井口健二のOn the Production
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2007年11月10日(土) シルク、ボビーZ、パルス、ダーウィン・アワード、ゼロ時間の謎、フローズン・タイム、中国の植物学者の娘たち

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『シルク』“Silk”
1998年の東京国際映画祭で、コンペティションに出品された
『レッド・バイオリン』のフランソワ・ジラール監督による
同作以来の新作。本作は今年の映画祭のクロージング作品と
しても上映された。
前作は、イタリアで制作された1丁のバイオリンが、数奇な
運命によってヨーロッパからアジア、そしてアメリカまで旅
する物語が、5つのロケ地、5つの言語でオムニバス風に描
かれ、東京国際映画祭では芸術貢献賞を受賞の他、翌年度の
アカデミー賞の音楽賞にも輝いた。
そのジラール監督の新作は、アレッサンドロ・バリッコの原
作に基づき、1人の絹商人が最高の絹を求めてヨーロッパか
ら日本まで旅する話が描かれる。
背景は19世紀。当時のヨーロッパでは蚕に疫病が発生し、中
東までの蚕が全滅している。そんな状況下で健全な蚕の卵を
求めての旅となるものだが、一回の旅で数万個の卵を持ち帰
れば、巨万の富が得られるという実益も兼ねた冒険の旅だ。
しかし、時代は幕末、日本はまだ鎖国中で、異人と判れば死
罪となる。そんな危険を冒した旅が描かれる。しかも、祖国
に妻を残して旅する主人公は、日本でも1人の女性に心を魅
かれ、それが彼の人生を狂わせて行く。
壮大なスケールの物語が、丁寧な情景描写の中で描かれる。
特に蚕の産卵に合わせて日本で過ごす期間は冬となるが、そ
の雪に包まれた山間の風景は、日本ロケでしか描けない見事
な自然が写し出されている。
そして日本側の登場人物として、役所広司、國村隼らが主に
は日本語の台詞で丁寧な演技を見せてくれる。
ただし、主人公を演じるマイクル・ピット、その妻役のキー
ラ・ナイトレイ、絹商人の元締め役のアルフレッド・モリー
ナらは、設定はフランス人のはずだが、台詞は全部英語。
これは、前回映画祭のQ&Aで言語への拘わりを開陳してい
た監督にしてはちょっと残念だったが、でもまあ、映画の興
行を考えるとこれも仕方のないところなのだろう。ナイトレ
イの妻役はそれだけの価値があるということだ。
日本人の俳優では、他に中谷美紀と新星・芦名星、それに、
『HINOKIO』の本郷秦多らが重要な役柄で登場する。
また音楽は坂本龍一が担当し、ヴァイオリン演奏には『レッ
ド・バイオリン』の演奏を担当したジョシュア・ベルが参加
していた。

『ボビーZ』“The Death and Life of Bobby Z”
実在するのかしないのか、西海岸の麻薬組織を牛耳るとされ
るボビーZ。そんな都市伝説のような人物を、ジャーナリス
トから私立探偵、密輸業者など様々なちょっとヤバイ仕事に
も就いてきた作家ドン・ウィンズロが描いた小説の映画化。
原作は、角川文庫から翻訳も出ているようだが、ウィンズロ
ウが西海岸のバーやクラブで聞いた噂話を纏めたというのが
執筆の経緯になっているようだ。
この原作から1997年の『トゥ・デイズ』などで評価されてい
るジョン・ハーツフェルドが監督、ヴィン・ディーゼルをブ
レイクさせた『ワイルド・スピード』では本来主役だったポ
ール・ウォーカーの主演で映画化した作品。
物語は、小さな罪2つで刑務所に入り、そこでいちゃもんを
付けてきた暴走族のリーダーを返り討ちにして3度目の罪と
なり、もはや逃げ場のなくなった男カーニーが主人公。この
ウォーカー扮する主人公の顔付きが、実はボビーZに似てい
たことから始まる。
それに眼を付けた連邦麻薬捜査局DEAの捜査官が、実はタ
イで死去したボビーZの身代りになって捜査に協力すれば、
その後は無罪放免にしてやると提案。その捜査協力とは、ボ
ビーZとは面識がないはずのメキシコの麻薬王とコンタクト
するというのだが…
案の定作戦は失敗。しかもカーニーはメキシコの麻薬王から
追われることになり、そこにカーニーをリーダーの仇と狙う
暴走族の連中も登場。その上、作戦失敗を挽回しようとする
DEAの捜査官まで彼の命を狙い始める。
正に四面楚歌の状況だが、さらにボビーZの恋人だった女性
や、ボビーZの息子までもが絡んできて、メキシコからサン
ディエゴまでを舞台にしたアクションドラマが展開する。
典型的な男性向けアクション映画といった感じの作品だが、
脇役には『マトリックス』のローレンス・フィッシュバーン
や、往年のキース・キャラダインといった連中も顔を揃えて
雰囲気を盛り上げる。
なお、お話では、面子を潰された麻薬王は彼を生きたまま連
れて来いと言い、他の連中は単純に抹殺を企むなど、その辺
の微妙な設定がうまく纏められている。B級アクションとし
て公開される作品だと思われるが、話も案外しっかりしてい
るのは気に入った。

