井口健二のOn the Production
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2011年10月09日(日) 吉祥寺の朝日奈くん、CUT/カット、ウォーキング・デッド、月光ノ仮面、人喰猪、ミツコ感覚、宇宙人ポール、天皇ごっこ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『吉祥寺の朝日奈くん』
恋愛小説で人気が高いという中田永一原作(祥伝社刊)同名
小説の映画化。
舞台は東京都下の吉祥寺。井の頭公園や動物園、神田川など
を背景に、ちょっとほろ苦い男女の恋愛物語が展開される。
主人公は、前は演劇を目指していたらしいが今はフリーター
の若者。その若者が喫茶店で働く少し年上の女性に憧れの眼
差しを向け、ある切っ掛けから話を交わすようになる。しか
しその女性は既婚で、1人娘もいる境遇だった。
ところがその女性の夫は、時折暴力も振るうと言い、徐々に
親しくなった2人は、吉祥寺の街でデートを重ねて行く。そ
んな若者には、元バイト先の先輩だった男のアドヴァイスも
あって恋を進展させて行くのだが…

この主人公を、2008年2月紹介『カフェ代官山』などの桐山
漣が演じ、共演は2009年8月紹介『携帯彼氏』などに出演の
星野真里。他に要潤、柄本佑、田村愛、徳井優、水橋研二ら
が脇を固めている。また平澤宏々路という子役もなかなかの
演技だった。
まあ、お話自体は他愛もないものだが、展開にはちょっとし
た捻りもあり、それなりに面白く観ることができた。それに
僕にとって吉祥寺は知らない街ではないし、その風景がいろ
いろ出てくると、それだけでも親しみが湧いてくるものだ。
監督は、テレビで『サラリーマン金太郎』や『ケータイ刑事
・銭形泪』を担当してきた加藤章一による劇場映画デビュー
作。脚本は、2010年『森崎書店の日々』では脚本と監督も務
めている日向朝子。音楽は『森崎書店…』も手掛けた野崎美
波が担当している。
脚本は壺を得て、演出も落ち着いて嫌みもない。またピアニ
カなども使った音楽も心地よい感じのものだった。それがそ
れ以上でもなく、それ以下でもないのが、多少物足りない感
じではあるが、まあそういう作品なのだろう。
そこに人気の高い原作ファンの動員が掛かれば…。一般公開
は11月19日から、地元の吉祥寺バウスシアターと渋谷ユーロ
スペースを皮切りに、全国順次ロードショーとなるようだ。

『CUT/カット』
“Vegas: Based on a True Story”という作品が、2008年の
ヴェネチア映画祭で名誉賞を受賞しているイラン出身アミー
ル・ナデリ監督の新作。本作も今年のヴェネチア映画祭でオ
リゾンティ部門のオープニングを飾っている。
そのナデリ監督が脚本と編集も手掛けた本作は、日本のやく
ざ事務所を舞台に、そのやくざによって兄を殺された日本人
映画監督の壮絶な姿が描かれる。
主人公は自主映画を作り続けているが、なかなか上映の機会
を得られない映画監督。その彼は娯楽映画一辺倒の日本映画
界の現状を憂えており、独自に名作の上映会なども開いてい
るが、その開催場所も条令などで規制が厳しくなっているよ
うだ。
そんな彼には資金の援助をしてくれる兄がいたが、ある日、
その兄が死んだとの知らせが届く。そしてやくざ事務所に呼
ばれた主人公は、兄が借金を返せず、その制裁で殺されたこ
とを告げられ、主人公にはその借金の返済を迫られるが…
こうして兄の援助資金の出所を知った主人公は驚愕し、同時
にその金額が現在の自分には到底返せない額であることも知
る。そこで主人公が思い付いた返済の方法は…、それは兄と
映画への思いを込めた究極の手段だった。

