井口健二のOn the Production
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2011年06月18日(土) 「フランス映画祭2011」アーサー3、Chantrapas、消えたシモン・ヴェルネール、マムート、匿名レンアイ相談所、短編集+解説

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※このページでは、6月23日〜26日に東京で開催される ※
※「フランス映画祭2011」において上映される作品の中か※
※ら、試写で見せて貰った作品を紹介しています。なお、※
※文中物語に関る部分は伏せ字にしておきますので、読ま※
※れる方は左クリックドラッグなどで反転してください。※
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『アーサー3(仮)』
        “Arthur et la guerre des deux mondes”
「フランス映画祭2011」のオープニングを飾る作品。2007年
4月紹介『アーサーとミニモイの不思議な国』、2010年2月
紹介『アーサーと魔王マルタザールの逆襲』に続くリュック
・ベッソン原作、脚本、監督による「アーサーとミニモイ」
シリーズの第3作。
実は、映画祭パンフレットに掲載された本作の紹介では日本
での権利者の欄が、通常の配給元ではなく販売元となってい
て、これはDVDストレートで販売されるものと判断。字幕
無しを承知で試写を観に行った。しかしその後に日本公開も
行われることになったようだ。
しかも試写されたのはフランス語吹き替え版。フランス語の
映画を字幕無しで観るのは、1978年パリのキノラマ館で“La
planète sauvage”を鑑賞したとき以来となったが、正直に
言ってストーリーの展開は判るが、細かい台詞のギャグなど
はまったく理解できなかった。因に本作のオリジナルは英語
で撮影されているものだ。
ということで、公開時にまた試写が観られたら再度紹介させ
て貰うことにして、今回はそんな程度の理解で映画の印象だ
け書かせてもらいます。
物語は前作の全くの続きで、ということは前作のネタばれに
なってしまうが、前作最後で人間界に進出したマルタザール
の後を追ってミニモイのアーサーたちも地上を目指す。しか
し人間サイズになったマルタザールに対してアーサーたちは
ミニモイのままで…
つまり今回の舞台は主に人間界となり、そこで人間サイズの
マルタザールは人間相手にも悪行を繰り広げ、小さいままの
アーサーたちは玩具の乗物などを駆使してそれに対抗して行
くことになる。
そしてマルタザールの仕業で巨大化した昆虫に乗った兵士た
ちが人々を襲う一方で、アーサーたちは鉄道模型上でのアク
ションなどを繰り広げる。この辺はまあ台詞が判らなくても
充分に楽しめた。
そして、結局はマルタザールが破れてミニモイの世界に戻さ
れるのだが…、その辺の経緯は多少不明だった。でもまあ、
アクションを観ているだけでもそこそこ楽しめたものだ。

出演は、フレディ・ハイモア、ミア・ファーロー、ペニー・
バルフォー、ロバート・スタントンら実写部分は前作と同じ
で、ミニモイたちの声優も同じのようだが、今回は全員の声
がフランス語に吹き替えられていた。
さらに本作は3D化が行われているようで、エンドクレジッ
トにはその関連と思われる記載が数多く観られたが、試写さ
れたのは2D版。日本で劇場公開されたらそれも楽しみたい
ものだ。

“Chantrapas”(原題:邦題は後で補足します)
2007年9月紹介『ここに幸あり』などのオタール・イオセリ
アーニ監督による昨年のカンヌ国際映画祭で特別招待上映さ
れた作品。
前作の紹介の時にも書いたが、この監督の以前の作品は何と
なく性に合わなかった。それが前作では、政治問題を扱って
ちょっと面白かったのだが、本作はさらに映画製作がテーマ
でこれは身近にも感じられたものだ。
その作品はかなり監督自身の自伝にも近いもので、共産圏の
祖国を離れて異国で映画製作に取り組む若い監督の姿が描か
れる。しかもこの監督は、アート作品が本来で西欧の商業作
品には肌が合わない。
そんな監督の姿が描かれるが、これがまた「ノンシャラン」
で、何というか取り留めもない作品になっている。それがこ
の監督の特性だし、それがファンを集めているものでもある
のだ。
何たって祖国との通信には伝書鳩を使ってしまうのだから、
この感覚は普通ではない。そんなところが間怠っこくもある
が面白くもある。そんな感覚が何本か観ている内にこちらも
馴らされたのかな、ある種の心地よさにも感じるようになっ
てきた。
物語は、主人公がグルジアの田舎町に住む少年だった頃から
始まる。少年は友達の男女と共に貨物列車に只乗りして壊れ
た教会に行き聖画を盗み出すなど悪戯を繰り返している。そ
んな少年が映画を撮り始め、その作品は海外から評価される
ようになる。
そして海外から監督として招請されるが、彼の母国からは、
一旦出国した文化人は帰ってこないのが通例だった。それで
も役人の計いで出国は許されるのだが、外国に来ても彼の行
動は常に監視されていた。
そんな状況の中で外国での映画製作は開始されるが、彼の製
作意図とプロダクション側の考えが合っていないことが判り
始める。それでも何度かの衝突の末に映画は完成披露を迎え
るが…

