井口健二のOn the Production
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2008年09月21日(日) ファニー・ゲームU.S.A.、ぼくのおばあちゃん、むずかしい恋、カフェ代官山2、反恋愛主義、バンク・ジョブ、252(追記)

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ファニー・ゲームU.S.A.』“Funny Games U.S.”
1997年のカンヌ国際映画祭に出品されて賛否両論を巻き起こ
したミヒャエル・ハネケ監督の問題作『ファニー・ゲーム』
を、ハネケ監督自身がハリウッド・スターを起用してリメイ
クした作品。
主演は、製作総指揮も兼ねるナオミ・ワッツ。これに『コッ
ポラの胡蝶の夢』のティム・ロス、『シルク』のマイクル・
ピット、『サンダーバード』のブラディ・コーベット、子役
のデヴォン・ギアハートらが共演している。
ハネケ監督のオリジナルは、初めて観たときには本当に何と
言っていいのか判らない作品だった。正直、嫌悪したくなる
ような作品でもあったし、それは今回このリメイク版を観て
も全く変わらない印象だ。
ただし、これが監督の言うように、現実はこんなものだとい
うことを示している作品であることは確かだし、その監督の
意図を汲み取れば、本作は正に名作と呼べるものだろう。し
かしそれを言うことにはかなりの勇気がいるものだ。
物語は、夫婦と1人息子の一家が湖畔の別荘を訪れることか
ら始まる。その家に着く前に隣家に挨拶した夫妻は、その一
家の態度に多少の違和感も感じるが、あまり気にしない。し
かしその隣家から2人の青年が主人公の家を訪ねてきたとき
から恐怖が始まる。
その青年たちは口調や物腰は柔らかだったが、夫妻に理不尽
な要求を突きつけ、それが叶わないと暴力を振るい始めたの
だ。そしてその暴力行為は次々にエスカレートして行った。
実は今回のリメイクは、俳優は変っているが物語や展開はオ
リジナルと全く変わらない。それは多分カメラアングルまで
もほとんど同じに作られているもので、監督自身はこれを、
「舞台劇のように、俳優を代えても演出は変えなかった」と
しているものだ。
従って、オリジナルを観ている人には、あえてもう1度同じ
ものを観ろとは言えないが、本作のナオミ・ワッツの渾身の
演技は見事だし、またマイクル・ピットは、『シルク』での
誠実さとは裏返しの悪意に満ちた若者を見事に演じ切ってい
る。これは凄い。
因にハネケ作品では、2005年『隠された記憶』(Cache)に
もリメイクの計画があるが、それはロン・ハワード監督が進
めるもの。ハネケ自身がリメイクしたいと思っていたのは本
作だけだそうで、しかもそのリメイクは絶対に自分ですると
決めていたそうだ。

『ぼくのおばあちゃん』
北村龍平監督『VERSUS』などの主演俳優で、2007年『GROW』
という作品で長編デビューしている榊英雄監督の新作。
1926年生れ、今年92歳の菅井きんが主演してギネスブックの
最高齢主演女優の認定を受けた作品。
“326”の名前でも知られるイラストレーターのなかむら
みつる原作による映画化。父親を早くに亡くし、母親とおば
あちゃんによって育てられた主人公が、現代の老人たちに厳
しい世の中で家族について見つめ直す物語。
主人公は住宅建設会社の営業マン。住む人が幸せになれる家
をモットーに営業成績も優秀な彼だったが、その実体は、残
業や日曜出勤の連続で息子の父親参観日にも行くことができ
ず、家族をほとんど顧みることができない生活だった。
そんな主人公だったが、家を新築しようとしている顧客一家
に老人がいることを知り、その老人が新築の家では居場所が
なくなる現実に直面する。そしてその連想から、自分を育て
てくれた祖母との関係に思いを馳せて行く。
事前には菅井きんの主演作という情報ぐらいで試写会を観に
行ったが、作品では、古き良き時代と言ってしまえば実も蓋
もないが、現代では無くなってしまった近所付き合いや他人
を思い遣る心など、素敵な物語が展開されていた。
プレス資料の中で映画監督の新藤兼人氏が、「日本映画にホ
ームドラマが少なくなった」と嘆いていたが、核家族社会の
日本の現実では、親子3代のようなホームドラマを作り難い
のは確かだろう。そのホームドラマの欠如がまた、核家族社
会を生み出しているとも思える。
そんな中で本作では、現代と過去のカットバックという手法
の中でホームドラマを描いているものだが、同じ手法を繰り
返しては使えないにしても、何か方法でホームドラマを作り
続けるのも重要なことのように思えてきた。
共演は、岡本健一、原日出子。また主人公の子供時代を伊澤
柾樹と吉原拓弥が演じている。他に、柳葉敏郎、加藤貴子、
清水美沙、石橋蓮司らが出演。なお、出演者も登壇した試写
会の舞台挨拶では、ギネスの認定証の授与式も行われた。

