井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2008年09月14日(日) ヘルボーイ2、アラトリステ、草原の女、きつねと私の12ヶ月、252、ロック誕生、ザ・ムーン、ブラインドネス(追記)

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ヘルボーイ・ゴールデン・アーミー』
            “Hellboy II: The Golden Army”
ダークホース・コミックス原作、2004年公開『ヘルボーイ』
続編。ギレルモ・デル=トロ監督の許、ロン・パールマン、
セルマ・ブレア、ダグ・ジョーンズら主要メムバーが再結集
し、さらに新顔のクリーチャーもいろいろ登場する。
という作品だが、実は前作のときは試写状が貰えなくて僕は
観られなかった。でもまあ主人公が悪魔の子で…ということ
ぐらいを知っていれば、別段本作の物語を理解するのに支障
はなかった。それにその点はプロローグでもしっかり説明さ
れる。
それと、主人公と女性のサブキャラが恋仲だが、早くも倦怠
期か?というようなところもあるが、その辺も観ていれば判
るし、それが特に本作の展開に重要な訳でもない。そんな訳
で、僕は前作を観ていなくても、大した支障もなく本作を楽
しむことができた。
それで今回の物語は、古代に起きた人類とクリーチャーたち
の戦いに起因するもの。その戦いは貪欲な人類側が圧倒的な
強さを見せていたが、クリーチャー側は最後にメカニカルな
ゴールデンアーミーを誕生させて人類に反撃を加える。
しかしその容赦の無い反撃の仕方を容認できなかったクリー
チャーの王は、自らその動作を停止させて人類との和解に出
る。こうして人類とクリーチャーたちは、古来より住む場所
を分けて現代に至っていた。
ところが近年になって、古来の事情を知らない人類はクリー
チャーの領分を犯すようになり、その事態に怒ったクリーチ
ャーの王の息子が、再びゴールデンアーミーを始動させよう
と画策するが…
そのキーとなる王冠を形成する3つのパーツを巡って、王の
息子とヘルボーイたちとの闘いが始まる。そしてその闘いの
ため、王の息子は人類社会に向けて、次々に奇っ怪なクリー
チャーを繰り出してくる。
一方、新たなリーダーを得たヘルボーイたちもクリーチャー
の世界に捜査の脚を踏み入れて行くが…
いかにもコミックスの映画化という感じの作品で、それを、
『パンズ・ラビリンス』の好評で勢いに乗るデル=トロが、
思い切り作ったという感じの作品。多少やりすぎの感じもな
いではないが、ここまでやれば観客も楽しくなると言えるも
のだ。
『ダークナイト』の成功で、今後のコミックスの映画化には
いろいろ変化が出てきそうだが、本作に関してはその前の作
品と言える。とやかく言わず、とにかく気楽に楽しみたい。

『アラトリステ』“Alatriste”
17世紀のヨーロッパを舞台に、『LOTR』のヴィゴ・モー
テンセンが剣客となって活躍するアクション作品。2006年に
スペイン映画史上最高の製作費を掛けて製作・公開され、同
年度のゴヤ賞には最多15部門にノミネート、3部門で受賞す
る好評を得た。
1622年、フランドルの戦場を行くスペイン歩兵部隊の中にア
ラトリステの姿はあった。当時のスペインは、フェリペ4世
の治世の下、ヨーロッパの強国の地位を保ってはいたが、ア
ルマダの海戦で無敵艦隊が大英帝国軍に破れて以降、国の内
外には問題が噴出していた。
しかし放蕩を続ける国王は、寵臣オリバーレスに国政を任せ
たままで、その国力は着実に衰えて行く。そんな中、アラト
リステはあるときは国王に仕える傭兵として、またあるとき
はマドリードの闇に潜む刺客として活躍を繰り広げる。
そんな彼の周囲には、フランドルの戦場で命を救ったグアダ
ルメディーナ伯爵や、その戦場に散った仲間の息子イニゴ。
今は人妻だが旧知の美人女優マリアなどの姿があった。そし
て戦いは、オランダ軍が抵抗を続ける要塞都市ブレダの戦い
などに続いて行く。
原作は、戦場ジャーナリスト出身のアルトゥーロ・ペレス=
レベルテが発表した全6巻に及ぶ壮大な作品で、史実に基づ
く戦いや実在の人物の行動に絡めて、物語のヒーローが活躍
するというものだ。
実際、主人公のアラトリステは架空の人物だが、その物語の
スケールと、恐らくは栄光の時代へのノスタルジーなどで、
特にスペイン国民には熱狂的に迎えられた作品のようだ。そ
れが没落に向かう状況であることも物語に深みを与えていそ
うだ。
また映画では、ブレダ開城のシーンにベラスケスの絵画をモ
ティーフにするなど、巧みな構成も用いられている。
その主人公役に、アメリカ人のモーテンセンが全編スペイン
語の台詞で挑んでいるものだが、元々剣客というのは寡黙な
方が似合うし、口元もあまり動かさない台詞をアフレコして
いるから違和感は感じなかった。
そして共演者には、『バンテージ・ポイント』などのエドゥ
アルド・ノリエガ、『コレラの時代の愛』で主人公の青年時
代を演じたウナクス・ウガルデ、『トーク・トゥ・ハー』の
ハヴィエル・カマラ、『美しすぎる母』のエレナ・アナヤ、
『パンズ・ラビリンス』のアリアドナ・ヒルなど多彩な顔ぶ
れが集められている。
なお、監督のアグスティン・ディアス・ヤネスは本作が3作
目。全ての作品でゴヤ賞に最多ノミネートされている才人だ
が、実は第2作として準備中に頓挫したSF大作があるとの
こと、ぜひともその作品も実現してもらいたいものだ。