出演者は、監督の他の作品と同様ほぼノンスターのキャステ
ィングだが、今回は中に2007年9月紹介『夜顔』のビュル・
オジェや、1986年大島渚監督の『マックス・モナムール』に
出演のピエール・エテらが脇を固めていたようだ。
なお本作は、6月23日〜26日に開催される「フランス映画祭
2011」で上映された後、来年岩波ホールで一般公開の予定に
なっている。

『消えたシモン・ヴェルネール』
              “Simon Werner a disparu”
1992年の高校を背景にしたミステリアスな作品。なお本作の
日本での一般公開の予定はないようだ。
学園を舞台に、同じクラスの生徒が次々に行方不明になって
行くという異常事態を、それぞれの生徒の視点から描く。そ
れは映画の現時点から数日前を起点に、複数の生徒のその間
の行動などが描かれるもので、その中には行方不明になった
生徒も含まれている。
ということで物語の全体は謎解きにもなっているものだが、
その解かれる謎自体は何と言うかこちらの期待とはちょっと
ずれていて、その辺で多少呆気に取られる感じはした。でも
まあそこに至るまでの若者たちの生態というか、そんなもの
が面白い作品とは言える。
1人の視点が終わるごとに時間が巻き戻される手法自体は、
以前の作品にもあるし目新しくはないが、本作ではそれぞれ
の視点となるキャラクターの心情などが微妙な点も面白くは
あったものだ。
因に、映画祭の紹介記事では、本作は2003年ガス・ヴァン・
サント監督の『エレファント』に比較されていたが、極めて
衝撃的だった実際の事件を題材にしたアメリカ映画に比べる
のは、多少酷というものだろう。
第一に本作の物語は、アメリカの事件が起こる以前の1992年
が背景とされているものだ。それはまだ携帯電話もなくパソ
コンやインターネットも普及していない時代の話。そんな多
分今よりのんびりした時代が背景で、そこには多少のノスタ
ルジーも感じられた。
そんな背景の中での、出演した若い俳優たちの伸び伸びした
演技も楽しみたい作品だ。

出演は、ジェール・ベリシエ、アナ・ジラルド、オドレイ・
バスティアン、イヴァン・タッサン。なおジラルドは名優の
娘だそうだ。また脚本と監督は、短編映画やテレビを手掛け
るファブリス・ゴベールによる長編デビュー作。
出演者も監督も新人が中心で、将来のフランス映画を背負っ
て立つ人材が結集しているようだ。それらを確認するため、
できればプレス資料には監督や俳優たちの紹介がもう少し詳
細に欲しかった。
なお本作では、サウンドトラックを1981年に結成されたアメ
リカのパンクバンド=ソニック・ユースが担当したことでも
話題になっているようだ。

『マムート』“Mammuth”
フランス映画界の名優ジェラール・ドパルデューの主演で、
定年退職した男の年金問題を扱った作品。なお本作の日本で
の一般公開の予定はないようだ。
主人公は16歳の時から地道に働き続け、遂に定年の日を迎え
た男性。同僚たちにはささやかな送別会をしてもらい、ささ
やかな贈り物も貰って家に帰ってくるが、まだ働いている妻
には多少疎まれている感じだ。
しかも今までが仕事一筋だった男性には、家事もままならず
日曜大工も、てきぱきこなしていた勤務先での仕事のように
は行かない。しかもいろいろな職場を転々としてきた男性に
は年金の不備が発覚し、このままでは満額を受給できないと
通告される。
このため男性は、過去に働いていた職場を訪ねて支払いの証
明書や働いていたことを証明する供述書を集めることが必要
になる。そこで男性は物置きで埃を被っていたバイク=マム
ートを引っ張り出し、その旅を始めるのだが…
年金を巡るトラブルは、日本でも大騒ぎになったばかりでい
ずこも同じという感じだが、日本の場合は役人の怠慢と恐ら
くは不正が原因だから映画とは異なる。しかし映画に描かれ
た異邦人の不法就労の問題など、その国にはその国なりの問
題があるようだ。
ただし映画は年金問題だけを扱っているのではなく、そこか
ら始まる自分自身のアイデンティティを探す旅が主題となっ
て行く。そしてそれは敢えて失ったのか、止むなく失ったの
か、その点が問題となって行くものだ。