『パルス』“Pulse”
2001年に発表された黒沢清監督の『回路』を、『エルム街の
悪夢』などのウェス・クレイヴンの脚本でハリウッド・リメ
イクした作品。
1997年公開の黒沢監督作品『CURE』は、『リング』に先
行するジャパニーズ・ホラーの嚆矢と呼べる作品で、その恐
怖演出は『リング』以上のものだったと思っている。従って
僕は、『リング』ばかりが持て囃される風潮には多少抵抗も
感じていたものだ。
だからその黒沢監督の『回路』には、当時大いに期待して試
写会に向かった記憶がある。しかし、その作品は何かが違っ
ていた。
発端となるアイデアは素晴らしいと思えた。それに描かれる
映像の一つ一つも見事な雰囲気を作り上げていたものだ。し
かし肝心の物語が、途中から何となく焦点がずれて、前半と
後半で異なる話が展開され、しかもそれぞれが中途半端なよ
うにも感じられた。
これが、僕が『回路』に対して持っていた印象だ。だからこ
の作品のリメイクが発表されたときには、前半と後半の一体
どちらを映画化するのだろうとさえ思ったものだ。しかしリ
メイクされたのは、オリジナルの前後半を見事に融合させた
満足の行く作品だった。
物語は、ハッカーとして有能だった男が、恋人や友人たちの
前に姿を現さなくなるところから始まる。心配した恋人が彼
の住まいを訪ねると、異様に憔悴した彼がいて…
その事件はインターネットを通じて広まって行く。コンピュ
ータの画面に「幽霊に会いたいですか」とのメッセージが現
れ、それをクリックすると、怪しげな人物たちの画像が表示
され、やがてその人物たちがコンピュータを抜け出し人々を
襲い始める。
そして街から人々が消え始める。それは、襲われた人々が消
えたためなのか…
オリジナルの作品の時は、人々を襲う映像のことがいろいろ
説明されて、それがかえって話の辻褄を合わなくしているよ
うな部分もあった。しかし今回の映画化では、その説明は曖
昧にされ、何か判らない恐怖としてうまく表現されていた。
そしてオリジナルでは、ほとんど意味不明になってしまった
結末も、これなら納得できるというものになっていた。これ
で黒沢監督の製作意図が初めて理解できたようにも思えたも
のだ。そして恐怖演出も存分に楽しめた。