『草原の女』“珠拉的故事”
今年1月に紹介した『胡同の理髪師』のハス・チョロー監督
による2000年の長編デビュー作。内モンゴル自治区の冬を背
景に、都会に出稼ぎに行ったまま帰ってこない夫を待つモン
ゴル族の女性の姿を描く。
主人公のゾルは、幼い息子とともに草原に建てられたゲルで
暮らしている。彼女の生活は165頭の羊と馬などの世話に追
われているが、牧草地に雪の積もった冬はその牧草を集める
作業などで大忙しだ。しかも雪原には腹を空かせたオオカミ
も出没する。
そんな過酷な暮らしの中でも、彼女は都会に行ったまま何年
も帰ってこない夫を待ち続けている。なおモンゴルの女性に
は、「冬に怠けていると、冬眠して蛇になってしまう」とい
う言い伝えもあるそうだ。
そんな彼女の許を1人の男が訪れる。彼女は、夫の居ない間
に他人を雇うことを拒否するが、男には家族もなく、仕事を
求めて草原を彷徨っている風だった。そして男は、異常に火
を恐れることから逆にガル(火)と村人から呼ばれるように
なる。
やがて男は、ある切っ掛けから彼女のゲルの近くに自分のゲ
ルを建てることを許される。しかし彼の過去にはいろいろな
経緯がありそうだった。
最初は遠方に建てられたゲルが徐々に近づいてくるなど、微
妙な表現も含めて、草原に暮らす男女の生き様が描かれる。
その物語の展開は多少甘いようにも感じられるが、まあそれ
もお話と言うところだろう。
謎めいた小道具がいろいろ登場し、それが最後に収斂して行
く脚本はなかなか見事なものとも言える。
内モンゴル自治区を描いた作品では、最近の砂漠化をテーマ
にした作品を何本か観たが、本作は砂漠化ではないものの、
やはり厳しい冬の生活が描かれている。放牧という生活の糧
のためではあるが、これも大変なことだ。そんな民衆の生活
が丁寧に描かれる。
主演は、実際にモンゴル族のハス・カオワ。出演作も多いベ
テランで、その中には2002年の日中合作映画『王様の漢方』
もあるものだ。

『きつねと私の12ヶ月』“Le Renard et L'Enfant”
前作『皇帝ペンギン』でアカデミー賞長編ドキュメンタリー
部門を獲得したフランス人のドキュメンタリスト=リュック
・ジャケ監督による2007年の作品。
前作ではペンギンの擬人化が多少気になった人もいたようだ
が、本作はさらに1歩進めて、動物の生態は描いているが物
語は完全なフィクションとされている。因に、フランスでの
配給はディズニーが担当したようだ。
そのお話は、1人の少女が森でキツネを見掛け、そのキツネ
と共に冒険を繰り広げるというもの。監督自身が子供の頃に
キツネを見た思い出から発展させたということだが、そのお
話はメルヘンにも満ち溢れた素敵なものになっている。
しかも現実との責めぎ合いもしっかりと描かれていて、なか
なか良い物語になっていた。
キツネを題材にした映画は、日本では『キタキツネ物語』が
有名だが、本作はキツネの生態というより少女との関わりに
重きが置かれて、その冒険の美しさなどが強調される。しか
しフランスではキツネは害獣と認定されているらしく、駆除
や狩りの対象などにもなっている。
それでも少女はキツネを愛しているという筋立てで、その辺
の現実の描き方もしっかりとしていた。
さらにフランスアルプスの風景や、そこに住む動物たちの姿
が見事に美しく捉えられた作品で、それを見ているだけでも
心が洗われるような感じがする。そして、そこに描かれる冒
険の舞台は峡谷や鍾乳洞など、大人にとってもわくわくする
ようなものだ。
ただし、親の目で観るとかなりはらはらもする展開にもなっ
ている。そのくらいに素敵な冒険が描かれているものだが、
その一方で、それを見守る親の立場も相応に描かれており、
その辺には納得もできた。
主演は1995年生まれのベルティーユ・ノエル=ブリュノー。
また、少女の思い出話としてのナレーションを、『チャーリ
ーとパパの飛行機』で母親役を演じていたイザベル・カレが
担当している。因に、英語版のナレーションはケイト・ウィ
ンスレットだったようだ。
大人の目の嫌らしさを感じることもなく、純真な気持ちで楽
しめる作品だった。

