井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2007年11月30日(金) 線路と娼婦とサッカーボール、歓喜の歌、ミスター・ロンリー、アディクトの優劣感、裸の夏、カンナさん大成功です!、SS

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『線路と娼婦とサッカーボール』
               “Estrellas de La Linea”
グアテマラの首都グアテマラ・シティのリネア(線路)と呼
ばれる貧民街に暮らす娼婦たちが、暴力や差別に苦しむ自分
たちの境遇をアピールするために結成したサッカーチームの
顛末を描いたドキュメンタリー。
バラックのような家並みの間に線路が敷設され、そこを貨物
列車が通り抜ける。こういう風景は過去にも何度か見ている
気がするが、本来なら線路に沿って進むはずの都市開発が、
どうした経緯でこんな貧民街を生み出すのか、いつも疑問に
思ってしまうところだ。
それはともかく、ここに登場する線路の沿線には娼婦たちの
仕事場が並んでいた。そこで仕事をする娼婦たちがサッカー
チームを結成、そのチームはサッカー協会にも登録されて公
式の試合に臨むのだが…
何たって娼婦が選手のチームだから、最初に試合をした女子
高校のチームの父兄からは抗議を受けるし、次の対戦相手は
警察チームだったりと、すったもんだが続いて行く。それで
もスポンサーも付いて遠征ではホテルに宿泊したり、結構夢
のような展開にもなる。
ところが、隣国エルサルバドルに同様のチームが結成され、
国際試合が申し込まれる辺りから形勢がおかしくなる。それ
で圧力も激しくなってきたのかスポンサーが撤退。それでも
彼女たちは、なけなしの物品を集めてバザーを開いて旅費を
造り出す。
そして、その試合のピッチに小さな国旗を持って入場する姿
は本当に誇らしげだ。
職業に貴賤はないと言いながら、この後、選手に逮捕者が出
たり、国外退去処分になったりで、チームはばらばらになっ
てしまったとエンディングでは語られていた。
なお作品中では、選手の娼婦が自分の境遇を語る場面や、一
番のサポーターと称する元娼婦で今は彼女たちに避妊具など
を売り歩いている片目の老女の生活ぶりなども登場して、彼
女らが訴える暴力や差別の実態も紹介される。
結局、彼女たちが起こした行動の結果がどうなったのかも良
くは判らないが、こんな世界があるのだと言うことは伝わっ
てきた。なお作品は、世界中の50カ所以上の映画祭で上映さ
れ、15以上の受賞を果たしているそうだ。

『歓喜の歌』
立川志の輔による新作落語からの映画化。
1998年に井筒和幸監督による『のど自慢』を製作して以来、
庶民と歌の関係を映画にし続けているシネカノンが、昨年の
『フラガール』に続いて、今回は年末恒例「第九」の合唱に
挑戦するママさんコーラスを描く。
物語はとある地方都市の公設ホールが舞台。そこでは毎年、
伝統のあるママさんコーラスが大晦日に発表会を開いていた
ようだ。ところが、その年の4月に私的なトラブルが原因で
左遷されてきた管理主任が、別の女性コーラスの公演をその
時間帯に入れてしまう。
しかも、その2つのコーラスの名称が似ていたことから、そ
のダブルブッキングが発覚したのは12月30日。果たして2組
は無事コンサートを開くことが出来るのか…?
この2組のママさんコーラスが、一方は由紀さおりを中心と
した奥様グループと、他方は安田成美を中心に、根岸季衣、
藤田弓子らが集う庶民派グループということで、その対比も
分かり易く、また互いに一歩も引かないという雰囲気も、見
るからという感じになる。
そして、この2つの女性グループの間で、小林薫扮する主任
と、伊藤淳史扮するその部下が右往左往させられる。
当然、合同でのコンサートも提案されるが、双方の配ったチ
ケットの枚数がホールの定員をはるかに超えているなど、難
問が次々に襲いかかる。しかも、主任の私的なトラブルがま
だ継続中だったりもして、にっちもさっちも行かなくなると
いう展開だ。
裏で人間的な繋がりがいろいろあったり、その辺の展開では
かなり御都合主義ではあるのだが、そんな無茶なという感じ
の解決法は、ある意味ちょっとファンタスティックであった
りもして、それは面白く感じられた。
オリジナルの落語は聞いたことがないが、その原作のことは
映画からは想像もできないというか、それくらいに本作は映
画として成立している。これは原作の脚色としてはなかなか
難しいもので、それを成し遂げたというのは立派なことと言
えるものだ。
脚本監督は『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
などの松岡錠司。なお、劇中のコーラスは、辻志朗氏の指導
の許、出演者たちによって歌われているようだ。