脚本はナデリ監督のオリジナルだが、クレジットには共同脚
本として2007年8月紹介『サッド・ヴァケイション』などの
青山真治監督の名前が記載されていた。またスペシャル・ア
ドヴァイザーとして2003年1月紹介『アカルイミライ』など
の黒沢清監督の名前も掲載されていた。
主演は、2008年7月紹介『真木栗の穴』などの西島秀俊。共
演は常盤貴子、笹野高史、菅田俊。他に、でんでん、2010年
『ゲゲゲの女房』の監督鈴木卓爾らが脇を固めている。
またこの作品には、2007年「TVチャンピオン特殊メイク王
選手権」優勝者で現チャンピオンの梅沢壮一が関っていて、
その仕事ぶりもなかなかのものになっていた。
さらに映画には、主人公が思い浮かべる過去の名画のフィル
ムクリップなども挿入されていて、それは映画マニアには堪
らないものになっている。そしてそこにはベスト100のよう
なものも登場するが、その最後の10本には僕にとって嬉しい
驚きもあった。
ただし、本作の9月中に行われた試写では、上映時間が2時
間12分であったようだが、今回の上映は2時間のヴァージョ
ン。しかも僕が観たのは、エンドロールが未完成とのことで
1時間56分だった。
それに関しては試写の前に、作品中の引用の問題との説明も
あったが、確かベスト1の作品はすでにパブリックドメイン
のはずで、何が揉めたのか多少気になったところだ。


『ウォーキング・デッド』“The Walking Dead”
1994年『ショーシャンクの空に』などで3度のアカデミー賞
ノミネートを獲得している脚本家フランク・ダラボンが手掛
けるゾンビテーマのテレビシリーズ。日本では11月に衛星系
で放送開始、来年2月にDVDリリース予定の作品の第1話
の試写が行われた。
主人公は、ジョージア州アトランタ郊外で保安官を務めてい
た。ところがある日、逃走犯の追跡中に犯人の撃った銃弾が
命中し、意識不明の重傷を負ってしまう。そして主人公の意
識が戻ったとき、病院は無人で同僚が持ってきた花も枯れ果
てていた。
そんな主人公が病室を抜け出すと、そこには野積みにされた
遺体の山や、下半身を千切られても両手だけで這いずって主
人公を襲おうとする女、さらにふらふらと歩きながら主人公
に向かってる男などがいて…
やがて、夜は一軒家に立て籠る黒人父子に救助された主人公
は、世界中がゾンビに犯されて、生き残った人々は各所に隠
れ住むか軍施設に逃げ込んだという情報を得る。そんな世界
で、家に残した妻子の無事を案じながら主人公のサヴァイヴ
ァルが開始される。
ゾンビは、ジョージ・A・ロメロ風のふらふらと歩くスタイ
ルで、その点では違和感のない作品になっている。しかもテ
レビ用と高を括って観ていたら、予想以上のグロテスクなシ
ーンもあって、それにはかなり驚かされもした。
ただし今回の試写は飽く迄もシリーズの第1話で、本来は観
られるはずのサヴァイヴァルで繰り広げられる様々な人間模
様などは、まだその萌芽が描かれる程度に終っている。しか
しその中でも、仕掛けの大きさなどはかなり感じられる作品
だった。

原作には、ロバート・カークマン作グラフィック・ノヴェル
シリーズがあるようだが、本TVシリーズのクレジットは、
企画、製作総指揮、脚本、監督フランク・ダラボンとなって
いるようだ。
そして第1話の主演は、2003年4月紹介『ギャングスター・
ナンバー1』などのアンドリュー・リンカーン。他に、今年
7月紹介『ゴーストライター』などのジョン・バーンサル。
また2005年4月紹介『サハラ』に出演のレニー・ジョーンズ
がゲスト出演していた。
なおシリーズは、アメリカでは第1シーズンの6話が2010−
11年シーズンに放送されて、2011年度のゴールデン・グロー
ブ賞作品賞にノミネートされたもので、すでに第2シーズン
13話の放送も始まっている。

