| 2008年03月23日(日) |
MONGOL、スシ王子!、アウェイ・フロム・ハー、Mr.ブルックス、休暇、最高の人生の見つけ方、1978年冬 |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※ ※僕が気に入った作品のみを紹介しています。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 『MONGOL』“Mongol” 13世紀初頭にモンゴルを統一し、その後には当時の文明国家 の半分を支配したとも言われるチンギス・ハーンの若き日を 描いた作品。 『コーカサスの虜』でカンヌ映画祭批評家連盟賞を受賞した セルゲイ・ボドロフ監督が、主演に日本人の浅野忠信を起用 して製作した作品で、今年のアカデミー賞で外国語映画賞部 門にもノミネートされた。 物語は、テムジンが9歳にして嫁を決めに行くシーンから始 まり、部族の崩壊や敵国の虜囚となるなどの苦難の時期を経 て、最後は幼い頃に血の契りを結んだ義兄弟ジャムカの軍を 破ってチンギス・ハーンとなるまでが描かれる。 物語の期間は、2006年12月に紹介した日本映画の『蒼き狼』 とほぼ一致しており、その点では比較せざるを得ないものだ が、全体的な印象は、豪華絢爛の日本映画に比べると生活様 式などはシンプルに描かれている。 特に衣裳には、高価な贈り物として黒テンの毛皮などという ようなものも出てはくるが、全体としては質素さを前面に描 かれている感じがした。 そして何よりこの映画で特筆すべきは、全編がモンゴル語で 描かれている点で、主演の浅野はもちろん、ジャムカ役を演 じた『初恋のきた道』などのスン・ホンレイもモンゴル語の 台詞を話しているものだ。 その実力のほどは僕らには判らないものだが、テムジンの妻 ボルテ役の女優はモンゴル人だそうで、その辺のチェックは されているのだろう。それに、まあ大時代的な日本語の台詞 が飛び交うよりは、観ていて気持ちの良いものだ。 それにこの作品では、日本映画では描かれたテムジンとその 息子との確執などはカットされており、この点でもシンプル に話が進められている。その点では、恐らく西欧人には目新 しいであろうアジアの1人の英雄の物語として判りやすく描 かれているものだ。 その点の善し悪しは観る人の判断になるが、リアルさという 点では間違いなく本作の方が勝っていることは言ってしまえ るだろう。 それから浅野の演技は、日本の映画では何となくシャイな感 じの印象を持つ俳優だが、本作では凛々しく立ち回りも披露 しており、さらに妻や子供たちへの愛情の注ぎ方など、正に 適役に感じられた。 なお撮影は2005年と翌年の2期に別けて行われたそうだが、 実はちょうどその間に行われた映画の試写会で浅野を見掛け たことがある。その時は腰近くまでの長髪で、「役作りなの で」と物腰柔らかく話している姿が印象的だった。 僕はその当時にもこの映画のことは知っていたので、役作り も大変だなあと思いつつ浅野の姿を見ていたが、アカデミー 賞のノミネーションを勝ち取る素晴らしい作品ができて、そ れも報われたと言うところだろう。
『銀幕版スシ王子!〜ニューヨークへ行く〜』 先にテレビ朝日系で放送されたシリーズドラマの映画版。 自然流琉球唐手の奥義を目指し、日本全国津々浦々で寿司の 修業に励んできた主人公が、シャリの極意を学ぶため、その 達人の店のあるニューヨークへやってくる。 オリジナル版のテレビシリーズの全部は観ていないが、主人 公の決めポーズなど、いわゆるシチュエーションコメディの 典型だと思われる。従ってこの種の作品を楽しむためには、 観客もそのシチュエーションにどっぷりと浸り込む覚悟が必 要になるもので、それができない人がとやかく言うような代 物ではない。 それでは観客が制限されると思われるかも知れないが、そこ は人気タレントを起用したテレビシリーズが基にあることで 問題はクリアされるものだ。 しかも本作では、この銀幕版の製作はテレビシリーズの企画 当初から考えられていたとのことで、テレビシリーズに取っ て付けたような劇場版ではなく。シチュエーションの連携も しっかりとしているし、劇場版らしいスケールも生まれてい る。 そして物語では、ニューヨークの「八十八」という店を目指 してやってきた主人公だが、繁華街の同名の店は寿司の道を 外れ、ようやく見つけ出したのは場末の寂れた店。