| 2011年10月31日(月) |
第24回東京国際映画祭(2) |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※今回は、10月22日から30日まで行われていた第24回東京※ ※国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。なお、※ ※紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は最少※ ※限に留めているつもりですが、多少は書いている場合も※ ※ありますので、読まれる方はご注意下さい。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 《コンペティション部門》(続き) 『J.A.C.E./ジェイス』“J.A.C.E.” ギリシャ・ポルトガル・マケドニア・トルコ・オランダ合作 による犯罪社会に生きる男の数奇な人生を描いた作品。映画 祭では無冠に終ったが、僕は本来なら本作が監督賞に値する と思っていた。 ギリシャの犯罪社会で有名を馳せた殺し屋ジェイスが死体で 発見され、その殺し屋の謎に満ちた人生が検証される。そこ には物乞いから臓器売買まで、子供を利用する様々な犯罪組 織の実態が描かれ、その中で殺し屋として成長して行く少年 の姿が描かれる。 しかしその一方で、少年は幼い頃から大事に持ち続ける「パ パの写真」を頼りに実の父親の姿を追い続け、その過程では 象の飼育場など様々な環境が彼の人生を彩って行く。そして 彼の人生が行き着いた先は… 題名は主人公の腕にある入墨に記されたもので、それが主人 公の呼び名になっているが、同時に各文字にピリオドが付さ れていることから解るようにある言葉の頭文字にもなってい る。その言葉の意外な意味などは映画の興味を面白く彩って いた。 しかし肝心の父親の真相の方は、僕としてはちょっと物足り ない感じがしたもので、実際このような話が最近多く作られ ている中では時流に乗っているとは言えるが、もう少しイン パクトのある結末を考えて欲しかったという感じはした。 ただし本作も実話に基づいているようで、これが実話という のは凄いという感じもするが、実話なら仕方がないという感 じもしたところだ。 映画は各章ごとにサブタイトルの付された上映時間153分の 堂々たる作品で、登場人物の数もかなり多く。それらを整然 と纏め挙げた監督の手腕にも感服する作品だった。
『より良き人生』“Une Vie Meilleure” 2007年2月紹介『チャーリーとパパの飛行機』などを手掛け たセドリック・カーン監督が、より良き人生を目指して奮闘 し、運命に翻弄されるカップルの姿を描いたフランス映画。 主人公は35歳のコック、彼は職を求めて訪れたレストランで 28歳子持ちのウェイトレスと出会い、夢を語り合った2人は 一緒に暮らすようになる。そして郊外に素敵な建物を見つけ た2人は銀行ローンを借りて改築に乗り出すのだが…。 完成したレストランは法律的な問題で営業許可を得られず、 さらに銀行ローンも手続き上の問題で条件を厳しくされてし まう。この状況に切羽詰った女性は、手続きのためフランス に残らざる得ない主人公の許に子供を残し、賃金の良いカナ ダに出稼ぎに行くが、やがて音信が途絶えてしまう。 理想のレストランを目指して頑張る2人が法律や規則などの 様々な壁に阻まれる。日本でもありそうなお話だが、そんな 物語がフランスとカナダの大西洋を跨いで展開される。こう なるとちょっと日本とは条件が違ってくるが、それでも描か れる内容は夢と理想を求めて奮闘するカップルの姿であり、 そこには誰もが応援したくなるような素敵な物語が描かれて いた。 以前に紹介した監督の作品も、厳しさの中に暖かい人間味が 描かれていたが、本作でもそんな厳しくて暖かい物語が描か れていた。僕はこの映画で奮闘する主人公に男優賞を贈りた いと思ったものだ。
以下はコンペティション以外の作品で、 《アジアの風》 『哀しき獣』“황해(黄海)” 2008年『チェイサー』が評判となったナ・ホンジン監督の新 作。中国北部の朝鮮族自治州に住む男性が、ギャンブルで抱 えた借金を解消して貰える約束で殺人を請負、韓国に密航す る。大連で現地ロケしたと思われる映像の迫力と見事なアク ションに彩られた作品。すでに日本公開も決定している一級 のエンターテインメント。
『鏡は嘘をつかない』“Laut Bercermin” 海の上に立つ集落に暮らす少女を主人公に、海釣りに出たま ま帰らない父親を思う少女の心と、集落に調査のため訪れて 少女の家に宿泊することになった青年との交流をファンタス ティックに描いた作品。題名の一部をなす「鏡」の意味が深 く素敵なもので、その詩情も豊かに感じられた。映画祭では TOYOTA Earth Grand Prixを授賞した。
