井口健二のOn the Production
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2008年01月13日(日) ウォーター・ホース、団塊ボーイズ、クリアネス、君のためなら千回でも、シスターズ、東京少年、NEXT

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ウォーター・ホース』
        “The Water Horse: Legend of the Deep”
1934年に発表された湖面から長い頸を上げて泳ぐネッシーの
写真。その写真によってネッシーは一躍有名になる。ところ
が1993年に亡くなった男性が、死に際に「写真はトリックだ
った」と告白し、その話題も世間を賑わした。
そんな状況も踏まえたネッシーにまつわる物語を、1995年の
ヒット映画『ベイブ』の原作者としても知られるディック・
キング=スミスが著わした原作小説の映画化。
時代は1930年代の初めの頃、ヨーロッパ本土ではナチスドイ
ツが台頭し、イギリスもその侵略に怯え始めている。その影
は、当時8歳の主人公の住むスコットランドにも忍び寄って
いた。
主人公の父親はその土地の領主だったようだが、海軍の兵士
として戦地に行ったまま長く家を空けている。一方、主人公
は幼い頃から水に対する恐怖心があったが、ある日、水辺で
不思議な楕円球状の石のようなものを見つけ、父親の研究小
屋に運び込む。
その主人公一家の住む屋敷にはイギリス軍が駐留を開始し、
司令官の大尉の許、ネス湖の防衛陣地を構築する。さらに、
1人の青年が屋敷に現れ、母親に雇われたその青年は、研究
小屋を片付けてそこに住み込むようになる。
そして主人公が持ち込んだ石が割れ、中から…。こうして、
ネス湖のネッシーの伝説の物語が開幕する。
僕は1975年の夏休みにロンドンを訪れた際に、鉄道でネス湖
まで行ったことがある。一時のブームは去った頃と思うが、
夏の暑い日の湖畔は静かで、立ち寄った古城には、僕と乗っ
てきたタクシーの運転手の他は、数人しかいなかったように
覚えている。
その運転手は、実際にネッシーを見たことがあるそうで、公
式の目撃者登録番号も持っていると自慢げに語って、ネッシ
ーの絵葉書をプレゼントしてくれたものだ。
そんな訳で、僕には多少思い入れもあるネス湖ネッシーの話
なのだが、物語は実に判りやすく少年の成長を描いており、
『ベイブ』と同じ原作者と聞いて成程とも思わされた。そし
て映画では実在するネッシーをWETAディジタルが描き出
して、これはもう見事なものになっている。
特に、幼いネッシーが猛犬と引き起こす騒動は良くできてい
たし、また問題の写真以外のネッシーを写した有名な写真の
数々が、映画の中で本物のネッシーの姿として動画で再現さ
れているのは嬉しかった。
ただ、現実のネス湖は淡水湖で海からは切り離されているも
のだが、この物語では海に繋がったフィヨルドのように描か
れていて、その点は疑問を挟まざるを得なかった。物語上、
そうしなければならない理由も余りないし、不思議に感じた
ところだ。

出演者は、主人公の少年に2005年9月に紹介した『ミリオン
ズ』のアレックス・エテル、母親役にエミリー・ワトスン、
大尉にデヴィッド・モリッシー、謎の青年にベン・チャップ
リン、ナレーターにブライアン・コックスなど。
監督は、2000年の『マイ・ドッグ・スキップ』が印象に残る
ジェイ・ラッセルが巧妙な演出を見せている。

