ちむたんのつぶやき
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| 2010年03月02日(火) |
忘れ物三題(その3) |
間があいてしまいましたが、第三段。 私は小学3〜4年?…全体的に記憶がかなりあいまいです。
その頃父は単身赴任で横須賀におり、学校が長い休みに入ると、私は母に連れられて父があてがわれている官舎に行っていました。
そのときはたしか春休みだったと思います。母と私は横須賀にいましたが、私になにか用事ができて、ひとりで川崎の家に帰ることになったのでした。
自宅の最寄り駅は田園都市線の宮前平駅で、そこからなら歩いて帰宅できるのですが、乗り継ぎの都合で小田急線の向ヶ丘遊園駅(歩ける距離ではなくバスもない)で降り、自動車の運転ができる長兄に迎えに来てもらうという段取りになりました。
それなりに長距離をひとりで電車に乗るのは初めてでした。 横須賀駅まで両親が送ってくれて、何度も乗り継ぎを復唱させられ、少しどきどきしながら別れました。 教えられたとおりに乗り継いで、向ヶ丘遊園駅で降りました。母からは、だいたいの到着時間を伝えておくから駅を出れば車が待ってるはず、ふらふらどっかに行っちゃだめよ、と言われていました。
いない…。
いないよ、おにいちゃんが。
車が混雑してるのかなーと思いつつ少し待ってみましたが現れません。 子供の頃からせっかちだったわたくし、公衆電話を探して自宅にかけました。 …誰も出ない。
私が横須賀から電車に乗ってすぐ、母は自宅へ「いま出たからお迎えよろしくね」と電話をしたのですが、その時点で誰も出なかったそうで。長兄だけでなく、次兄も家にいるはずだったのに。 心配性の母、大パニック。 ひとりぼっちにしてしまった私のことももちろん心配しつつ、兄たちに何かあったのではないかとも考えたと思われます。 「もうほんとに、生きた心地がしなかったわ」と言っていた声を今でも思い出します。
どれくらい待ったんだったかなあ。泣いたりした覚えはないのですが、イライラはしたかも(笑)。小学生ひとりでタクシーに乗る度胸はなかったし(乗っても道が説明できなかったと思うな)、バス路線もないのは知っていましたし。
かなり待ったのち、長兄が運転する車がようやく現れました。おにいちゃん平謝り。 出掛けになにかトラブルがあったとかではありませんでした。 そうです。私は忘れられていたのです。
兄たちは、私を迎えにいかなくてはならないというのをすっかり忘れて、近所の原っぱでキャッチボールをして遊んでいたのですよ。 (当時彼らの間でキャッチボールがやたらにブームだったのはおぼろげに記憶がある…) キャッチボールを終えて帰宅したら、母からの電話で慌てて飛び出してきたとのこと。
というわけで、忘れられたのは私だった、というお話でした(爆笑)
この話、後日談があるんですよ。 今年の1月、両親の法事で兄たちに会ったときにこの話をしたんですが。
なんと、二人とも全く覚えていなかった!!!!!!!!!!!!!!!!! 「そんなことあったかなー」って、おい! …許すまじ!!!!!! (ちなみに前回書いたスキー旅行で私が母を置き去りにした話は覚えてやがったくせに)
そそっかしい家族の忘れ物ばなし三題、おあとがよろしいようで…。お付き合いいただきありがとうございました。
拍手ありがとうございました!
>Nこたさん
このように私も母も忘れられたのでございます。思えば女性が不遇な目にあわされる一家でした…(遠い目)
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