『ダーウィン・アワード』“The Darwin Award”
題名の意味は、「最も愚かな死に方をした人に対し、バカな
遺伝子を減らしたことへの感謝の気持ちから贈られる賞」と
いうことで、実在するもののようだ。
そんなバカな死に方をテーマに、それを調査する保険調査員
を主人公に描いた物語。
何しろバカな死に方だから死亡原因も特定できず、保険会社
は保険金を支払わなくてはならないのだが、そこから見事な
プロファイリングで故意や過失を見いだし、保険金の支払い
を免れるようにするというお話が展開する。
この物語を、イギリス出身で『エリザベス』などのジョセフ
・ファインズ(Harry PotterでVoldemort��役を演じるレイ
フの弟)と、ウイノナ・ライダーの共演で、男女2人のコン
ビネーションは、『X−ファイル』のパロディも思わせる雰
囲気も作りながら描いて行く。
映画のプロローグは、恐らく実在の賞の受賞者と思われる有
り得ない死に方のオンパレードで、人間ってこうもバカなの
かという実例が再現される。
そして主人公は、最初はサンフランシスコ市警のプロファイ
ラーとして有能だったが、生来の血液恐怖症で殺人現場には
立ち会えず、いろいろあって警察を馘になった男。
その男が、「ダーウィン賞」に取り付かれて人の死に方の研
究を続けていたことから、保険会社への再就職を試みる。彼
の主張によれば、バカげた死亡原因を的確に突き止められれ
ば、保険会社は年間2200万ドルの保険金を支払わなくて済む
というのだ。
そこで、その理論を証明する試用期間として、保険会社の女
性調査員と共に全米の謎の死亡案件の調査に向かうのだが…
ここで登場する死亡原因というのが、これらも恐らくは事実
に基づいているのだろうが、まあ観客としては笑うしかない
ものばかりとなる。
テーマの関係上、それぞれのエピソードの結末では人が必ず
死ぬ訳で、コメディとしてはかなりブラックなものだ。でも
まあ、呆れながらも笑えるのは、映画自体がかなりスマート
に作られているという点にもありそうだ。
脚本監督は、サンダンス映画祭でコンペティションに2度選
出されたフィン・タイラー。その実績は伊達ではないと言う
ところだ。実際映画には、そう来たか…と思わせるシーンも
多々あったものだ。
その脚本に魅かれて上の2人も参加している訳だが、さらに
共演者には、ジュリエット・ルイス、デイヴィッド・アーク
ェット、クリス・ペンなど錚々たる顔ぶれが並ぶ。また、人
気ロックバンド=メタリカのライヴシーンや本人たちのカメ
オ出演もあるなど、盛り沢山な内容で楽しめる作品だ。

『ゼロ時間の謎』“L'Huere Zero”
アガサ・クリスティが1944年に発表し、本人と江戸川乱歩、
それにファンクラブの3者が揃ってクリスティのベスト作品
の1本に選んでいるという名作『ゼロ時間へ』を、物語の舞
台をブルゴーニュ地方に移して製作されたフランス映画。
監督は、2004年に『親指のうずき』の映画化でクリスティ作
品に実績を持つパスカル・トマ。海辺の崖の上に建つ旧家の
別荘を舞台に、集まったいろいろな思惑を持つ男女が愛憎劇
の末に引き起こす殺人事件の謎を、豪華な雰囲気の中で見事
に描き上げている。
僕自身、クリスティの原作はあまり読んでいないのだが、映
画化作品の印象などからすると、ちょっとクラシックな感じ
に描かれた本作は、過去の名作の雰囲気を忠実に再現してい
ると言えそうだ。特に登場人物たちの描き方には落ち着きが
あって好ましかった。
その出演者は、『僕を葬る』のメルビル・プポー、その妻役
にジョニー・アリディの娘のローラ・スメット、そして前妻
役にカトリーヌ・ドヌーヴとマルチェロ・マストロヤンニの
娘のキアラ・マストロヤンニという若手が中心。特にスメッ
トの演技が見事だった。
この若手に加えてダニエル・ダリューが重厚な演技を披露し
ている。因に、ダリューとマストロヤンニは、先月紹介した
アニメーション『ペルセポリス』に続いての共演だ。
犯罪のトリックは正直に言ってかなり強引に感じられる。そ
れに謎解きも、1時間50分の上映時間の中では多少無理があ
るようにも感じられた。
しかし、それは原作物だからその通りでしかないのだろう。
この辺は原作の読者なら納得できるのかも知れないが、残念
ながら僕は読者ではないということだ。ただし、物語の雰囲
気は楽しめたし、僕にとってはそれで充分だったとも言える
作品だ。
なおプレス資料に寄せられたエッセイで、市川崑監督による
日本を舞台にしたクリスティの映画化を提案している人がい
たが、市川監督が脚本を書くときのペンネームが久里子亭で
あることは押さえておいて欲しかったところだ。
それから、プレス資料のクリスティの年譜では原作の完成が
1965年となっているが、同じ資料の作品リストでは1944年発
表となっており、これは何かの事情があるものと思われる。
この辺についても正確な情報が欲しかった。