『団塊ボーイズ』“Wild Hogs”
ジョン・トラヴォルタ、ティム・アレン、マーティン・ロー
レンス、ウィリアム・H・メイシーの共演で、中年後半に差
し掛かった男たちの焦りや不安を、バイクに託して解消する
姿を描いた作品。
トラヴォルタが演じるのは破産宣告された元実業家、アレン
の役は仕事中のストレスとメタボリックが気になる歯科医、
ローレンスはベストセラー作家を目指し1年間休職中の配管
工(成果は出ていない)、そしてメイシーはこの歳になって
もオタクのコンピュータプログラマー。
この4人も、昔は「Wild Hogs=野性の豚」と名告り、揃い
の革ジャンでバイクを飛ばしていたのだが…今では週末に郊
外を走る程度。そんな4人が、ある日、家を飛び出し家族も
捨てて、西海岸を目指すロングライドに乗り出す。しかし、
行く先々には週末ライダーには過酷な、いろいろな苦難が待
ち構えていた。
上記の4人にレイ・リオッタやメリサ・トメイらが絡んで、
言ってみれば中年男の願望充足のような物語が展開する。そ
して締めには、バイク映画には付き物のピーター・フォンダ
も登場する仕組みだ。
結構派手な爆発シーンやそこそこのバイクアクションもあっ
て、願望充足とは言っても部外者にも充分に楽しめる作品に
なっている。その辺は、さすがにこのメムバーが揃うだけの
ことはあるという作品だ。そして本作は、2007年アメリカの
年間興行成績で堂々第11位にランクインしている。
まあ、物語は単純で良いなあという感じのものだし、その展
開にも奇を衒ったところもほとんど無く、そういった純粋さ
が興行成績を押し上げたのかも知れない。そういう作品で勝
負できるのも、ハリウッド映画の強みなのだろう。
なお、登場するバイクはハーレーが中心だが、テレビ番組の
“American Chopper”が人気となっているポール・タトル父
子の協力で、いろいろ著名なバイクが登場するのも、バイク
ファンには評判のようだ。

『クリアネス』
最近、何かと話題の多いケータイ小説からの映画化。
昨年公開の『恋空』にはパクリ疑惑が出ているそうだが、今
回チェックのためにその情報を検索していたら、主人公と並
んで金髪の男のいる写真が出てきて笑ってしまった。
実は本作のポスターにも同様の写真が登場しているはずで、
それがパクリであるかどうかは別として、ケータイ小説のレ
ベルというのは所詮そんなものなのだろうという感じがした
ものだ。
パクリの他にも、ケータイ小説というのは会話ばかりで情景
描写が疎かだとか、いろいろ批判があるようだ。
従ってその映画化には、情景描写を相当に補わなくてはなら
ないということで、脚本家の腕の見せ所となるが、今回の作
品はこれが『時効警察』のスタッフと聞いて、テレビ出身者
に危惧を感じている者としては、それも少し心配になった。
ということで、かなり心配しながら行った試写会だったのだ
が、これが意外とまともに観られる作品になっていた。
物語は、一人暮しの自宅マンションでウリをやっている女子
大生が主人公。彼女の部屋の窓からは向かいのオフィスが見
えるが、そこはどうやら出張ホストの事務所らしい。そして
彼女は、その中の髪を金髪に染めた若者に目を留める。
その彼は、仕事が終るとベランダで熱心にメールを打ち、ど
こかに送信している。そんな彼を見ているのが好きな彼女だ
ったのだが…。ある日、面倒な客に手を焼いていたとき、突
然、彼が彼女の部屋にやってくる。
こんな風俗絡みの話が一般的になってしまったのかというの
も感慨だったが、実は本作では、そんな設定の物語なのに、
若者の男性が映画の中でアルコール飲料を一切口にしないと
いう点が気に入ってしまった。
物語の中で、主人公より年下の男性は未成年で、実際に演じ
ている俳優も未成年ということもあるのかも知れないが、彼
の部屋の冷蔵庫にはポンジュースがぎっしりというも愉快だ
ったし、旅先でもジュースしか飲まない。
最近の風潮として未成年の飲酒が容認されているというか、
特にホストという役柄では飲酒の描写は避けられないように
も思えたが、実際に飲酒のシーンはないし、またそれが取り
立てて説明されてもいない。これには感心した。
因に監督は、『地下鉄に乗って』などのベテラン篠原哲雄と
いうことで、そこに大人の見識が感じられたのも気に入った
ところだ。
主演は、新人だがキム・ギドク作品に出演経験があるという
杉野希妃と、テレビドラマ『ライフ』などの細田よしひこ。
他に哀川翔らが脇を固めている。
物語の展開はかなり強引だし、他愛ない男女の物語ではある
が、舞台は東京を起点に関西から沖縄にまで広がって、主人
公2人の行動などは意外としっかり描かれていた。