『むずかしい恋』
行定勲監督の『きょうのできごと』などを手掛けた脚本家の
益子昌一による監督第1作。多分ビルの1室で営業している
らしいバーを舞台に、4組の恋物語が展開する。
その店のバーテンダーは元クラシックバレーのダンサー。彼
は怪我が元で舞台を降りたが、その舞台には実は未だやり残
したことがあるようだ。そんな彼のいるバーには、その日も
いろいろな男女が集まってくる。
最初に来たの女性客。彼女はボックス席で連れの男性を待っ
ていたが、読みかけの本にはあるものが挟まっていた。続い
て来たのは風俗関係らしい女性。彼女はカウンターに座り、
馴れ馴れしい態度でバーテンダーに話しかける。
次に来たのはカップル。ボックス席に座った2人は、男性が
しきりと女性を口説いているが…。そして最初の客の連れが
現れ、さらにカウンターの隅で本を読み続ける女性客と、恋
人に振られて自棄酒に酔い潰れ気味の若者も入ってくる。
こんな男女8人がいろいろな恋模様を描き出して行く。正直
に言って他愛ない話がいくつも並行して語られて行く作品。
だからどうという話でもないし、お話自体も有りそで無さそ
で…そんな緩くて甘いお話のオンパレード。
でもこの作品の根底には、何か人に対する信頼のようなもの
が流れ、それ自体が古臭いかも知れないようなノスタルジー
を感じさせる物語になっていた。それはバーという雰囲気が
醸し出すものかも知れず、そんな世界がまだ有るのなら、い
まさら恋という年でもないけれど、自分も浸ってみたいよう
な感じもしたものだ。
そんなバーの片隅に自分も座って彼らを見ているような、そ
んな何か不思議な雰囲気を持った作品でもあった。
出演は、『愛流通センター』などの水橋研二、『グミ・チョ
コレート・パイン』の璃乃亜と森岡龍、放送中の「仮面ライ
ダーキバ」でヒロイン役の柳沢なな、『風の外側』の安藤サ
クラ。他に、前田綾香、載寧龍二、三浦誠己ら。
水橋と三浦以外は20代前半から半ばの俳優たちだが、良い雰
囲気の演技を観せていた。