しかもそ こはマフィアの手先による地上げの標的にされ、存続も風前 の灯火だった… と言うことで、あとはお決まりの主人公の大活躍で店を復活 できるか?となるものだ。そしてそこに、いろいろな背景を 持った人間たちのドラマや、奇想天外な主人公に対する修業 の様子などが織り込まれる。 先にも書いたように、観客はまずこのシチュエーションに浸 り込むことが肝心だし、それができない人には「もったいな いねえ」と言う外はない。でもそれができれば、作品は問題 なく楽しめるし、映画館の大画面でそれを堪能できる作品に は仕上がっている。 出演は、堂本光一、中丸雄一のテレビ版レギュラーに加え、 北大路欣也、伊原剛志、釈由美子、石原さとみ、太田莉菜。 特に北大路が、周囲の尋常でない状況の中でも落ち着いた演 技を見せているのは、流石という感じだった。 原案と監督は、『金田一少年の事件簿』『トリック』などの 堤幸彦。昨年は、映画『自虐の詩』なども発表しているが、 今年は『20世紀少年』『まぼろしの邪馬台国』も公開される そうだ。
『アウェイ・フロム・ハー/君を想う』“Away from Her” アルツハイマーの妻と、その妻を介護施設に入れながらも想 い続ける夫の姿を描いた作品。妻を演じたジュリー・クリス ティが、1966年『ダーリング』の初ノミネートで受賞以来、 4度目のオスカーノミネートを達成した。 妻のフィオーナはアルツハイマー型認知症を発症し、短期記 憶の喪失が始まっている。そんな妻も普段は気丈だったが、 ある出来事によって自ら介護施設への入所を希望するように なる。しかしその施設には、入所時にある特別なルールがあ った。 実は僕の両親も、母親が認知症で父親はそうではないという 状況にあり、その体験からもこの映画には大いに共感できる ものだった。 ただし僕の両親の場合は、父親も高齢になったために現在は 一緒に施設に入ってもらっているが、それ以前に母親だけを 入れた時の父親の姿などには、本作の夫の姿を見るような思 いだった記憶がある。 だからこの映画の中で、そのルールが実は看護師の手抜きの ためだと言うような台詞が出てくると、「やっぱりな」と思 うところもあり、それにショックに感じると同時に、一種の 納得もしてしまったものだ。 それにしても、この処置のために、夫がどれだけの苦しみに 襲われるのか。その症状自体は韓国映画の『私の頭の中の消 しゴム』などでも描かれていたものではあっても、本作はそ れを夫の立場から描くことで、より鮮明にその恐怖も感じら れるものになっている。 認知症を描いた作品は、その他にも『きみに読む物語』など 見てきているが、どの作品も身につまされるところがある。 また、その現象が周囲にはなかなか判ってもらえない病気で あるだけに、このような作品でもっと周知してもらいたいと 思う気持ちも生じるところだ。 共演は、『リトル・ランナー』でジニー賞(カナダのアカデ ミー賞)で助演賞候補になったこともあるカナダ人俳優のゴ ードン・ピンセント。他にオリムピア・デュカキス、マイク ル・マーフィら。 脚本・監督は、2005年『死ぬまでにしたい10のこと』などの 主演女優でもあるサラ・ポーリー。本作はアカデミー賞脚本 賞にもノミネートされた。
『Mr.ブルックス/完璧なる殺人鬼』“Mr.Brooks” ケヴィン・コスナーが「完璧なる殺人鬼」役に挑んだ作品。 舞台はオレゴン州ポートランド。Mr.ブルックスは、地元の 名士でもある大実業家。家族を愛し、家族にも愛されるその 男の裏の顔は…連続殺人鬼だった。 殺人中毒症。そんなものが現実にあるのかどうかは知らない が、映画に出てくる連続殺人鬼には確かにそういうような感 じのものも登場する。しかも『ゾディアック』などは実話に 基づく訳だから、そういう病気があってもおかしくないのか も知れない。 しかし、今までの映画作品では、連続殺人の現象は描いてい ても、その殺人鬼の心理を追ってはいなかった。本作はそれ を殺人中毒症という観点から描いてみせたものだ。と言って も、別段心理学的や精神医学的な裏付けはないようで、そこ は娯楽作品として仕上げられている。 その脚本と監督を手掛けたのは、『スタンド・バイ・ミー』 でアカデミー賞脚色賞にノミネートされたこともあるブルー ス・A・エヴァンスとレイノルド・ギデオン。