『252』
海底地震の影響で小笠原諸島近海の海水温が急上昇し、それ
により日本近海で未曾有の巨大台風が発生する。その影響で
新橋地区が高潮に襲われ、東京メトロ新橋駅の地下1階部分
が崩落、地下2階ホームに人々が閉じ込められる。
題名は「生存者あり」という東京消防庁の暗号だそうで、閉
じ込められた中に居た元レスキュー隊員の主人公が、パイプ
を2回、5回、2回と打ち鳴らして外部に状況を伝えようと
するが…その外部も、巨大台風の襲来でレスキュー隊の投入
が困難な状況だった。
同様の物語では、1996年の『デイライト』が思い浮かぶが、
かなり荒唐無稽な展開だったスタローン主演作に比べると、
それなりにリアルなレスキュー活動が描かれる。特に、最新
鋭の音響探査装置やレスキュー犬まで登場する描写はかなり
リアルな感じだった。
といっても、これで救出されるには相当の幸運が必要と思わ
れるが、物語は、2004年の中越地震で地震発生から90時間後
に4歳児を救出したレスキュー隊の活動にインスパイアされ
たもので、幸運も時にはあるということだ。
ただまあ、普段からこの駅を利用している者としては、総武
線、都営線に接続する地下街はどうなった?とか、銀座は水
没しているにしても、そちらへのレスキューの派遣状況は?
など、いろいろ考えてしまうところではあるが…
それに、銀座線、丸の内線の場合は、第3軌条への送電の停
止など、危険を伴う部分で描かれていないものもあって、気
になるところはいろいろあったが、救出現場となる新橋駅周
辺の景観などは、見慣れた風景が見事に変貌していて納得も
できた。
出演は、伊藤英明、内野聖陽、山田孝之、香椎由宇、木村祐
一、MINJI、山本太郎、桜井幸子、杉本哲太。
伊藤のレスキュー隊員姿などは様になっているが、中で、情
報伝達のため現場に駆けつける気象予報官を演じる香椎が、
自分の提案から隊員を死地に赴かせてしまった悔悟と、責任
を完うしたことに対する安堵の表情は、良く演じられている
感じがした。
その他、現地の本部となるホテルの中で、従業員たちがかい
がいしく給仕などをしている様子も、多分こんななのだろう
なあと思わされたものだ。
原案と脚本は、『海猿』シリーズの小森陽一。海、都会と来
て、次は何処のレスキューを見せてくれる?

『ロック誕生』
1970年代に巻き起こった和製ロックブームを回顧する作品。
内田裕也、ミッキー・カーチス、中村とうようら当時の仕掛
け人だった人たちの証言や、ミュージシャンの思い出話など
が、当時のライヴ風景を収めた映像と共に再現される。
僕自身は、70年安保前の反戦フォークブームには多少思い入
れがあるが、それ以降の和製ロックにはあまり関心が無かっ
た。実際に今回のフィルムの中では、遠藤賢司はかろうじて
当時のフォークコンサートへの出演で観ているが、その他は
名前を聞いている程度だ。
でもまあ、こんな僕でも名前は知っているグループのライヴ
映像だから、それは懐かしく観ることもできたし、またイン
タヴューの発言では、「なるほどそうだったのか」という思
いのした部分もいろいろあった。
ただ、それを感じられるのが、僕と同じ位かそれより上の世
代ではないかというのが心配なところだが…。挿入された当
時のライヴ映像などには、今観ても充分に面白いものも多い
と思うので、出来るだけ若い人にもアピールしてもらいたい
ものだ。
とは言うものの、折角インタヴューで言及されているのにラ
イヴ映像の登場しないものが多いのは残念なところで、いま
さら「キャロル」はいいとしても、「外道」ぐらいは元メム
バーの加納秀人本人が登場しているなら、ライヴの映像も欲
しかったところだ。
因に、登場しているライヴ映像は、フラワートラヴェリン・
バンド(Make up)、頭脳警察(銃をとれ)、はっぴいえん
ど(はいからはくち)、イエロー(ゴーイングアップ)、遠
藤賢司(夜汽車のブルース)、ファーイースト・ファミリー
バンド(地球空洞説)、村八分(草臥れて)、クリエイショ
ン(ロンリーナイト)、四人囃子(おまつり)など。
中にはかなり画質の悪いものもあるが、当時の雰囲気は存分
に楽しめるものだ。
ただし、この映像にバンド名はあっても曲名が表示されない
のは片手落ちの感じで、特に、「四人囃子」の「おまつり」
は、インタヴューで言及された直後なのに、歌詞に単語が出
てくるまで確認できなかったのは気になった。
その他、インタヴューの中には「まだ話せないこともある」
と言っている発言者も居たようで、その辺は今後もしつこく
追って行って欲しいものだ。