『カフェ代官山2』
今年2月に紹介した『カフェ代官山』のパート2。前作で主
人公たちが集ったカフェの誕生までの物語が、前作のキャス
ティング全員の再登場で描かれる。監督は前作と同じく武正
晴。脚本も前作を手掛けた金杉弘子。
物語は前作の3年前が始まる。ディスコで派手に踊っていた
響はチンピラに絡まれ、逃げているところをマスターに救わ
れる。しかし怪我を負ったマスターを背負って辿り着いたの
は、「レーブ・コンティニュエ」という看板の掛けられた古
びたカフェだった。
そこでマスターの様子を看ながら一夜を過ごした響は、マス
ターに煽てられるままにコーヒーを入れ、ケーキを作って、
そのままその店で働くことになってしまう。そして、そこに
は未琴や鈴太郎も集まってくる。
こうしてカフェは活気付いて行くが、マスターと親友の夢は
まだ実現していなかった…。ということで、ここに若き日の
マスターの夢を描いた物語まで登場して、響、未琴、鈴太郎
らの背景の物語と共に盛り沢山に描かれて行く。
しかもその間には、ケーキ作りやダンスや琴の演奏まである
のだから、上映時間68分の中に、よくもまあこれだけ詰め込
んだと言える作品だ。従って個々のエピソードははっきり言
ってかなり薄いが、最近の若者映画の展開は大体がこんなも
のだろう。
ただし本作では、それぞれのエピソードの中に言いたいこと
がしっかりと判るように描かれているは見事だった。
出演は、相場弘樹、桐山漣、大河元気の3人に、中原和宏、
馬場徹。そして2005年『七人の弔い』に出演の中村倫也が若
き日のマスターを演じている。
まあ、他愛ない作品であることは確かだし、イケ面ファンの
女性がターゲットの作品であれば、ただイケ面を写しさえす
れば良いというものではある。しかし、そんな中でもそれぞ
れのキャラクターを過不足なく描くのも、また技術と言えそ
うだ。
なお、前作では琴の演奏シーンであまり手元が写らなかった
と思う桐山が、本作ではそれなりに自分で演奏しているのに
も感心した。

『反恋愛主義』“Csak szex és más semmi”
英語題名は“Just Sex and Nothing Else”というハンガリ
ー製のラヴコメディ。
日本では昨年公開された歴史ドラマ『君の涙ドナウに流れ』
も手掛けて、本作と共に2006年のハンガリー映画興行1位、
2位を独占したというクリスティナ・ゴダ監督の長編デビュ
ー作。
主人公は30歳過ぎの女性脚本家。人気劇団での仕事も順調、
生活環境も充実している彼女だったが、恋愛環境は最悪。昔
からの女友達は早々結婚して出産を控えているのに、彼女は
恋人の弁護士に妻子がいたことが発覚。おまけに半裸でベラ
ンダに押し出され…
そんな彼女の劇団に客演俳優としてプレイボーイで名高い男
優がやってくるが、恋愛に不信感の彼女は、恋愛よりセック
ス=シングルマザーの道を目指すことに。しかし、精子バン
クの実情を見たり、ネットの恋人募集は飛んでもない事態も
引き起こしてしまう。
ということで、かなり過激な大人の恋愛模様が描かれる。し
かも、この作品の演技でハンガリー批評家賞の主演女優賞を
受賞したというユデット・シェルが正に体当たりの演技を見
せてくれるから、これはお楽しみも充分の作品だ。
それにしても、元共産圏のハンガリーからこんなに愉快なラ
ヴコメが登場するとは思いも寄らなかった。ただし共同脚本
も手掛けたゴダ監督は、イギリスの国立映画テレビ学校と、
アメリカのUCLAでも学んだとのことで、欧米式の映画製
作は本物のようだ。
共演は、2002年版『ローラーボール』や『氷の微笑2』にも
出ている国際女優のカタ・ドボーと、2003年の“Kontroll”
という作品で主演を張っているシャーンドル・チャーニ。こ
の2人はゴダ監督の『君の涙…』にも出演している。
携帯電話やインターネットも当然のごとく出てくるし、元共
産圏と言ってもその現在の生活は我々と全く変らないものに
なっているようだ。しかもその中で、この映画のように大人
の楽しめる作品が興行のトップを争うというのも素晴らしい
こと。
聞き慣れないハンガリー語の台詞に最初は多少戸惑ったが、
どこの国にも共通の大人の恋愛模様を丁寧に描いた作品で、
『SEX AND THE CITY』の対抗馬としても面
白い作品に思えた。