『月光ノ仮面』
2009年11月紹介『脱獄王』の板尾創路脚本監督による第2回
作品。前作では、第29回藤本賞・新人賞を受賞し、釜山国際
映画祭に正式出品されるなど高評価を受けている。その第2
作ということで、本作もモントリオール世界映画祭に正式招
待を受けたそうだ。
その内容は、前作以上にシュールというか…。お話は第2次
大戦後、米軍占領下の東京を舞台に、戦前には真打ち目前と
期待されながらも召集され、戦死公報も届いていた噺家が、
ひょっこり帰ってくるところから始まる。
顔に大きな傷を負い風貌も前から掛け離れてしまったその男
は、さらに健忘症で爆笑王と呼ばれた話芸も覚束ない。しか
し師匠や一門の兄弟弟子は暖かく彼を迎え入れようとし、と
りわけ出征前に将来を誓いあった師匠の娘は彼の記憶を取り
戻そうと必死になるが…
映画の音声には、落語「粗忽長屋」の中の行き倒れの下りが
繰り返し挿入され、物語がそれなりにその噺をモティーフに
していることが暗示される。つまりそれは「死んでいるのが
俺なら、俺は一体誰なんだ?」というものだ。
しかし描かれているのはそれだけではなく、もっとシュール
で曖昧模糊とした前作以上の板尾ワールドが展開される。

出演は、板尾の他に浅野忠信、石原さとみ。また噺家の師匠
役を前田吟、その一門を六角精児、柄本佑、矢部太郎、佐野
泰臣、千代将太。さらに木村祐一、津田寛治、國村隼、宮迫
博之、木下ほうか、根岸季衣、平田満らが脇を固める。
実は結末がかなりシュールというか、ブッ飛んだ物になって
いて、その辺をどう解釈すれば良いのか判断が難しい。しか
し僕は、本作の巻頭クレジットに西村喜廣の名前を見付けた
瞬間からある程度の期待を持っていた。
とは言え映画では、その後に続く描写からもう1歩先の闇の
ようなものも感じられ、これは正に参りましたというものに
なっていた。これは前作の時にも書いたが、本作も「板尾ワ
ールド恐るべし」という感じのものだ。

作品の評価は以上だが、映画の中ではカラテカ矢部が独特の
口調で語る落語が面白くて、これは一度全編を聴きたくなっ
た。

『人喰猪、公民館襲撃す!』“차우”
映画の宣伝文句に「怪獣映画史上最小スケール」と書かれた
韓国製の怪獣パニック作品。
物語の発端は、山里の墓地が荒らされ、その近くで惨殺死体
が発見されたというもの。その捜査には本庁から刑事もやっ
てくるが、10年以上も事件のなかった寒村の巡査たちはなか
なか刑事の指示通りには動かない。
一方、村の村長は開発業者と結託して都会人を招いた週末農
園の計画を進めており、そこに惨殺死体は不都合な存在だ。
そこで開発業者はハンターを手配し、彼らは首尾よく1頭の
大型の猪を捕えるが…。
これに地元の猟師やソウルから転勤してきた巡査、野性の生
態系の調査にやってきた大学の研究者などが絡んで、外来種
との交配で巨大化し、且つ凶暴化して、人間も襲うようにな
ったイノシシの恐怖が描かれる。
この外来種との交配が、日本占領時代に行われたというのは
成程と思わせるところだが、映像では体重300〜500kgとされ
るイノシシがCGIで縦横に暴れまくり、確かにゴジラほど
には大きくはないが、その分リアルな「怪獣」映画になって
いた。
また、地元巡査たちが繰り広げるドタバタぶりも、ギャグな
どのバランスも良く、全体的に巧みに作られた作品と言える
ものだ。実際、上記の宣伝文句から予想された以上の出来映
えの作品だった。

