井口健二のOn the Production
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2011年06月26日(日) ヒマラヤ、復讐捜査線、リメンバー・ミー、あぜみちジャンピンッ、幸せのパズル、赤い珊瑚礁、ワン・ヴォイス+Rendezvous With Rama

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。なお、文中※
※物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読まれる※
※方は左クリックドラッグで反転してください。    ※
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『ヒマラヤ』“Nanga Parbat”
1970年ヒマラヤ山脈のナンガ・パルバート登頂を目指すドイ
ツ隊に参加し、その南面に聳える世界最大の標高差4800mを
持つ難壁ルパール壁の初登攀に成功したラインホルト・メス
ナーの実話に基づくドイツ製作の山岳映画。
ラインホルトとギュンターは本当に仲の良い兄弟。頭の中で
常に登山を考えている2人は幼少から競い合って壁を登り、
登山の夢を語り合っていた。その2人が目標としていたのは
遠くヒマラヤ山脈に聳えるナンガ・パルバート。
孤峰であることから「裸の山」、あるいは「運命の山」、さ
らには「人食い山」とも呼ばれるその山は、すでに1953年に
カール・マリア・ヘルリヒコッファー率いる遠征隊が初登頂
に成功するものの、幾多の事情からヘルリヒコッファーはそ
の後も挑戦を続けていた。
そして1962年には西側からの第二登に成功。さらに1970年、
南側の最難壁ルパール壁からの初登攀と登頂が試みられるこ
とになり、そこに当時若手の登山家として名声の挙がってい
たメスナー兄弟が招かれたのだ。
こうして幼い頃からの夢だったナンガ・パルバート登頂を目
指すことになった兄弟は他の隊員の登山家たちと共にベース
キャンプを出発、1970年6月26日に第4キャンプまで進出す
るが、そこで天候の悪化により足止めされてしまう。
やがて食料も尽きかけ登攀か退却かの決断が迫られたとき、
ラインホルトは天候が回復するなら4人で登攀、悪天候が続
くなら自分1人で登攀することをベースキャンプの隊長に提
案、隊長は回復なら青の信号弾、悪化なら赤の信号弾を上げ
ると約束する。
そしてその夜、打ち上げられた信号弾は赤だったが…。結局
メスナーは初登攀と登頂には成功するが悲劇も起こり、信号
弾の是非やメスナーの行動を巡ってヘルリヒコッファーとメ
スナーは長く裁判を争うことになる。

今回の映画化は、メスナー本人から1993年『スターリングラ
ード』などのドイツの名匠ヨゼフ・フィルスマイヤー監督に
企画が提案されたもので、2004年の提案から約4年の歳月を
掛けて実現されている。
その原作は、メスナー著の『裸の山/ナンガ・パルバート』
となっているが、監督はメスナーが直後に執筆し裁判で出版
が差し止められた“Die Rote Rakete”(赤い信号弾)にも
目を通して脚本を書いているそうだ。
そして撮影には現地主義が貫かれ、メスナー兄弟が育った南
チロルから、パキスタンに所属するナンガ・パルバートには
3度の撮影隊が派遣され、標高5000mの場所からの撮影やヘ
リコプターによる空撮などで登山の全貌が描かれた。
出演は舞台俳優が中心のようだが、中でヘルリヒコッファー
役には2006年『ヒトラーの贋札』や4月紹介『アンノウン』
にも出演のカール・マルコヴィクスが扮している。
昨年1月紹介『アイガー北壁』は登攀シーンの撮影のほぼ全
編を冷凍倉庫の中で行うという、これも映画製作としては画
期的なものだったが、本作は現地主義、しかもプロの登山家
でも難渋すると言われる山での撮影が絶対的な効果を生んで
いる作品だ。