『バンク・ジョブ』“The Bank Job”
1971年にロンドンで起きた銀行の貸金庫強奪事件を巡る実話
に基づくとされる作品。
この映画の内容によると、その事件は英国王室のスキャンダ
ルや政界スキャンダルとも連動し、そのため事件の途中から
は報道が一切封じられたとのことだ。その事件の全貌が初め
て明らかにされる。
物語は、南海のリゾートで奔放な女性の姿が撮影されたこと
から始まる。その写真を入手した黒人活動家の男はイギリス
に渡り、そこで麻薬の密輸や暴力事件などを引き起こす。し
かし、写真の公開を恐れるイギリス政府はその男に手出しす
ることができない。
そんな中で英国諜報部(MI-5)は、その写真の保管された銀
行の貸金庫を特定するが、表立ってはその差し押さえを行え
ない。そこでMI-5は策略を巡らし、ある女性を使って街のチ
ンピラにその内容は判らないままそれを強奪させようと計画
する。
そして策略に引っかかった女性は、昔馴染みで金に困ってい
るチンピラの男に、警備会社からの情報としてその銀行の防
犯設備が停止していることを教え、銀行の貸金庫を強奪する
ことを提案するが…
まんまと強奪に成功した貸金庫には、王室のスキャンダルだ
けでないいろいろな闇の情報が隠されていた。そしてそれら
を手に入れた男は、MI-5だけでなく、ロンドン中の悪徳警官
や裏社会の住人たちからも追われることになってしまう。

物語のどこまでが真実かは判らないが、まああってもおかし
くない話ではある。それで映画の展開では、犯人たちがかな
りの幸運に恵まれたりもするのだが、それは事実は小説より
も奇なりということなのだろう。
それにしても、あってもおかしくはないと言ってもかなり奇
想天外なお話だし、主人公と各組織との正に綱渡りの攻防が
緊張感一杯に描かれる。その展開は映画として極めて面白い
ものになっており、それがこの映画の優れていると言えると
ころだ。
主演は、『トランスポーター』シリーズなどのジェイスン・
ステイサム。また『フリーダ』のサフロン・バロウズ、『プ
ロヴァンスの贈り物』のダニエル・メイズ、『ブリジット・
ジョーンズの日記』のジェームズ・フォークナーらが共演し
ている。
監督は、『世界最速のインディアン』などのロジャー・ドナ
ルドスン。イギリスでは初登場第1位、全米でも4週に渡っ
て興行ベスト10に食い込んだという作品だ。
        *         *
『252』(追記)
この作品の完成記者会見でちょっと面白いことがあったが、
ネタバレに繋がる話なので、ここに伏せ字で報告させて貰う
ことにする。
日本映画の記者会見では滅多に質問をしないが、今回は最初
に手を挙げる人がいなかったので質問してしまった。でも本
当は、もっと真面な質問が出た後でジョークとして質問した
かったものだ。
その質問は、「主演と原作者が同じ『海猿』がフジテレビ=
東宝で製作公開され、今回は日本テレビ=ワーナーでの製作
公開だが、その映画の中で、お台場のフジテレビが打っ飛ぶ
シーンがあるのに汐留が描写されないのは、何か意図があっ
たのか」というもの。
この質問に対して最初にマイクを向けられた原作者・小森陽
一の答えは、「僕も映画を観てびっくりしました。意図は監
督に聞いてください」というもの。ここで場内爆笑となり、
続いてマイクを向けられた主演の伊藤英明は、「余りに強烈
な質問なので、頭の中が飛んでしまった」という回答になっ
てしまった。
そして監督の水田伸生からは、「お台場はランドマークで、
汐留は間に浜離宮があるから」という回答だったが、つまり
これは「お台場はランドマークとして日本全国に知られてい
るが、汐留は未だそれほどの知名度がないから描いても仕方
がなかった」ということのようだ。実際、汐留に波が打ち寄
せるシーンを描いても東京の人間以外はほとんど判らないの
が現状だろうし、それでは全国区の映画にはならないという
ことだ。
という質疑応答だったが、原作者や特に伊藤英明のパニック
ぶりが面白くて会場を沸かせることはできた。とは言え、や
はりこれは半分ジョークのようなものだから、最初の質問で
するものではなかったような気もする。でもまあ僕としては
他人が訊くようなことは訊きたくないし、いつもこんな質問
を用意して会見に臨んでいるものだ。

以上で、記者会見の報告を終ります。


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井口健二