『ミスター・ロンリー』“Mister Lonely”
結局、自分自身に自信がないというのかな、他人を演じるこ
とが自分のアイデンティティになってしまった人たち。そん
な人たちを描いた物語。
主人公は、パリの街角でマイクル・ジャクスンに成り切って
踊る若者。一応、仕事も斡旋されて老人ホームで営業したり
もしている。そんな営業先で、彼はマリリン・モンローを演
じる女性と出会う。
彼女はチャーリー・チャップリンと結婚して、子供はシャー
リー・テンプル。彼女たちはスコットランドの小さな村で、
他にも同じような人たちと共同生活をしていると語り、彼に
も参加を呼びかける。
そして、一目でマリリンに恋をしたマイクルは、スコットラ
ンドへと向かうのだが…そこにはマドンナや、女王や、法王
や、リンカーンや、あかずきんたちがいて。
脚本、監督は、1995年にラリー・クラークが監督した『KI
DS』の脚本を、弱冠19歳で執筆したハーモニー・コリン。
その後は監督にも進出したが、2002年クラーク監督の『ケン
・パーク』の脚本を発表して以降は、PVや写真集などを手
掛け、映画で目立った仕事はしていなかったようだ。
そんな若き才能が、久々に開花したとも言える作品だ。そし
てそれは、以前の彼が手掛けてきた若者の世界よりもう少し
年上だけれど、しかし今でも迷いから抜け出すことの出来な
い、そんな社会からはみ出した人たちに目を向けていた。
ここに提示される迷いは、もちろん若者に顕著なものだとも
思えるが、もっと大人であってもあまり変わりはしない、た
だそれを隠せるようになっただけのような気もする。そんな
社会に対する疎外感が見事に描かれた作品だ。
出演は、『天国の口、終りの楽園』などのディエゴ・ルナ。
『ダンシング・ハバナ』でも披露したダンスでマイクルに成
り切る。他には、『マイノリティ・リポート』のサマンサ・
モートンらが共演。
また、監督のヴェルナー・ヘルツォークやレオス・カラック
スらが重要な役で登場する。特に、ヘルツォークが神父役を
演じるパナマのFlying Nunの話は意味も深く素敵だった。

『アディクトの優劣感』
アンダーグラウンドでの実体験に基づく作品を発表している
という作家・池間了至の原作に基づき、青山、原宿、六本木
界隈の若者たちの生態を、ディジタル静止画像の連続映像化
(Digital Photomation=デフォメと名付けたようだ)で描
いた作品。
静止画像で物語を描くというと、『12モンキーズ』の元と
なった1962年クリス・マルケル監督の『ラ・ジュテ』を思い
出すが、ディジタル時代にそれが見事に融合した作品と言え
そうだ。なおスチル撮影は、台湾のスチルカメラマン林盟山
が担当している。
自殺した恋人がパソコンに残した遺書。そこには、ドラッグ
への依存症から抜け出すことの出来なかった若者の末路が綴
られていた。
いろいろなドラッグに手を出し、主観的妄想の中に身を置く
若者たち。その仲間の一人が違法薬物の所持で逮捕される。
しかし、警察の目から隠されたドラッグを手に入れた若者た
ちは…
僕自身は、ドラッグは一度も経験したことはないが、描かれ
た映像はその擬似体験のようなものであるらしい。と言われ
てもそれも判断はできないのだが、監督たちの実体験は別と
しても、多分原作者のアドヴァイスくらいはあったのだろう
し、それはその通りなのだろう。
実際、見た目の映像には、1960〜70年代のサイケデリック映
画を多少スマートにしたような…そんな印象も感じられた。
2Dの映像では結局、その辺が限界でもあるのだろうが、そ
の映像自体は、昔に比べれば間違いなく質感やリアルさなど
が向上しているものだ。
しかもその映像は、今回はほとんどがディジタルスチルカメ
ラで撮影されているが。その画素数は恐らく映画の最高水準
である4Kを超えて8Kぐらいの換算になるようだ。実は試
写会は1Kのプロジェクターで行われたものが、それでも画
像の美しさには感心した。
ただし、一部の動画部分が760pで撮影されていて、その部分
との画質の差が歴然としたのも驚きだった。恐らく全てを一
旦HDに変換して画質を調整すれば、動画部分ももう少しは
良くなるはずだが、それにしても静止画の威力は凄いものだ
と改めて実感した。
お話自体は、若者向けの他愛のないものだが、ドラッグを取
り立てて美化するものでもなく、それなりの罪悪感を持って
描いていたのには、見識も感じられた。一方、若者の本音の
ようなものもいろいろ語られていて、それも面白かった。
因に映画製作では、出演者をネット上で募集したり、撮影は
経費の安い台湾で行うなど、いろいろ新しい試みも行われた
ようだ。なお、映像では中国語の看板をCGIで日本語に書
き替えたということだが、これもスチル画像の特性を活かし
たと言えそうだ。