『ザ・ムーン』“In the Shadow of the Moon”
1961年5月25日のジョン・F・ケネディの演説から始まり、
1972年12月19日のアポロ17号の地球帰還で終結するアポロ計
画の全歴史を、10人のアポロ宇宙飛行士へのインタヴューと
当時の映像で再現したドキュメンタリー。
2007年1月のサンダンス映画祭でプレミア上映されて観客賞
を受賞したのを始め、2008年第22回アーサー・C・クラーク
賞など世界各地での受賞に輝いている。
僕は、1969年7月のアポロ11号による人類初の月面着陸を鮮
明に覚えているし、アポロ計画というのは、正に自分の生き
た時代の出来事だったと思えるものだ。しかしアポロ13号の
事故以降は、正直に言って何をやっていたのかもあまり記憶
にない。
実際には、15号で初めて月面車が使用されたり、峡谷部の探
査や長期滞在などいろいろな研究が行われていて、今回この
作品を観ていて「そう言えば…」と思い出すことも多々あっ
たが、ある意味の忘却の彼方という感じもしたものだ。
それくらいにアポロ計画の後期は一般の関心も薄れ、露出も
少なかった。実際1978年の『カプリコン1』は、そんな世間
の宇宙開発への無関心に対して作られたものだ。最近は変な
意味で使われていることも多いようだが。
だからもっと若い人には、本当にこんなことが行われていた
のだと驚くようなものも多いのかも知れない。実際、映画の
中には、今回初めて一般公開される映像もあるとのことで、
いまさらながら人類が行った偉大な冒険を目の当りにするこ
とができるものだ。
もちろんその中には、アポロ1号での悲劇もあるし、アポロ
8号が急遽月周回に向かう状況や、後で問題にされたその際
に聖書を読み上げた経緯、アポロ11号で星条旗を立てた経緯
なども、飛行士たちの生の声で語られる。それらにも興味深
いものがあった。
ただし、アポロ13号の顛末に関しては比較的軽く流されてい
るのは、本作のプレゼンターが『アポロ13』のロン・ハワー
ド監督のせいなのだろうか?
何れにしても、スペースシャトルや国際宇宙ステーションへ
の関心も今一つ盛り上がらない昨今、月への国際協力による
再上陸や、火星への有人飛行は実現するものなのか。本作を
観ながらそんなことも考えさせられた。
この作品の公開で、宇宙への関心が少しでも盛り上がること
を期待したいものだ。
        *         *
『ブラインドネス』(追記)
8月17日付で紹介したこの作品について、試写を見直したと
ころ興味深い話しを教えてもらった。
この作品は、カンヌ映画祭でプレミア上映されたものだが、
実はその時の編集ではダニー・グローヴァーのナレーション
がうざったいほどに挿入されていたのだそうだ。そこでそれ
では駄目ということになり、メイレレス監督がナレーション
を半分以下にする再編集に着手。その結果が今回公開される
ヴァージョンとのこと。
この話を聞いて思い出すのは、『2001年宇宙の旅』が、当初
のクラークの脚本ではナレーションが多数入っていたものを
クーブリックがすべて削除したことだ。今回の作品で原作者
からは、「絶対にSFにしないでくれ」という注文もあった
そうだが、SFであってもなくても、ナレーションを少なく
することが名作への第1歩ということはありそうだ。
そう言えば、チャーリー・カウフマン脚本の『アダプテーシ
ョン』でも、「ナレーションで説明するのは最低のやり方」
というような台詞があったと思うが、それは真理のようだ。
もちろんそれは作品の内容にもよるものだが。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二