共演は、主人公の妻役に1月紹介『ゲンスブールと女たち』
などのヨランド・モロー。他に、イサベル・アジャーニ、ブ
ノア・ポールブールドらが脇を固めている。
監督はテレビ出身のブノワ・ドゥレピーヌ&ギュスタヴ・ケ
ルヴェンのコンビ。
なお、マムートは上記のようにバイクの名称だが、ネットで
(munch “mammut" bike)と検索したら、映画のと同じ2連の
ヘッドライトの付いたオートバイの画像が見付かった。映画
の登場するのはそのヴィンテージモデルのようだが、排気音
もかなりの迫力の名車のようだ。
ただし映画は画像がかなり荒く、それは巻頭の画面などから
意図的のようにも思えるが、その意図が何なのかよく判らな
かった。昔の映画ではこのようなタッチのものもあったよう
な気がするが、今の時代に敢えてそれを再現した理由が知り
たいものだ。

『匿名レンアイ相談所』“Les Emotifs anonymes”
共に対人恐怖症の男性と女性が、その困難を乗り越えて行こ
うとする姿を描いたコメディ作品。なお本作の日本での一般
公開の予定はないようだ。
主人公は、天才的なチョコレートの女性パティシエ。しかし
極端なアガリ症で他人とはまともに話すことができない。そ
れでもチョコレートから離れられない彼女は、とあるチョコ
レート工場に就職するが、それは製造部門ではなく営業部門
だった。
それでも苦手な会話も何とか頑張り、菓子店に製品を置かせ
てもらっていたが、遂に新製品がなけれはもういらないと言
われてしまう。そこで知恵を絞った彼女はネットを経由して
工場の職人たちを指導し、見事に新製品を造り出すが…
一方、工場の経営者も彼女を上回るアガリ症で、相談してい
る精神科医にはいろいろ課題を与えられて、その課題を達成
すべく彼女に接近を図るのだが、これも行き違いの連続で、
ついに2人の関係は決定的な局面を迎えてしまう。
まあ、ラヴコメにはよくあるパターンという感じの作品では
あるが、その中心にあるのがチョコレートで、正に甘い香り
が一杯という感じの作品だ。しかもそこには隠遁した伝説の
パティシエの話なども介在させて、それなりに変化のある作
品に仕上げられている。

脚本と監督は、2008年6月紹介『ベティの小さな秘密』など
のジャン=ピエール・アメリス。前作も若い女性の心理を描
いた柔らかいタッチの作品だったが、本作では女性だけでな
く男性の側からもその心理が描かれている。
今の時代にこんな初な男女がいるのだろうかというようなお
話だが、映画を観ているとそんな人たちがいて欲しいという
思いにもなる、そんな優しさに溢れた作品に仕上げられてい
る。

出演は、女性パティシエ役に本作でセザール賞主演女優賞に
ノミネートされたイザベル・カレ。そして経営者役に『マム
ート』にも出ていたブノワ・ポールブールド。劇中でカレが
歌う“I Have Confidence”と、ポールブールドが歌う「黒
い瞳」も心地良かった。
なお本作は、フランスでは昨年のクリスマスシーズンに公開
されてスマッシュヒットを記録したそうだ。

『フランス映画祭・短編集』
毎年「フランス映画祭」では最新の短編作品が上映されてお
り、今回は以下の6作品が選ばれている。
「ロープ」“La Femme à cordes”(監督:ヴラディミール
・マヴニア=コウカ/アニメーション作品)
カーニバルを訪れた男が、特別な出し物に招待される。それ
はロープに支えられた1人の女性が出演しているものだった
が…。今回上映の中で唯一ファンタスティックな内容の作品
だが、結末がちょっと曖昧すぎる感じがした。