『フローズン・タイム』“Cashback”
時間を止める能力を身に付けた美学生を巡る物語。
「時間よ止まれ!」と叫んで時間を止めたのは、古くは手塚
治虫原作の『不思議な少年』、最近では『ヒーローズ』のヒ
ロ・ナカムラというところだが、その能力をR−15指定の映
画で発揮してしまったら、これはちょっとヤバイことになり
そうだ。
そんな期待(?)も半分で観に行ってしまった試写会だった
が、実際の作品は、確かに時間を止めて女性を裸にしたりは
するが、これはあくまでも主人公が美学生として女体をスケ
ッチするために行う理由があるもので、それ自体は猥褻感も
なく問題はないように思えた。
ただし、その他にかなり際どいシーンがあって、R−15指定
はそのせいかとも思われるが、それはここではちょっと説明
できないくらいのものだ。といっても決して猥褻というもの
ではないのだが…
物語全体は、ロマンティックコメディの部類に属する作品。
恋人と別れて以来不眠症となった主人公が、時間の有効利用
と称して24時間営業のスーパーマーケットの深夜シフトに入
る。そこには若もの文化の吹き溜りのような連中が集ってい
た。
しかし、主人公の不眠症は解消されず。ついには時間を止め
る能力を身に付けてしまう。そしてその時間の止まった世界
で、1人の女性と出会う。
元は短編で製作された作品がアカデミー賞短編賞の候補にな
り、そこから長編に拡大された作品ということだが、空想癖
の主人公が過ごす退屈な9時間の深夜シフトを18分で描いた
されるオリジナルの短編はそのまま使用されているそうで、
そこに前後を撮り足したという構成のようだ。
その追加のシーンは、主に深夜シフトの連中の生態を描いて
いているが、これがショートギャグの羅列のような感じで、
しかも下ネタ中心のかなり青い感じのもの。これには観てい
て呆れるというか、微笑ましくも感じてしまった。
脚本監督のショーン・エリスは1970年生まれということで、
そこそこの年齢の人のようだが、それでこの青さはちょっと
驚くところだ。でも、全体としてロマンティックな雰囲気を
打ち壊していないのは、それなりに計算して作られているの
だろう。
そして物語は見事にロマンティックな結末を迎えるもので、
その展開には思わず、「やられた」とつぶやいてしまった。
『ヒーローズ』のタイムフリーズのシーンは見事だが、この
作品も負けてはいない。

『中国の植物学者の娘たち』“植物园”
2002年に発表した『小さな中国のお針子』がカンヌ映画祭の
<ある視点>部門で上映され、ゴールデン・グローブ賞にも
ノミネートされたダイ・シージエ監督の新作。
前作は文化大革命の頃の中国を描いてタブーに挑戦したと言
われ、今回はこれも中国ではタブーとされる女性の同性愛を
描いている。ただし、監督自身はタブーに挑戦するという意
図はなく、どちらも純粋な愛情の物語を描いたとしているも
のだ。
しかし、前作は辛うじて中国国内での撮影が許可されたが、
今回はそれも許されず、撮影は主にヴェトナムで行われてい
る。その風景が実に美しくて魅了された。因に、中国とは同
じ体制のはずの同国で撮影が許可されたのは、内容が中国の
話なので、国家としては問題ないとされたのだそうだ。
その物語は、両親を災害で亡くして孤児院で育てられた女性
が、漢方を研究しているとある植物学者の許に実習生として
招かれる。その学者は、湖に浮かぶ離れ島に作られた巨大な
温室に併設された住居に娘と2人暮らしをしていた。
その場所に実習兼雑用係として招かれた女性だったが、学者
の暮らしは厳格で日々の生活もことごとく学者が定めたルー
ルに従っていた。そんな堅苦しい生活だったが、そこでの息
抜きは学者の娘との交流…そしてそれは許されない関係へと
発展して行った。
他の国でなら問題ないような話が、一部の国では映画にもで
きないほどのタブーになっている。その現実は直接我々に関
係はないのだが、そんな国の物語としたことで映画に一種独
特の雰囲気が醸し出される。その雰囲気が見事に映画を高め
ているものだ。
そしてそれは、タブーであるからこそ美しい物語になってい
る。他の国では、作りたくても作ることのできない作品。そ
ういう作品を作れることが、幸か不幸かは別の問題だ。
出演は、中国とフランスのハーフで2004年公開の『クリムゾ
ン・リバー2』などにも出演していたミレーヌ・ジャンパノ
ワと、今年2月に紹介した『かちこみ!ドラゴン・タイガー
・ゲート』でヒロインを演じていたリー・シャオラン。
なお、シージエ監督は中国の生まれだが、長くフランスに在
住して、フランス語で小説も発表しているという人。そして
本作は、中国を舞台に中国人の俳優を使って、台詞は中国語
で撮影された作品であるが、製作はフランスとカナダ(ケベ
ック)の合作となっている。
このため原題も、公式には“Les Filles du botaniste”と
いうフランス語の題名が付けられているものだが、フィルム
上には上記の漢字題名が表示されていた。


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井口健二