ちむたんのつぶやき
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| 2010年02月22日(月) |
忘れ物三題(その2) |
忘れ物ばなし第二段です。 私が小学4〜5年くらいの頃だったと思われます。
その頃父がスキーにハマっており、冬になると裏磐梯にあるペンションへ長兄の運転で出かけておりました。(余談ですがけっこう何年も行ってたにもかかわらず、たいして上達しなかった私って…)
そのときも長兄がハンドルを握っており、助手席には父、後部座席には母と私が並んで座っておりました。 川崎市にあった家を出て走り続けること数時間、猪苗代までやって来て、あたりがすっかり雪景色に。これから山登りが始まるというところで、ガソリンスタンドで給油しました。
再出発。 すこし走ったところで父がこちらを振り向き「ねえ、ママさん」と母を呼びました。
私「…ママ、いないんだけど」 父「なんで!?」
そう、ガソリンスタンドを出発する際、母がまだ車に戻ってきていないのにもかかわらず私は父や長兄に何も言わないままでいたのです。 決して!日頃から母を憎んでいて置き去りにしてやろうと思ったとかそういうわけではなく!!! ボンヤリしてたの、ほんとに!!!!
自己弁護になりますが、その頃の私にとって家族旅行というのは必ずしも楽しいばかりのイベントではなかったのでした。このスキー旅行もそれまでに何度か来ていましたが、そのたびに父がいろんなこと(タイヤチェーンがうまく着けられないとか)でいきなり激怒してシュラ場になったりしてて。 いやはやあの頃の父は本当によく怒りました。今にしてみると、仕事も大変で疲れていた中でよくいろんなところに連れてってくれたと思いますが、子供としては怒られてる母を見るのも、自分が怒られるのもキツいものがあったのですよ。
で、そのときの私の心を推測するに、父の機嫌を損ねるのを恐れるあまり「ママがいないなんて言ったらパパがまた怒っちゃう…」という妙てけれんなすり替えが起こっていたのではないかと。 あ、でも「ママがいないけど、きっとパパと何か相談した上でのことなんだろう」みたいな勝手な思い込みを頭の中でつくり上げてたような気もするなあ。(こっちは今でもわりとありがち)
長兄があわててUターンしたところ、ガソリンスタンドからこちらに向かってとことこ歩いてくる母の姿が見えました。一同やれやれ。 パニクってたから覚えてないけど、母と再会するまでにそれほど時間を要した覚えがないので、置いてきぼりにして走ったのはほんのわずかな距離だったんでしょうね。 でもたまたま父が母を呼んだからよかったようなものの、もっと後だったら…と思うと冷や汗ものです。
やっと車に戻れた母いわく「お手洗いから出てきたら車がないんだもの、どうしたのかと思ったわ」。そりゃそうだわな。 「本当に追いつけなかったら、一人で電車に乗って帰ろうと思ってたけど」。どうしてそう落ち着いているのだ、母よ。 このように、母は父や子供のことだとすごく取り乱すのに、自分のことについてはわりと胆の据わった人でしたね。のちに死に至る病気になったときもそうでした。
幸いあまりのことに父も呆れたのか叱られもせず、母がとばっちりを食らって怒られることもなく、和やかにドライブは続いたように記憶しております。 この出来事以来、ドライブで休憩のあと出発するときには必ず点呼が行われるようになったものでした。(そして当然のように私がいじられる)
…え?「忘れ物じゃないだろ、これ」って? まあ確かにそうなんですけどね(笑)
というわけで第三段に続く。さてこんどは何を忘れたんでしょうか…。
拍手ありがとうございました!
>Tさん
うちにはまだお葉書きてないのですが、なんかいろいろやらかしてるんですね(苦笑)ま、まあ、何はともあれ楽しみです!
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