脚本と監督は、1974年生まれミュージックヴィデオ出身で、
2004年に発表したホラー作品が高評価を受けたというシン・
ジョンウォン。本作はその第2作だが、前作でも「韓国のテ
ィム・バートン」と称されたという才能は見事に開花してい
る。
出演は、テレビ『魔王』などのオム・テウン、2010年5月紹
介『グッドモーニング・プレジデント』に出演のチョン・ユ
ミ、2009年5月紹介『セブンデイズ』などのチャン・ハンソ
ン、2009年8月紹介『母なる証明』などのユン・ジェムン、
2010年8月紹介『義兄弟』などのパク・ヒョクォン。他にも
いろいろゲスト出演がいたようだ。
またCGIを、1980年『帝国の逆襲』から2004年『デイ・ア
フター・トゥモロー』までのハリウッド大作も手掛けてきた
というハンス・ウーリクが担当して、獣の毛並みや筋肉の動
きなどを詳細に作り出している。
イノシシの怪獣というと、1984年のラッセル・マルケイ監督
作品『レイザーバック』を思い出してしまうが、当時はあま
り詳細には描けなかった巨大イノシシの姿が見事に映像化さ
れている。
物語の展開は、『ゴジラ』『ジョーズ』から『ターミネータ
ー』まで、様々な作品の影響も見られるものだが、それはあ
る意味、怪獣映画の本質も捉えているもので、この監督には
これからも期待したいものだ。


『ミツコ感覚』
ソフトバンクモバイル「白戸家」シリーズなどのCMを手掛
ける演出家で、すでに舞台の演出や、ショートフィルムの監
督などは手掛けている山内ケンジの脚本・監督による長編映
画デビュー作。
郊外の街で暮らす、小さな会社のOLで勤め先の上司と不倫
関係にある姉と、写真学校に通っている妹。その妹がストー
カーに遭い、その男は姉妹の家にまで押しかけてくる。これ
に姉の不倫相手も絡んで、あまり日常的とは言い難い物語が
展開される。
なかなか噛み合わない会話や、常識では有り得ないような状
況。それらは日常的とは言い難いが、ちょっと足を踏み外す
と其処らに幾らでもありそうな、そんな日常と非日常の狭間
のような世界が描かれている。
前回紹介『東京オアシス』とはまた違った感覚で、これも現
代日本を描いている作品なのかも知れない。ただし、『東京
オアシス』を含む一連の作品が人間を優しく見守っているの
に対して、本作が描くのはかなり冷え切った人間関係のよう
でもある。
その辺が長年のCM業界で身に付いた監督の処世なのかな。
そう考えると多少寂しい感じもしてくる作品だ。とは言え、
本作の方がより現実に近いものであることは事実なのかもし
れないが。

主演は、NHK『おひさま』に出演の初音映莉子と、1996年
の映画『女優霊』などの石橋けい。他に、今年3月紹介『マ
イ・バック・ページ』などの古舘寛治、NHK『祝女』に出
演の三浦俊輔らが脇を固めている。
正直に言ってかなり捕らえ所のない作品で、結局監督が何を
言いたいのかも良く理解できなかった。ただしこの作品は、
今年10月7〜16日に開催されるワルシャワ国際映画祭に出品
されるとのことで、それなりの評価はされているのだろう。
映画祭では、これが日本の現実として紹介されるのかな。だ
からといってそれに反論する気はないが…。因にこの映画祭
では、過去には、2010年北野武監督の『アウトレイジ』と、
2009年松本人志監督の『しんぼる』が公式上映されているそ
うだ。


『宇宙人ポール』“Paul”
2008年5月紹介『ホット・ファズ』などのサイモン・ペッグ
とニック・フロスト共演で、アメリカ西部のUFOスポット
を訪れたイギリス人のオタク2人組が、本物の異星人と遭遇
する顛末を描いた作品。
主人公は、イギリス人のSF作家の卵とその親友のイラスト
レーター。2人は毎年夏に開かれるサンディエゴ・コミコン
に初参加し、その後はトレーラーハウスを借りてアメリカ西
部のUFOスポットを訪問する計画を立てていた。
ところが勇躍サンディエゴを出発した2人は、いきなりトラ
ブルに巻き込まれ、さらにハイウェイで後からきた車をやり
過ごすとそれがクラッシュ。しかもその車を運転していたの
は、アメリカ軍の秘密基地から逃亡してきた宇宙人!
斯くして宇宙人と遭遇した2人だが、その宇宙人はすでに何
10年も地球にいて英語はぺらぺらでやたらとフレンドリー。
そしてその宇宙人は2人に北に向かってくれと頼み、2人は
その願いを聞き入れ彼を送って行くことにするのだが…
その後を、政府機関の密命を受けたFBIの捜査官や、キリ
スト教原理主義者の男などが追跡していた。