「世界中がジュ・テーム」“Tout le monde dit je t'me”
(監督:セシル・デュクロック、出演:ロマンヌ・バロン、
ロラ・イテアヌ)
少女2人が「ジュ・テーム」という言葉の意味について議論
をしている。2人の会話だけで成立している作品で、多分に
実験的な作品。まあこういうものが1本ぐらいはあってもい
いが、それ以上の意味合いは感じられなかった。

「直立不動の男」“Un homme debout”(監督:フエッド・
マンスール、出演:サミュエル・ジェイ)
1人の男が町に戻ってくる。男には町の人々の大半が冷たい
態度を示す。男は2人の女性が気に掛かってるようだ。男は
何故に町の人たちから嫌われるのか、男と2人の女性との関
係は…謎が徐々に解き明かされて行く。

「ピアノ調律師」“L'accordeur”(監督:オリヴィエ・ト
レイナー、出演:グレゴワール・ルプランス=ランゲ)
ピアニストを目指していた男が登竜門のコンテストで失敗、
やむなく調律師の道を選ぶ。しかし男はそこで盲目を装い、
そのため彼の目の前ではいろいろな人間の本性が演じられる
ようになる。

「娼婦になっていたかも」“J'aurais pu être une pute”
(監督:バヤ・カスミ、出演:ヴィマラ・ポンス、ブリュノ
・ボタリデス)
ホームセンターで剪定鋏を買おうとしている若い女性。しか
し彼女はその場で気を失ってしまい、中年の男性が彼女を助
けるが…。話をする内に徐々に彼女の緊張の理由などが明ら
かにされて行く。

「エリーズ」“La Noyée”(監督:マチュー・イボー、出演:
マリー・リヴィエール)
1人暮らしの母親と帰省した息子の物語。久しぶりに会った
2人はなかなか意志疎通ができないが、最近母親の身近に起
きた出来事の経緯を追う内に、徐々に2人の心が解きほぐさ
れて行く。

短編映画というのはなかなか観る機会が少ないが、映画祭な
どで最新の作品が観られるのは嬉しいものだ。そして今回選
ばれた作品もそれぞれドラマティックであり、個々には面白
い作品が揃っている。
ただ僕としては、全体的にはちょっと物足りなさを感じた。
それは今回選ばれた中に風刺性を持った作品が無かったこと
にもよる。僕はそういうものの中から革新的な作品も生れる
と考えるので、そういった作品も観たかったところだ。
        *         *
 今回の「フランス映画際2011」では、長編12本と短編集が
上映される。その中からここでは、長編5本と短編集を紹介
したが、上記以外で上映される内の『この愛のために撃て』
『ハートブレイカー』『セヴァンの地球のなおし方』は日本
での一般公開が決まっているものだ。
 しかし今回は、日本公開が未決定の『美しき棘』『6階の
マリアたち』『トムボーイ』『パリ猫の生き方』の4本を観
ることができなかった。しかも僕自身が会期中は所用で会場
に行くことができず、このまま見逃す可能性の高いのが残念
な事態となっている。
 ところで今回の映画祭に出席するフランス代表団は7人。
例年20人前後が来日するのに比べるとかなり少人数だが、そ
の原因は、フランス政府が日本、特に関東地方の東京で行わ
れる映画祭への参加を自粛するように指示を出したとの噂も
流れている。
 そんな中で、日本贔屓のリュック・ベッソン監督が団長を
引き受けてくれているものだが、中には“Chantrapas”のイ
オセリアーニ監督のように、自分はグルジア出身でフランス
人ではないから…と言っている人もいるようで、ますますフ
ランス政府の指示という説が濃厚になっているものだ。
 その理由はもちろん原発事故の影響を恐れてのものだが、
原発大国とされるフランス政府がそう言っているのだから、
この事態は相当に深刻と判断されているのだろう。
 一方、ドキュメンタリーの『セヴァンの地球のなおし方』
で来日するジャン=ポール・ジョー監督は、この機会に福島
原子力発電所の現地取材も敢行するそうで、来日メムバーも
正に多士済々という感じだ。
 なお上記の他には、『美しき棘』のレベッカ・ズロトヴス
キ監督、『消えたシモン・ヴェルネール』に出演のジェール
・ベリシエ、『匿名レンアイ相談所』のジャン=ピエール・
アメリス監督、短編作品『ピアノ調律師』のオリヴィエ・ト
レイナー監督の来日が予定されている。


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井口健二