『われらの大いなる諦め』“Bizim Büyük Çaresizliğimiz” アラフォーの男性2人が暮らすアパートに、親友の妹の女子 大生が居候することになって…というシチュエーションコメ ディ。筆者も一応男性だから、このような状況はどうなんだ ろうかとは考えてしまうが、映画はそれほどの嫌みもなく素 直に笑える作品になっていた。
『ボリウッド〜究極のラブストーリー』 “Bollywod: The Greatest Love Story Ever Told” 『ザッツ・エンターテインメント』のインド版と言えそうな 作品。各時代の代表と思われる作品から歌と踊りのシーンが 次々に登場する。残念ながら僕が観た記憶のあるのは1本だ けだったが、華やかな踊りの連続はそれだけで楽しめるし、 最近はヒップホップ調の踊りも踊られていることが解った。 ただ途中に挿入されるニュース映像が、意味は解るけど…。
『孤独な惑星』“Planeta Acheret” 第2次大戦中に狼の群れと一緒に暮らしたという老人を探し て、シベリヤに向かう撮影隊のフェイクドキュメンタリー。 基になっているのは2009年2月紹介『ミーシャ』で描かれた ユダヤ少女の話と思われる。ただし本作では調査のためと称 して1人が地元警察署長の娘と結婚式を挙げるなど無茶苦茶 な展開で、何が言いたいのかさっぱり解らなかった。
『TATSUMI』“TATSUMI” 「劇画の父」と言われる日本の漫画家辰巳ヨシヒロの自伝的 な作品から、シンガポールのエリック・クー監督がアニメー ションで描いた作品。巻頭に「地獄」の映像化が据えられ、 以下に手塚治虫氏との交流や劇画というジャンルを作り上げ て行く辰巳の姿が丁寧に描かれている。カンヌ「ある視点」 部門にも出品された作品には、辰巳本人も満足のコメントを 寄せているようだ
《日本映画・ある視点》 『春、一番最初に降る雨』 カザフスタンの草原で、シャーマンの老女と暮らす一家を描 いた作品。その老女が亡くなり、両親はその遺体を埋葬地に 運ぶ。その間の出来事と、家に残った兄と幼い妹弟、さらに バイクに乗った父と娘の旅行者などが交流する。製作者と監 督に日本人の名前はあるが、監督はカザフスタンの人と共同 で、出演者もすべて現地の人とロシア人という作品。
『ももいそらを』 実はこの映画は映画祭期間中ではなく、後日外国特派員協会 で行われた上映会で鑑賞した。しかし映画祭の主体行事とし ての上映なのでここで紹介する。 世間のいろいろな出来事を少し斜に構えて見ている女子高生 を主人公に、彼女が大金の入った財布を拾ったことから始ま るちょっとファンタスティックなところもある作品。全編が モノクロで撮影され、少しトリッキーな要素もあってなかな か楽しめた。一般公開の可能性もあるので、できたらその時 に改めて紹介したい。
《WRLD CINEMA》 『チキンとプラム』“Poulet aux prunes” 楽器を壊されて絶望し死を決意した音楽家が、最後の8日間 で自らの人生を振り返る。2007年10月紹介『ペルセポリス』 のマルジャン・サラトピが、再び自作のコミックスを映画化 した作品で、今回は実写に挑んでいる。元々自殺テーマは好 きではないが、本作では後半に多少の捻りがあり、それは巧 みな作品だった。
《natural TIFF》 『地球がくれた処方箋』“Tra terra e cielo” ハーブと共に生きる人たちを取材して、その利用法などを紹 介するドキュメンタリー。そこでは伝統的な時間を掛けた抽 出法なども説明され、万人が活用できるものとして紹介され るが、一方でその成分が製薬会社によって特許申請されてい るなどの話題も登場していた。ただ、話が途中から多少宗教 じみてくるところが少し気にはなったが…。
『少女の夢の足跡』“A Pas de Loup” 両親が自分を見ていないと信じ込んだ少女が、それを確かめ るため別荘の裏の森に隠れ、1人で生活しようと決心する。 そして少女が隠れた森は思いのほか優しく彼女を受け入れて くれるが…。まるで夢のような話をファンタスティックに描 いている。特にカメラを少女の目線に合わせ、台詞も少女の モノローグだけという設定を見事に達成していた。 * * 以下は、第24回映画祭の全体に対する講評ということで 書かせてもらうが、まず僕が選んだ各賞は、 最優秀女優賞:ジャネット・マクティア(アルバート・ノッ ブス) 最優秀男優賞:ギョーム・カネ(より良き人生) 最優秀芸術貢献賞:転山 審査員特別賞:デタッチメント 最優秀監督賞:メネラオス・カラマギョーリス(J.A.C.E.) サクラグランプリ:ガザを飛ぶブタ 因に僕は、観客賞は『最強のふたり』と考えていた。