『復讐捜査線』“Edge of Darkness”
ユダヤ人に対する問題発言などで映画界を干されていたメル
・ギブスンが、2002年公開の『サイン』以来、9年ぶりの映
画主演復帰を果たした2010年の作品。
主人公は、ボストン市警の殺人課に勤務するベテラン刑事の
トーマス・クレイヴン。彼の妻はすでに亡く、その日は大学
を卒業してワシントンD.C.の企業で研修生として働いてい
た一人娘の帰省を駅に出迎えていた。
しかし激しい雨の中を帰宅した娘は体調が悪いようで嘔吐を
繰り返す。そして最初は妊娠ではないと笑っていた娘だった
が、突然病院に行きたいと言い出し、2人が玄関先に出たと
き、現れた男が「クレイヴン!」と叫んで銃を発射、銃弾は
娘に当ってしまう。
この事態に主人公は娘の救護のために犯人を追うことを諦め
るが、娘は彼の腕の中で息を引き取ってしまう。そして事件
は、最初は父親の刑事が恨みを買ったものと思われ、その線
での捜査が続けられていたが…
犯人を直接知る唯一の人間として捜査班に残った主人公は、
徐々に事件の裏側にある何かに気付いて行く。

作品は、1985年にイギリスのBBCで全5回に分けて放送さ
れた同名のミニシリーズをリメイクしたもので、オリジナル
ではおそらく回を追うごとに謎が深まって行く構成になって
いたものと思われる。
その作品から本作は、2008年10月紹介『ワールド・オブ・ラ
イズ』などのウィリアム・モナハンが1本の映画に脚色して
いるものだが、映画化ではギブスンの主演らしく、『リーサ
ル・ウェポン』を思わせるガンアクションやカーアクション
を中心に物語が構成されている。
そしてその映画化を、オリジナルのミニシリーズを手掛け、
その後に1989年『クリミナル・ロウ』でハリウッドに進出。
さらに2006年11月紹介『007カジノ・ロワイヤル』などの
マーティン・キャンベルがセルフリメイクしているものだ。
共演は、2009年9月紹介『スペル』に出演のボヤナ・ノヴァ
コヴィッチ、2007年3月紹介『こわれゆく世界の中で』など
のレイ・ウィンストン、2009年6月紹介『30デイズ・ナイ
ト』などのダニー・ヒューストン、2008年8月紹介『ダイア
リー・オブ・ザ・デッド』に出演のショーン・ロバーツらが
脇を固めている。
イギリス作品がオリジナルらしく、謎の深まり方や解決策な
どがハリウッド映画とは一味違う作品に仕上がっている。な
おギブスンにはこの後も主演作が続いているようだ。

『リメンバー・ミー』“Remember Me”
『トワイライト』シリーズのエドワード・カレン役でブレイ
クした若手俳優のロバート・パティンスンが、自らの製作総
指揮と主演により作り上げた青春ドラマ。
幼い時に目の前で母親を強盗犯に殺された女性と、憧れだっ
た兄に自殺されて自分の気持ちの整理が付けられない男性。
さらに女性には刑事なのに母を助けられなかった父親と、男
性には兄の悩みを真剣に聞けなかった父親がいた。
そんな、共に幼い頃のトラウマを抱える男性と女性が巡り会
う。それは偶然ではなくある事情から男性によって仕組まれ
たものだったが、2人の気持ちは純粋に育って行く。しかし
やがて嘘はばれる時がやってくる。
人生において許すことのできない出来事。それは他人との間
のことであれば忘れてしまえば良いのだが、肉親や恋人同士
の間では、いつかそれを許し合わなければいけなくなる。そ
してそれを許し合えたとき、互いの関係はさらに親密になる
のだが…
本作はそんな許しをテーマとした作品と言えるだろう。そし
て人間同士はいつか許し合わなければいけないものなのだ。
しかしこの映画を見終えたときに、彼らは本当に全てを許せ
るのか、それは必ずしも明瞭でないようにも感じられた。