『裸の夏』
麿赤兒主宰の舞踏団・大駱駝艦が毎年夏に長野県白馬村で行
う合宿。そこには、毎年経歴や国籍も異なる30人前後の素人
の若者たちが参加し、大駱駝艦の艦員約20人と共に、基礎訓
練から麿赤兒による舞踏理論の受講、さらに舞踏の実践など
の学習が行われる。そして1週間後には、観客の前で舞踏を
披露するまでになる。
本作は、その合宿の模様を中心に、アーカイヴ映像なども挿
入されて、大駱駝艦そのものの歴史も紐解かれるようになっ
ている。そのアーカイヴ映像では、麿が師事した暗黒舞踏家
・土方巽による1968年の「肉体の反乱」や、1973年の大駱駝
艦「馬頭記」などの映像も見ることができる。
合宿の参加者は、学生からサラリーマン、主婦までといろい
ろだが、参加の動機も、単に「公演を見て面白いと思った」
から、それこそ定番の「自分を変えたい」まで種々。そんな
雑多な集団が朝のランニングに始まって、野口体操と呼ばれ
る全身の筋肉を余すところなく動かすための訓練などを続け
て行く。
また、夜間の麿赤兒による舞踏理論の講義では、麿の数々の
名言と共に、舞踏の本質に迫る理論展開も披露されている。
それにしても、中には舞踏未経験者で見るからに動きがぎこ
ちないと言うか、運動神経が疑われるような参加者もいて、
それが相方を担ぎ上げて振り回すという振り付けを学ぶのだ
が、それが短期の訓練で仕上げられて行くのは、感心すると
ころでもあった。
そして白馬山麓の野外で行われる最終公演は、『裸の夏』の
題名通り股間に小さな布を当てただけのほぼ全裸に金粉を塗
ったものとなるが、その衣装作りや、「予想はしていました
が…」と覚悟を決める様子なども描かれている。
その公演に舞台裏は、麿が用もないのに女性の楽屋を覗いて
は、「××見ちゃった」とはしゃぐシーンなどもあって微笑
ましくも描かれるが、徐々に緊張が高まる様子も丁寧に描か
れている。そして公演後の満足感、解放感なども心地良く伝
わってくる作品だった。
監督は『世界の車窓から』の企画・プロデューサーでもある
岡部憲治、撮影は『ワンダフルライフ』などの是枝作品を手
掛ける山崎裕、音楽は千野秀一。それぞれその道のベテラン
たちの作品でもある。