『君のためなら千回でも』“The Kite Runner”
“Bond 22”も担当している『ネバーランド』などのマーク
・フォースター監督作品。イスラム革命前後のアフガニスタ
ンを舞台に、アメリカに亡命した富裕層の息子と、彼の家の
召使の息子との交流と確執を描く。
主人公は、母親を誕生の時に亡くし、それからは厳格な父親
のもとで育てられたが、父親は周囲からも人望を集める人物
で、家庭環境も裕福だった。そして家には、父親と生涯を共
にしてきた召使がいて、その召使の息子は彼の親友とも呼べ
る存在だった。
主人公は幼少の頃から物語を書くのが好きで、召使の息子は
それを読み聞かせてもらうのが好きだった。しかしその関係
は、結局主従の関係でしかなかったのか…主人公の裏切りに
よって2人の絆は失われてしまう。
やがて、アフガニスタンへのソ連侵攻を契機に主人公と父親
はアメリカに亡命。主人公は亡命生活の苦難の中で大学を卒
業し、作家の道へと進む。そして彼の処女作が世に出た日、
母国の恩師からの電話が繋がる。その恩師は、彼に「絆は取
り戻せる」と告げた。
原題は、アフガニスタンの冬の風物詩「凧合戦」に関るもの
で、相手の凧糸を切って勝利したときに、その相手の凧を拾
ってくる召使の息子を指すようだ。その息子はいち早く凧の
落下点を見つけるのが得意だった。そしてその凧は額に入れ
て家に飾られた。
タリバン政権下でのアフガニスタンの様子を垣間見せたり、
亡命先のアメリカでも権勢を維持する元将軍の姿など、政治
的なメッセージは声高ではないが、うまく物語に取り込まれ
ていた。
そんな政治に翻弄される主人公の物語だが、物語の主題は、
主人公と召使の息子の関係に絞られ、友情と主従の関係が痛
々しく描かれる。脚本は『25時』などのデイヴィッド・ベ
ニオフ。政治から友情までの目配りは確かなものだ。
また、凧合戦のシーンでは、大空を自由に舞う凧の映像が素
晴らしく、もちろんVFXも多用されたシーンではあるが、
その描き方が美しかった。そして、映画後半の思いも掛けな
いアクションシーンには、さすが007に起用される監督だ
と思わせた。

『シスターズ』“Sisters”
1973年ブライアン・デパルマ監督作品『悪魔のシスター』の
リメイク。といっても、オリジナルから持ってきたのは基本
設定の部分だけで、そこから展開する物語は自由に発想され
ている。
本作の舞台は、小児病院と思われる医者のいる施設。巻頭の
シーンは、そこで何かのパーティが開かれており、潜り込ん
だ女性レポーターと院長との対立が露にされる。その病院で
は過去に医療ミスがあり、レポーターはそれを追っているよ
うだ。
そしてレポーターは居合わせた若い医師に救われるが、その
医師と共に不思議な事件に巻き込まれることになる。それに
は、院長の元妻が絡んでいるようだが、目撃したはずの殺人
事件は、何の証拠も残さず消去されてしまったりする。
それでも執拗に事件を追ったレポーターは、やがて驚愕の真
相を知ることになる。
オリジナルは見たはずだが、今回の作品の結末は何か変と言
うか物語の辻褄が合わない。これがオリジナルと同じだった
かどうか、今一つ釈然としないのだが、オリジナルもこうだ
ったとしたら、もう少しはその記憶が残っているはずのもの
だ。
オリジナルと同じ設定は、シャム双生児の分離手術でその一
方が死に、その思念が他方に乗り移って一種の2重人格とな
っているというもの。その乗り移った人格が凶暴で殺人も厭
わないというものだが…
本作ではさらにレポーターもそれに関るという結末が付いて
いる。しかしこれが、描かれた物語のままだと全く辻褄が合
わなくなる。この部分がオリジナルにあったかどうか思い出
せないのだ。
無理矢理辻褄を合わせようとすれば、分離手術で死んだ片割
れの思念が他人に憑衣する能力を持っていて…ということに
なりそうだが、映画の中にはその辺の説明が無かったように
思う。

脚本、監督は、1997年にカナダで開かれたFant-Asiaという
映画祭の短編部門で第3位に入ったことがあるというダグラ
ス・バック。監督の頭の中を正確に知りたいところだ。
出演は、女性レポーター役に『ゾディアック』で主人公の妻
を演じていたクロエ・ゼヴィニー。院長役に『リーピング』
にも出ていた怪優スティーヴン・レイが扮している。