脚本は2003年、当時ロウスクールを目指してデラウエア大学
で学んでいたウィル・フェターズが、授業の課題を勘違いし
て映画のアイデアを纏めて仕舞い、さらに大学卒業後にそれ
を脚本に仕上げたというもの。
その無名新人の脚本に、2005年5月16日付第87回で紹介した
“Zoom”などの製作者ニコラス・オズボーンが着目。2007年
3月紹介『ハリウッドランド』などのアレン・コールター監
督が参加し、さらに当時はまだ無名だったパティンスンが主
役を熱望して企画は立上がる。
しかし当初は製作資金を調達できない企画だった。ところが
2008年『トワイライト』が大ヒット。これで超多忙になった
俳優に、最初は出演もなくなったと考えた製作者だったが、
パティンスンが断固主演を希望、逆に製作総指揮を買って出
て実現させたとのことだ。
それほどの思いの入ったパティンスンの演技にもファンの目
が集まる作品だ。
共演は、TVドラマ『LOST』などのエミリー・デ・レイ
ヴィン、5月紹介『テンペスト』などのクリス・クーパー、
それとピアーズ・ブロスナン。
他に、2010年6月紹介『トラブル・イン・ハリウッド』など
のケイト・バートン、2006年3月紹介『カサノバ』などのレ
ナ・オリンらが脇を固めている。

『あぜみちジャンピンッ!』
水田の広がる田園地帯を背景に、聾唖者の少女がストリート
ダンスに才能を開花させて行く姿を描いた青春映画。
主人公は、どういう事情かは判らないが、母子家庭の一人娘
で聾唖者。そんな彼女が、町中のヴィジョンに映るダンスパ
フォーマンスを観て憧れ、そのDVDを買って自宅でも観る
ようになる。
そして彼女は、公共施設のガラスの前でダンスの練習をして
いる聴者のグループを見つけ、やがてそのメムバーの1人が
彼女に声を掛けらるが、何と声を掛けた少女は手話を使うこ
とができた。
こうして、そのグループの1員としてダンスの練習を始めた
彼女だったが…
物語としては、有り勝ちな何かに打ち込む若者の姿を描いた
青春ドラマだが、その主人公が聾唖者ということでその差別
や困難さなども描かれる。といっても全体的にはあまり深刻
にならずに、ある意味さらりと描いているのがこの作品の良
さとも言える。
実際、苛めだの差別だのをネチネチと描いて、苛めの手口を
日本中に教えることが目的なのか…と思えるような日本映画
やドラマが多い中では、さすがに海外の映画学校で学んだ監
督の作品とも言えそうだ。

監督は、2002年にロンドンの映画学校を卒業、すでに2006年
山川恵里佳主演作や、2007年に宝生舞主演作なども手掛け、
本作が3作目の西川文恵。原案と編集も担当して2009年に完
成された本作では、シカゴ国際児童映画祭の準グランプリな
ども受賞している。
出演は、何れも1993年生まれの大場はるか、普天間みさき、
梅本静香、さらに1996年生まれの上杉まゆみと1995年生まれ
の山中知恵。撮影時はローティーンの少女たちが溌溂とした
ダンスや演技を見せてくれる。
他に、2010年8月紹介『名前のない女たち』などの渡辺真起
子、元ミス日本の天川紗織らが脇を固めている。
なお本作は長く日本での公開が決まらなかったが、ようやく
映画の舞台となった新潟県で先行公開と、7月23日から東京
ポレポレ東中野での公開が決定した。そういう事情なので、
東京では団体鑑賞など支援の要望もあるようだ。
音楽が中心にある作品で、上映時間も88分では子供にも飽き
させないし、特に小中学生や青少年には安心して勧められる
作品といえる。子供会などでの団体鑑賞もお勧めしたいとこ
ろだ。
ただし、小学生料金は団体より安いのだそうで、ここは小学
生向けの団体料金も設定して置いて欲しかったところだ。
また、ポレポレ東中野では夏場の電力事情を考慮して13:00
〜16:00の上映を中止。替りに朝8:50からの超モーニングシ
ョウを7月9日から8月19日まで連日実施するとのことで、
本作もその上映なら大人900円で観られるそうだ。

