものに
もなって行く。

共演は、2010年1月紹介『バッド・ルーテナント』などに出
演のシア・ウィグハム、昨年7月紹介『ドライブ・アングリ
ー3D』などに出演のケイティ・ミクソン。また主人公の幼
い娘を演じているトーヴァ・スチュワートは本作がデビュー
作のようだ。
神の啓示を受けて災厄を逃れる準備を始める話は、旧約聖書
の「ノアの箱船」から様々に語られてきているものだが、そ
れが待避壕の話だと1960年代には核シェルターにまつわる話
がいろいろ描かれていた。
その中でも、TV「ミステリーゾーン」でロッド・サーリン
グが描いた“The Shelter”というエピソードは、本作と同
様に周囲から疎まれながらもシェルターを完成させた男の物
語で、本作の鑑賞中、僕にはその記憶も重なってかなり緊張
した。

脚本と監督はジェフ・ニコルズ。2007年に発表のデビュー作
“Shotgun Stories”が数々の賞を獲得し、本作が第2作と
いう俊英だが、脚本、監督共に手堅く纏めていた感じだ。
そして製作総指揮は、『アバター』などにも参加したVFX
製作会社ハイドラックス創設者のグレッグ&コリン・ストラ
ウスが担当して、本作でも主人公が観る啓示のシーンなどを
見事に描き出している。
また製作総指揮にはもう1人、『ツリー・オブ・ライフ』や
2003年6月紹介『フリーダ』なども手掛けたサラ・グリーン
が参加して、その参加が作品の風格を高めている感じだ。

『アポロ18』“Apollo 18”
2004年『ナイト・ウォッチ』がロシア国内で記録的なヒット
となり、2010年『ウォンテッド』でハリウッドに進出したテ
ィムール・ベクマンベトフ監督が、本作では製作を担当して
いるNASAアポロ計画を背景にした作品。
1969年のアポロ11号以降、NASAは1972年の17号まで13号
を除く計6回の有人月面探査に成功したが、当初予定された
20号までの計画は予算の問題などで短縮され、18号以降の探
査は中止になったとされている。
しかしアポロ18号は1974年に国防総省の要請によって極秘に
打ち上げられ、その記録映像がネット上で発見された…。と
いう設定のドキュメンタリー形式の作品。映画の巻頭では、
「本作はネット上の映像を編集しただけである」旨の掲示が
されている。
その計画は、遂行する3人の宇宙飛行士の家族にも秘密にさ
れ、3人は極東への派遣という名目でアポロ18に搭乗する。
そして目指したのは月面の南極に当る地帯。それは着陸船の
到着までは順調に進んで行ったが…
2011年7月紹介『トランスフォーマーズ/ダークサイド・ム
ーン』でも、プロローグではアポロ計画に隠された「真実」
が題材にされたが、本作ではその「真実」の部分だけが描か
れている。そしてそこに隠された「真実」は…これで計画を
中止しちゃっていいのか?てなものだ。
この手のフェイクドキュメンタリーは、最近特に流行のよう
になっているが、僕が観た中では1970年代にイギリスBBC
の老舗科学番組が、アメリカとソ連が結託して密かに火星移
住計画を進めているという内容を「4月1日」に放送したの
が傑作だった。
実は今回の作品では、その結末の部分の映像がかなり似てい
たのも気に入ったところだ。ただ、どうせやるなら最後まで
押し通して欲しかったところで、やはりこれらの映像が得ら
れた根拠は提示するべきだろう。その点では多少詰めが甘い
感じはした。
でもまあBBCの番組は、その後に某UFOディレクターが
「4月1日」放送という事実を隠してドキュメンタリー番組
の中で流したりしたから、本作もその内そんな扱いを受ける
のかも知れない。そのくらいには上手く作られていた。


『イップ・マン誕生』“葉問:前傳”
2010年11月紹介『イップ・マン葉問』の前日譚に当る作品。
前作の後に一般公開された『イップ・マン序章』は観に行け
なかったが、今回は『誕生』なので物語の流れとしては問題
ないようだ。
その物語の背景は、1905年の中国広東省佛山市。資産家のイ
ップ家の実子として生まれたマンと、一家の養子に迎えられ
た義兄ティンチーは幼い頃から別け隔てなく育てられてきた
が、武道修業のため2人揃って詠春武館に預けられる。
そこで2人と妹弟子のメイワンを加えた3人は、一緒に鍛練
に励んで行くが…それは微妙な三角関係にもなって行く。そ
して青年となったマンは香港の学院に留学し、1人の老達人
に巡り会う。こうして詠春拳の新たな一面を学んだマンは武
館に帰ってくるが…
一方、武館で腕を上げたティンチーは副館長として武館を守
っていたが、中国本土には日本帝国の影が落ち始め、武道界
にもその影響が出始める。そして詠春武館にも魔の手は伸び
ていた。
さらにマンには意中の女性も現れ、そんなロマンスも織り込
みながら、大陸支配を強めようとする日本帝国の手先と、中
国人民の壮絶な戦いが描かれて行く。

主演は、1999年香港史上最年少で世界武術選手権に優勝し、
『イップ・マン序章』で映画デビュー。昨年10月紹介『19
11』にも出演のデニス・トー。『序章』『葉問』でマンを
演じたドニー・イェンに何となく風貌が似ているのは考慮さ
れた結果だろうか。
他に、前2作にも出演のルイス・ファン、サモ・ハン・キン
ポー。さらにユン・ピョウ、2007年8月紹介『呉清源』に出
演のクリスタル・ホワン、デニス・トーの弟子のローズ・チ
ャン、昨年8月紹介『アクシデント』などのラム・シューら
が脇を固めている。
また、メイワイの少女時代の役には2008年3月紹介『ミラク
ル7号』で主演デビューしたシュー・チャオが扮する。そし
てマンが香港で教えを乞う老達人役には、イップ・マンの実
の息子のイップ・チュンが扮し、90歳近い高齢に関らず見事
な武術を魅せている。
まあ、日本人の描き方にはいろいろ言う人もいるかも知れな
いが、我々の先代が実際にこのようなことをやっていたとい
うことは認識しておくべきものだろう。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二