すでに監督経 験もあるエヴァンスが本作も監督し、ギデオンは製作も務め ている。 そして主演はコスナーとなる訳だが、実は脚本は最初からコ スナーを想定して執筆されたそうだ。そして駄目元で脚本を 送ってみたらコスナーが乗ってきて、製作まで引き受けてく れたとのことだ。 さらにそのコスナーの口利きでウィリアム・ハートが共演、 またコスナーの関連でデミ・モーアまで共演している。その 他には、『噂のアゲメンに恋をした!』のデイン・クックな ども共演している。 エヴァンスとギデオンは、1984年『スターマン』や1997年の ターザンパロディ『ジャグル2ジャングル』の脚本なども手 掛けていて、ちょっと捻った題材を描くのが得意のようだ。 連続殺人鬼というと、最近ではアカデミー賞脚色賞にも輝い た『ノー・カントリー』が話題作になるが、本作はその連続 殺人鬼という題材をさらに大きく捻って作り上げた作品。こ の脚本にコスナーが乗ったのも判る気がするし、豪華な共演 陣も楽しめる作品だ。
『休暇』 日本の死刑制度を正面から見据えた吉村昭の同名の短編小説 の映画化。 主人公は、甲府刑務所に勤務する刑務官。実直で中年まで独 身で来たその男は、見合いした子連れの未亡人と結婚話を進 めていたが、その連れ子とはなかなか打ち解けられないでい た。しかも、以前の事情で有給を使い果たしていた男は、新 たに休暇を取って新婚旅行に行くこともできない。 そんなとき、その刑の執行に立ち会えば特別休暇が貰える死 刑の執行命令が届く。そして以前に立ち会いをしたことのあ る主人公は、周囲の反対を押し切って、休暇を得るために死 刑の立ち会いを志願するが… 執行命令のの発行から死刑の実施までの段取りは、ドキュメ ンタリータッチと言うほどではないが、かなり克明に描かれ ている。そこでは、日本の死刑執行が直前まで囚人に悟られ ないようにしているなど、ちょっと意外な事柄も紹介されて いた。 そして死刑執行が、単に囚人に死を与えるだけでなく、それ を執り行う刑務官たちにも多大な影響をもたらしているとい うことなど、今まで考えてもみなかった事実がいろいろと描 かれていた。 正直に言って自分は刑務官でもないし、死刑囚になることも まず無いと思っているが、そんな自分たちに対してこの事実 は、やはり国民として知っておかなければならないことのよ うにも感じられた。これから裁判員制度も始まるときに、こ の作品は特に重要な意味を持つものだ。 出演は、小林薫、西島秀俊、大塚寧々、大杉漣。それに柏原 収史、菅田俊、利重剛、榊英男らが脇を固める。 監督は、以前『棚の隅』という作品を紹介している門井肇。 前作は、以前に招待されていた映画学校の作品発表会の関連 として試写を見せてもらったものだが、その卒業生が、本格 デビューを飾るものだ。 なお、映画の製作を山梨日日新聞がバックアップしており、 そのためなのだろうが、映画の中でJリーグ・ヴァンフォー レ甲府のラジオ中継が聞こえてきた。それから映画の中のあ るシーンで登場する水差しが、我が家の洗面所に置かれてい るものと同じで、それにはちょっと驚いた。
『最高の人生の見つけ方』“The Bucket List” ジャック・ニコルスンとモーガン・フリーマン共演で、余命 を定められた2人の男が、それまでに味わったことの無い、 最高の人生を楽しもうとする物語。 原題は「棺桶リスト」と訳されているが、死ぬまでにやりた いことを書き出した人生の目標リストのようなものらしい。 以前にサラ・ポーリー主演『死ぬまでにしたい10のこと』を 紹介しているが、本作はその男版というところでもある。 ただし、本作でニコルスンが演じるのは大金持ちで、それこ そ金を湯水のごとく使ってやりたいことをする。それは世界 を駆け巡るものでもあるが、時間制限が余命にあることも確 かなことだ。 そう言えば『受験のシンデレラ』も同じような話になるが、 どちらも主人公が金持ちという設定なのは、自分が男性とし ては多少哀しいところでもあった。でもまあ、男の夢という のはそんなものなのだろう。主婦が切々と家族を思うのとは 違う物語だ。 それで本作では、スカイダイビングをしたり、ライオン狩り をしたり…となるのだが。それが描き方によっては、空しさ になってしまったりもするところを、見事なエンターテイン メントにしているのも本作の素晴らしさとも言えそうだ。 