これに対して実際の結果は、 最優秀女優賞:グレン・クローズ(アルバート・ノッブス) 最優秀男優賞:フランソワ・クリュゼ/オマール・シー(最 強のふたり) 最優秀芸術貢献賞:デタッチメント/転山 審査員特別賞:キツツキと雨 最優秀監督賞:リューベン・オストルンド(プレイ) サクラグランプリ:最強のふたり 観客賞:ガザを飛ぶブタ となったものだが、僕の方は2作品授賞と同じ作品に2つの 授賞を避けたもので、結果はかなり似通っている。ただここ に挙がった作品と、挙げなかった作品では、多少レヴェルに 差があったようにも感じたもので、今回はある意味消去法の 選択にもなっている。 正直に言って今回は、多少全体のレヴェルが低かったよう にも感じたが、その一方で今回は、すでに実績のある監督の 名前も並んでいたもので、特にそれらの監督の作品に期待外 れが多かったことは、観客としての失望感も大きく感じられ たところだ。 実際問題として、以前のように新人監督ばかりなら、期待 外れでも仕方がないで済ませられるが、そこそこの名前でこ の結果は映画祭そのものに対する失望感も大きくなる。次回 はぜひとも監督の名前でなく作品を選んで欲しいものだ。 * * さて講評はここまでにして、以下には今回発生した問題を 書き残しておきたい。 まず今回の映画祭では、少し前に「お断り」として書いた ようにマスコミに対するコンペ作品の事前試写が実施されな かった。本当は行われていたのだが、参加条件が厳しくて僕 のような者には案内がされなかった。その条件というのは、 会期中にインタヴューを行う人ということで、僕のように映 画を観ることを優先する人間は除外されてしまったものだ。 さらには前年の事前試写では満席で必要な人たちが入れな かったということなのだが、確かに朝10時から毎日3本ずつ 行われた事前試写では、僕を含めた何人かは3回の席を取り 切りで、1本だけ観に来る人より有利だったことは認める。 しかしそれをしていたのは本当に一握りの人たちだし、実際 に超満員になったのは、前年では最終日に1本のみ会場が狭 い場所に変更になった『一枚のハガキ』だけだったよう記憶 している。 とは言え、僕は今回事前試写に参加できなかったもので、 このため今回の映画祭ではコンペティション15本+その他の 部門11本の計26本しか観られなかった。これは前年がコンペ ティション14本(1本は先に別の機会に観ていた)+その他 の部門31本の計45本に比べると激減したものだが、ここには 春の震災の影響なども多少あって、それがなければあと6、 7本は観られたかも知れない。それでも前年に比べると10本 以上少なくなっている感じだ。 ただまあ、前週のスケジュールが空いたお陰で、事前には 諦めていた北九州・本状競技場でのサッカーの応援には行く ことができたもので、この時の観戦記は[J's GOAL]の投稿 で好評を得ることもできた。 * * ということで開会を迎えることになったが、今回は会期中 のマスコミ向け上映でも鑑賞ルールの変更や上映会場の分散 などがあって、各上映間の時間を多く取る必要があり、また 上映会場間の移動距離も大きくなって、鑑賞できる作品数が さらに制限されることになった。 しかも僕自身は、映画祭の顔であるコンペティション部門 の作品を最優先で観ることにしているが、そのスケジュール を決めると他の部門で観たかった作品をほとんど観ることが できなくなってしまった。その影響は、特に主な上映会場が 六本木以外に設定されたWorld Cinemaに顕著で、前回は9本 観られた作品数が、今回は1本だけになってしまった。 とは言うものの、前回はヴェネツィアで審査員特別賞及び 男優賞の『エッセンシャル・キリング』、ベルリン監督賞の 『ゴーストライター』、カンヌ特別グランプリの『神々と男 たち』、サンダンス映画祭グランプリの『ウィンターズ・ボ ーン』などが並んだのに対して、今回は受賞作ではない出品 レヴェルの作品がほとんどで、強いて観たい作品は少なかっ た。それでもサンダンス映画祭で脚本賞の『アナザー・ハッ ピー・デイ』、ベルリン監督賞の『スリーピング・シックネ ス』、それにサンダンス映画祭外国映画監督賞の『ティラノ サウルス』が観られなかったのは残念だった。 またアジアの風部門も、前回の16作品から今回は6本だけ で、しかも、韓国映画の『U.F.O.』や台湾映画の『運命の死 化粧師』、インド映画の『ラジニカーントのロボット』など 映画祭側でSF/ファンタシー系に分類されている作品をほ とんど観ることができなかったのは、僕としては悔しい思い だった。 因に今回のルール変更については、『プレイ』の紹介文の 中で触れておいたが、一般的に映画は結末が重要であって、 例外はあるがプロローグが問題になる作品は少ないと思われ る。しかし今回のルール変更では、中途退出をせざるを得な い場合が生じるもので、幸い該当の作品では僕が耐えられな かったが、このルールは何とかして欲しいと思うものだ。 その他、当日にチケットの配布と指定されていた作品が、 配布開始の30分以上前から並んでいたのに、チケットが1枚 も無かったり、常識では考えられない事態も発生していたも ので、僕自身は幸い他からチケットを回してもらえたが、危 うく受賞したコンペ作品を1本落とす可能性もあった。 まあ僕が1本落としたからといって、何が変わる訳でもな いが、こんな状況が繰り返されるようなら、次回からは最初 にコンペ作品は諦めるなど、こちらの考えも改める必要が生 じそうだ。
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