『幸せのパズル』“Rompecabezas”
1箱のジグソウパズルが専業主婦だった女性の人生を変えて
行く? そんなちょっとメルヘンチックな南米・アルゼンチ
ンの映画。
主人公はブエノスアイレスに暮らす専業主婦の女性。50歳の
誕生日を迎えて親族が集まってくれたが、自分のためのパー
ティだというのに料理を出したりケーキを作ったりで休んで
いる暇もない。
それでも漸くロウソクの火を吹き消し、皆が帰った後にほっ
として開けてみたプレゼントはジグソウパズルの箱だった。
今まではそんなものには興味のなかった主人公だったが、ふ
と開けたパズルの素晴らしさに彼女は魅了される。
長く続いている夫との生活には満足しているしその愛情も感
じている。でも成長した2人の息子は独立したがっていて、
老後のためを考えていた郊外の土地は息子の独立資金に消え
そうだ。そこには何か空しさもある。
そんな彼女が次のパズルを求めて立ち寄った店で目にしたの
は、パズル大会に出場するためのパートナーを募集する張紙
だった。そして試しにその住所を訪ねると…
40年も昔の学生時代には、ジグソウはよく作ったし、社会人
になって結婚しても暫くの頃はブームもあって、海外旅行で
珍しい形のジグソウを土産に買って、泊まり込みで仲間と作
りに行ったりしたこともあった。
だからジグソウパズルの魅力も知っているし、そこに競技会
や世界大会なんて言葉が出てくると、それだけでも憧れてし
まうような物語だ。
ただ自分が男性だと、なかなかヒロインの立場にはなり難い
もので、勢い夫の立場で観てしまったりもするのだが、する
とこの作品はあくまで女性のための物語だと思えてくる。お
そらく女性の観客なら僕より楽しめるのではないか、そんな
風にも感じられた。

脚本と監督は、1972年生まれのナタリア・スミルノフ。エン
ジニアの出身で長くテレビ局の裏方にいた後、映画を勉強し
数多くの監督の助監督を勤め、満を持しての本作でベルリン
映画祭に招かれた。
主演は、1966年生れで2008年東京で開催されたラテンビート
映画祭で主演女優賞を受賞しているベテランのマリア・オネ
ット。女性による女性のための作品と言えそうだ。

『赤い珊瑚礁−オープン・ウォーター』“The Reef”
2003年の『オープン・ウォーター』、2007年の『オープン・
ウォーター2』に続く人食い鮫の生息する海域に取り残され
た人々を描いた作品。
1はバハマが舞台のアメリカ映画、2はマルタで撮影された
ドイツ映画だが、一応原題でも“2”とされていたようだ。
そして本作はオーストラリア映画で、実はデータを見ても繋
がりは判然としないが、まあそんなところだ。
従って本作は物語上も繋がりはなく、前作を観ていなくても
本作だけで理解できる。しかも本作は、初めて鮫の本場グレ
イトバリアリーフで撮影された作品とのことで、その意味で
はこれこそ本物という感じかな。
さらに本作の製作・脚本・監督は、2009年7月紹介の人食い
ワニ映画『ブラック・ウォーター』のアンドリュー・トラウ
キが手掛けており、同作ではメルボルン・アンダーグラウン
ド映画際の監督賞も受賞した監督が、今回もたっぷり楽しま
せてくれている。
物語は、インドネシアに船を運ぶ仕事をしているという男性
が主人公。彼の親友で現在はロンドンに住む男性が恋人を連
れてバカンスにやってくる。そこには親友の妹も同行してい
るが、主人公とは過去に何かあったようだ。
そしてもう1人のクルーと共に出航した一行は、鮫がいるか
知れないという珊瑚礁でダイヴィングを楽しんだ後、外洋を
航行中に船に何かが衝突する。しかもその後に一気に転覆し
た船は、損傷が大きくて数時間後には沈没してしまうと予想
される。
そこで主人公は、18km先にあるはずの島を目指して泳ぎ渡る
ことを提案するが、その海域には人食い鮫がいる可能性もあ
った。
映画の最初には‘based on a true event’という表記もあ
って、それはまあそういうことなのだろうけど、外洋を海図
も無しに見えてもいない島に向かって泳ぐなんて無謀も甚だ
しい。でも現実にはそんなものなのかな。何れにしても実話
の映画化なのだ。