製作総指揮と脚本のジャスティン・ザッカムは、本作がデビ ュー作とのことだが、原題と同名の著作があり、その本では ヒュー・ヘフナーから世界一小さい男性、さらに普通の人た ちなどにも取材した「棺桶リスト」がまとめられているとの ことで、かなり深い裏打ちのある作品のようだ。 監督は、『スタンド・バイ・ミー』では少年たちが「死体を 見つける」という目標を達成するまでの冒険を描いたロブ・ ライナー。本作はその延長線上の作品という捉え方もされて いる。 とは言え本作は、間違いなく名優2人の共演が見所となるも ので、フリーマンの思慮深さとニコルスンの豪快さが見事に マッチしている。因にニコルソンは、ライナーと共に台詞の 一つ一つを検討して、作品を練り上げるのにも協力したそう だ。 一方、フリーマンの「棺桶リスト」のトップは、ニコルスン との共演だったとか…
『1978年、冬』“西干道” 昨年の東京国際映画祭では、『思い出の西幹道』の題名で、 コンペティション部門に出品され、審査員特別賞を受賞した 作品。 実は、映画祭で観たときにはあまり気に入った作品ではなか った。主人公の若者のしていることがあまりに愚かで、いた たまれなかったということがその理由だったように思う。そ の感想は今回見直しても、さほど変わるものではなかった。 今回の一般公開で題名にもなった1978年は、中国で文化大革 命が終結し、人々に自由が戻り始めた時代であるようだ。し かし、国家はそうであってもこの映画の舞台のような地方都 市では、中途半端な自由が若者たちを迷わせている。そうい う時代だったのだろう。 夢を追って若者たちは生きている。でも現実はそんなに甘い ものではない。団塊の世代である自分のことを考えると、夢 が現実にならないことを知ってしまった世代であって、それ はしらけ世代などとも言われたものだ。 しかし自分より5歳年上の兄たちの世代は、まだ夢を追って いたようにも思える。それは僕らから見れば実現するはずの 無いもので、それが疎ましくもあったものだが…。そんな兄 たち姿を、この映画の主人公に見ているような気もした。 時代は日本とは10年ほどずれるのかも知れないが、ちょうど そんな時代が1978年の中国に一致するのかも知れない。そし て、その若者たちを多分監督の眼である主人公の弟が、冷静 な眼で見つめているものだ。 その弟の姿も含めて、僕自身には身につまされるところの多 い物語が展開するものであった。その意味では見事な作品で あることは確かだろう。でも、その部分が僕には辛くもある ものだ。 脚本、監督は、映画美術家出身のリー・チーシアン。廃虚の ような建物や工場街を列車が巡回している町は、多分実在の ものなのだろうが、その独特の雰囲気は見事だった。3本目 の監督作品で、過去の2作品でも受賞歴があるそうだ。 出演者は、ほとんどが映画初出演の俳優たちだが、中でヒロ イン役のシェン・チアニーだけは演技経験があるということ だ。それにしても、下放の時代は終っているはずだが、この ヒロインはなぜこの町に来たのか、その状況がよく判らなか った。 * * 映画とは関係ありませんが、この週末に九州熊本の光の森と いうところまで行ってきました。実は「青春18切符」を使っ て、ムーンライトながらとムーンライト九州という夜行快速 を乗り継ぐ強行軍でしたが、行きには大阪で1日余裕ができ て天保山のIMax-3Dなどを観て充実させました。 IMax-3Dは、『ブルー・オアシスII3D』“Deep Sea 3D”と 『ダイナソー・アライブ3D』“Dinosaurs Alive!”の2本 を観ることができましたが、特に『ブルー…』では、視野一 杯の大画面に海中の生物が3Dで写し出され、それはまるで 自分が海中にいるようで、その迫力は満点でした。この設備 が東京から消えてしまったのが非常に残念に感じられたとこ ろです。 3Dのシステム自体はReal-Dの方が優れているかと思います が、視野一杯がスクリーンになるIMax-3Dにはそれとは別の 臨場感があります。できることなら、ドーム状のスクリーン で目一杯に楽しんでみたい気持ちにも駆られました。関東の どこかの会場で上映してもらいたいものです。
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