出演は、ペッグとフロスト、そして宇宙人役には今年1月紹
介『グリーン・ホーネット』などのセス・ローゲン。他に、
先月紹介した『モンスター上司』などのジェイスン・ベイト
マン、昨年2月紹介『ローラーガールズ・ダイアリー』など
のクリスティン・ウィグ。
さらに2007年4月紹介『ゾディアック』などのジョン・キャ
ロル・リンチ、先月紹介『グリー』のジェーン・リンチ。ま
たブライス・ダナー、シガーニー・ウィーヴァーらが脇を固
めている。
脚本は、ペッグとフロストが実際にアメリカ西部を旅しなが
ら練り上げたもので、宇宙人以外のエピソードは彼らの実体
験に基づくそうだ。そして宇宙人に関るエピソードは、これ
は幾多のSF映画やアメリカ映画にオマージュを捧げたもの
になっている。
そこには、『宇宙大作戦』や『未知の遭遇』『E.T.』は基
より、『イージーライダー』などのUFOに関る作品が次々
登場してくるし、さらにヴァスケス・ロックスなどの有名な
スポットも撮影されているものだ。
さらに、巻頭に登場するコミコンのシーンはアルバカーキで
撮影されたフェイクだが、その撮影には本物のコミコンの関
係者や参加者たちが多数協力しているそうだ。

そして監督は、2007年“Superbad”などのグレッグ・モット
ーラ。セス・ローゲンの脚本でスマッシュヒットを記録した
コメディの名手が、『ホット・ファズ』などのエドガー・ラ
イトに替って起用され、その落ち着いた演出は本作の雰囲気
にピッタリだった。

『天皇ごっこ』
1959年生まれ、右翼と左翼の狭間を彷徨い、2005年に自死し
た反体制の活動家で作家の見沢知廉を検証したドキュメンタ
リー。2006年10月紹介『9.11-8.15 日本心中』の大浦信行監
督作品。
題名は、見沢が1994年に発表した小説に拠っているが、内容
的にはその小説自体を映画化したものではなく、生前に見沢
との親交のあった人たちへのインタヴューを中心に、見沢自
身の行動などを検証している。
その見沢の行動は、常に体制に大きな不満を抱き、その打破
を夢見ていたようだが、結局その夢は果たせず自死に至って
しまうものだ。そこには生前のアジテーションの録音も挿入
されているが、その絶望感はかなりひしひし感じ取れる。
しかしそれは2005年以前のものな訳で、今の時代に生きてい
たらさらにその絶望感は大きくなっていたかな? 逆にそこ
に至ったときにこそ、本来の彼自身が出現したであろうとも
思え、その点では残念な気持ちもしてしまうところだ。
僕自身は、1970年安保闘争の当時に大学生だったが、それは
1960年の条約締結から自動延長が決っていたもので、1970年
にはすでに挫折感で一杯だった。それは同年の三島事件で、
右翼陣営も同じ想いだったはずだ。
ところが僕より丁度10歳年下の見沢は、そんな中にも夢を追
い続けていられたようだ。そして三里塚闘争で左翼に失望し
た後は、三島の行動を慕って右翼となり、右翼として反体制
行動を進めて行くことになる。
大浦監督自身は、前作の時にも右翼なのか左翼なのか判らな
かったが、本作でもその姿勢は判然としない。しかしそれが
日本の社会思想そのもののようにも思え、その右翼と左翼が
ごちゃごちゃになってしまうところに、日本の反体制の迷い
があるようにも感じる。
その混沌こそが見沢知廉であり、それは結局、今の日本の社
会そのものであって、それが日本人の政治離れも招いてしま
っているのではないか。そんな迷いが見事に炙り出されてい
る感じの作品でもあった。


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井口健二