『カンナさん大成功です!』(韓国映画)
鈴木由美子の原作を韓国で映画化した作品。昨年の本国公開
では『猟奇的な彼女』などを上回る韓国ラヴコメ史上最高の
興行を達成、さらに韓国大鐘賞では『グエムル』を押さえて
最多12部門にノミネート、主演女優賞を受賞した。
美声を駆使して人気アイドルの影の歌声を支えてきた女性。
彼女はプロデューサーらの信頼も勝ち得ていたが、体重95kg
の巨漢で、舞台裏で歌いながら床を踏み抜いてしまうことも
…そんな彼女が、一念発起、愛するプロデューサーのために
整形美人になるが。
主演のキム・アンジュンは、映画は脇役の経験しかなかった
ようだが、テレビのヴァラエティ番組などを経て抜擢。整形
後の姿が本来の彼女は、毎日4時間の特殊メイクで変身して
この役に挑んだということだ。
因に、この特殊メイクは、『デアデビル』や『チャリーズ・
エンジェル/フルスロットル』などのハリウッドで活躍する
専門家チームが手掛けている。
原作者の鈴木由美子も自らの整形を公言しているそうだが、
日本では多少の違和感のある美容整形も、韓国では、特に映
画俳優は整形が前提というくらいのお国柄とのことで、日本
以上にこの作品への理解度は高かったようだ。
ということで、この作品も最高の条件での映画化になったと
言えそうだが、それ以上に、登場人物たちの感情的な縺れな
どが丁寧に描かれていて、さすがにラヴコメ王国韓国映画の
実力が発揮された作品とも言える。
脚本・監督のキム・ヨンファは本作が長編2作目ということ
だが、特に主人公の内面描写や、認知症の父親との関係など
も丁寧に描かれていて、その視点の鋭さはコメディの中に見
事な味わいを加えている。それに犬の扱いも良かった。
なお、巻頭とクライマックスに登場するコンサートシーンの
撮影は、韓国でもトップクラスのミュージシャンが公演する
オリンピック体操競技場で行われ、その経費に3億ウォンが
掛けられたという本格的なもの。特に舞台裏でのトラブルに
絡めた緊迫のシーンは見事に演出されていた。また、このシ
ーンの歌唱はキム本人のものだそうだ。
『MUSA−武士−』などのチュ・ジンモが共演している。

『SS』
東本昌平原作による同名のコミックスを、哀川翔主演で映画
化した作品。
原作のコンセプトは、“疲れたお父さん”を応援する自動車
マンガなのだそうで、日銀の発表が何を言っているのか…と
いう感じの今の時代に、不況感一杯の中高年にはピッタリの
作品と言えそうだ。
哀川扮する主人公は、町の修理工場で働く自動車修理工。し
かしその修理工場も仕事がなく、閉鎖の時期が迫っている。
そして主人公は、社長から裏にあるクルマを退職金代りに譲
ると言われる。それは、三菱スタリオンだった。
一方、テレビでは遠藤憲一扮する人気自動車評論家の栗原が
自動車と人間の関係を語っている。しかし、彼にもどこか覚
めたところがある。そして彼は恋人から、箱根スカイライン
で新しいラップを刻んだ男の存在を教えられる。
顔を見せないその男の正体は不明だったが、その男の操る車
種が三菱スタリオンだったことから、1981年の映画『キャノ
ンボール』でジャッキー・チェンが乗っていたことの連想で
ジャッキーと名付けられていた。そして栗原には、その男が
誰であるかは明らかだった。
1981年から86年まで実施されたグループBによるラリーレー
ス。それは、各社が研究開発したモンスターマシンで挑む究
極のラリーレースだった。
その舞台を目指して開発された三菱スタリオン4WD。しか
し、開発半ばにしてグループBによるレース競技は廃止され
る。そんな不運の車種を中心に据えて、夢半ばにして潰えた
目標に再度挑戦しようとする男たちを描く。
映画の前半では、主人公と取り巻く日本の不況ぶりが描かれ
て共感を呼ぶ。そんな現実感のある脚本を『交渉人 真下正
義』の十川誠志が描き、『アンフェア the movie』の小林義
則が監督した。2人ともテレビ絡みの脚本家、監督だが、そ
れなりに現実感の伴う仕事ぶりは良い感じだった。
なお、映画には、スタリオンの他に、ポルシェケイマン、ス
バルインプレッサ、フォードフォーカス、トヨタカローララ
レビン、日産スカイラインGT−Rなども登場する。そして
最後は、三菱と外国車の対決となるが、ここで海外仕様の三
菱が左ハンドル、外国車が日本向け仕様の右ハンドルという
のも、現実的で面白かった。


10月20日付で紹介した韓国映画『ユゴ|大統領有故』の日本
公開が、韓国で削除されたシーンを復活した完全版で行われ
ることになったとの連絡があった。僕は時間の都合で完全版
の試写には行けなかったが、日本の映画館では完全版が見ら
れるそうなので報告しておく。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二