『東京少年』
昨年末に紹介した夏帆主演の『東京少女』と同じBS−i製
作の作品で、本作は堀北真希が主演する。タイトルも似通っ
ているが、両作の間に物語上の関連性は全くない。
堀北が演じるのは2重人格の少女。幼い頃に両親を同時に亡
くし、その心の支えとして第2の人格が現れた。しかもそれ
は少年で、少女の人格は、少年の人格をペンフレンドだと思
っているが、少年の人格は全てを理解しているようだ。
多重人格ものというと、最近ではダニエル・キイスの諸作で
有名になったが、映画では、1957年製作でジョアン・ウッド
ワードがオスカーに輝いた“The Three Faces of Eve”とい
う作品が名作とされる。
僕はこの映画は見ていないが、たまたま実話に基づくとされ
る原作小説は昔に読んだことがあって、その中で記憶に残っ
たいくつかのシーンが、本作にも描かれていたのには感心し
た。脚本家が、何を基にこの作品を描いたかは判らないが、
その辺は納得したものだ。
しかも描かれた物語は、その2つの人格同士が恋をするとい
うもので、学術的に起こり得るかどうかは別として、この展
開には脱帽した。究極の悲恋物語であることは確かだし、今
までの多重人格ものを超える新たな物語が造り出されたとも
言えそうだ。

脚本は渡辺睦月。テレビドラマの『杉浦千畝物語』なども手
掛けた人のようだが、他には『怪談新耳袋』などというタイ
トルもあって気になった。監督の平野俊一と共に、『ケータ
イ刑事』のスタッフだが、これで新しい境地に進み出したの
かな。
共演は、『夜のピクニック』『キトキト』などの石田卓也。
他に平田満、『Shall we ダンス?』の草村礼子らが脇を固
める。                        
なお、堀北は最近のテレビドラマでも男装の役を演じていた
ようだが、本作は全くの少年の役となるものだ。その演技に
はかなりの注意が払われたと思うが、特に巻頭のシーンでの
見事に少年になり切った演技に感心した。
『東京少年』と『東京少女』どちらも気に入った作品だ。

『NEXT−ネクスト−』“Next”
フィリップ・K・ディックが1954年のif誌に発表した短編小
説“Golden Man”の映画化。
2006年の『スキャナー・ダークリー』に続いて、またまたデ
ィックの映画化が登場した。『スキャナー…』はかなり実験
的な作品だったが、今回はストレートなアクション映画とな
っている。
原作の短編を含む短編集は1992年に翻訳されているようだ。
その原作の舞台は核戦争後の未来、その極限状態となった世
界で2分間だけ先を見ることのできる男が、その能力を駆使
して神になれるか…という物語だ。
しかし、その物語は映画化に当って大幅に改変されている。
映画化の舞台は現代、そしてロシアで盗まれた核弾頭が合衆
国に持ち込まれ、未来を予知できる男がその爆発を阻止でき
るか…というストーリーが展開される。
2分間だけ先を見ることのできる男が、その能力で暴漢のパ
ンチを躱したり、事故を避けたりというシーンは、いろいろ
なパターンを繰り返し検証して行くシーンを順番に描くとい
う演出で、それなりに面白く表現されていた。
特に、女性へのアプローチをいろいろ試みるシーンなどは、
主演のニコラス・ケイジの風貌と相俟ってニヤリとするシー
ンになっている。他にも、隠れた敵を探すシーンでは検証の
パターンごとに主人公が次々分離して行く表現法なども工夫
されたものだ。
ただしそれがディックの世界かと言われると、ちょっと悩む
ところではある。因にこの映画化をデータベースで引くと、
脚本の欄でディックの名前は最初のページには出ないように
なっている。そういう感じのものだ。
ディップの映画化では、一般的には『ブレード・ランナー』
が代表作とされるが、興行成績で見ると、全米及び全世界で
300位以内に入ってくるのは、『トータル・リコール』と、
『マイノリティ・リポート』の2本だけ。『ブレード…』は
300位に入らない。
その『トータル…』で最終脚本を担当、『マイノリティ…』
では製作総指揮を手掛けたゲイリー・L・ゴールドマンが、
本作では脚本と製作総指揮を手掛けている。今回の改変はそ
のゴールドマンのアイデアによるようだ。現在の状況では、
原作通りの映画化は不可能だったとも思えるし、難しいとこ
ろだ。

監督は、『ダイ・アナザー・デイ』のリー・タマホリ。共演
は、『ハンニバル』のジュリアン・モーアと、『ステルス』
のジェシカ・ビール。
なお、今後のディックの映画化では、著者の死後に発表され
た“Radio Free Albemuth”が撮影完了、著者の伝記を絡め
て描くとされる“The Owl in Daylight”が製作中となって
いる。


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井口健二