出演のダミアン・ウォルシー=ハウリング、ガイトン・グラ
ントリー、ゾー・ネイラー、エイドリアン・ピカリングは、
いずれオーストラリアのテレビ俳優が中心のようだが、もう
1人のクルーを演じていたキーラン・ダーシー・スミスは、
2006年8月紹介『地獄の変異』に出ていたそうだ。

『ワン・ヴォイス』“One Voice”
ハワイのカメハメハ・スクールで90年間続いているという全
校を挙げた‘ハワイアン・スクール・ソング・コンテスト’
の模様に取材したドキュメンタリー。
カメハメハ・スクールは、ハワイの統治者カメハメハ大王の
直系の子孫だった王女の遺産を基に、ハワイの文化継承を目
的として、ネイティブ・ハワイアンの血を引く生徒だけを対
象に1887年設立された。
ところがその翌年には、同校でのハワイ語教育が禁止され、
1896年にはその他の学校でも‘イングリッシュ・オンリー’
という法律でハワイ語教育は禁止されてしまう。そのハワイ
語は、1987年に州の公用語として認められることになるが、
その間の約90年間の歳月はハワイの人々から母国語を奪うこ
とになった。
そんな中でカメハメハ・スクールでは、ハワイ語の復活を目
指す試みとして高校生年代の9〜12学年の生徒たちによるハ
ワイ語の合唱コンテストが90年間続けられてきた。それはそ
の学年の生徒たち全員に参加の義務付けられた全校挙げての
行事で、その模様はテレビやインターネットで中継されて世
界中の人気になっているとのことだ。
そしてコンテストでは、各学年および男声、女声、混声の各
部門で指揮者であるリーダーが選ばれ、そのリーダーの許に
授業時間も短縮しての練習が続けられるが、それと共にリー
ダー自身の思いや、それぞれが背負っているものなども紹介
されて行く。
そこにはハワイ人なのにハワイ語がほとんど喋れない両親の
許に育った生徒や、ハワイ人=下層階級という中でぎりぎり
の生活を続けてきた生徒など、政治や社会の問題も見えてく
るものだ。そんな中で「自分たちの頃はハワイ語より日本語
だった」という両親の発言にはどきりとさせられるものもあ
った。
さらに美しいハワイ語を習得するための生徒たちの努力や、
本当はハワイ’イ(’は無声音)と発音するいうハワイ語の
本質なども紹介されているのも興味深い作品だった。ハワイ
アンと言えばウクレレとスチールギターの軽やかな音色が浮
かんでくるが、その背景や歴史にも深いものがあることが認
識できた。
という映画全体ではハワイ語のコーラスが満喫できる作品だ
が、最後に聞こえてくるのが何故かBEGINの「涙そうそう」
(ただし歌詞はハワイ語)。確かに本コンテストの決まりも
ハワイ語の歌詞というだけではあったが、ここはちょっと不
思議な感じがした。

        *         *
 最後に、アーサー・C・クラーク原作“Rendezvous With
Rama”の情報が久しぶりに登場した。
 この情報に関しては2002年12月15日付第29回や2003年3月
1日付第34回でも紹介しているものだが、映画化の権利はオ
スカー俳優のモーガン・フリーマンが所有していて、彼が主
宰するプロダクションRevelations Entertainmentの製作予
定リストにもデイヴィッド・フィンチャー監督の計画として
長年掲載されているものだ。
 その現状に関してだが、実は先日フリーマンがAFIが授
与する生涯賞を受賞したのを記念して、Variety紙が特集記
事を掲載し、その中の‘Freeman's scientific angle’とい
うレポートで言及がされていた。
 しかしその状況はまだ製作に踏み切れないとのこと。その
訳は‘We've been waiting for the technoloogy to catch
up with our ability to realize the world of Rama’とさ
れていた。つまり映像化するに当っての技術がまだ足りない
とされているもので、CGIで何でもできると思われる時代
となっても、まだフリーマンの判断では不満足のようだ。
 なお具体的な作品の計画として書かれていたのはこの作品
だけで、フリーマンの期待度の高さも判るレポートだった。
ファンとしてはもう少し待つことにしよう。


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井口健二