ATFの戦争映画観戦記



【File116】外伝・・・おたくたちの大和〜大和ロケセット野戦OFF従軍記・・・巻二

2006年04月08日(土)

遥か300km以上の行程を乗り越えて、後輩伍長殿と私ATFは遂に尾道市向島の日立造船向島工場跡に辿り着いた。そして遂に旧日本帝国海軍の至宝との対面の時は来た!・・・春休みで観光客で溢れ返る最悪の状況下、私ATFは予てより抱いていた軍ヲタ的願望(既にバレバレですが・・・大汗)を果たして成就させる事が出来るのか?・・・それでは【開演ブザー】・・・今回も携帯電話の電源はそのままで・・・【前回同様、文中の様々な書き込みには資料的価値は全くありません・・・(^o^;A】

【大和ロケセット野戦OFF・・・おたくたちの大和[三種軍装で記念撮影編]】
5分程の短い旅は終わり、我々を乗せたシャトルバスは、日立造船向島工場跡の海側に面したドックヤード区域へと到着。シャトルバスの前後の昇降口のドアが開き、乗客たちは一斉に降車し始めた・・・周囲には聳える巨大クレーンを除けば、暑いくらいの日差しを遮る建造物は全く無い。そんな中を、人々は係員に誘導されるまま歩み始めた・・・料金は一体何処で払うのだろう・・・私ATFは先ほどからその事ばかりが気になっているのだが、一向にその気配はなかった・・・
【画像12】
[画像左上]シャトルバスを降りた我々の前方には聳え立つ一基の巨大クレーンが・・・しかし目を凝らして見ると、その向こうには・・・
[画像右上]係員に誘導されるまま、観客たちは前方の仮設足場に設けられた急な階段へと進んで行く・・・その横には仮設テントが張られ料金支払所のような窓口が設置されているのだが・・・まだ料金を支払う様子はない・・・
[画像左下]係員に誘導されるまま仮設の階段を昇って行く観光客一行・・・ちょっと老人や子供には勾配が急で危ないのでは、と思えるくらいの、良く建設現場等で見かける簡易階段だった・・・
[画像右下]そして階段を昇り切った我々の前に突如姿を現したものとは・・・紛う事なき帝国海軍軍艦の証したる艦首の菊の御紋章・・・遂に戦艦大和(セットだけど・・・)が我々の前に、その偉大な姿を現した!・・・その威光に圧倒された観光客たちは、一様にカメラを取り出し一心不乱に記念撮影を始めていた・・・
【画像13】
[画像左上]画像が小さく、その威容をお伝えできないのは誠に残念の極み・・・明るい日差しを浴び、燦然と照り映える菊の御紋章は、嘗ての帝国海軍の栄華を顕しているかの様であった・・・
[画像右上]艦首横には無造作に団体観光客の記念撮影用に設置された簡易ベンチが置かれており、まるで流れ作業の様に菊の御紋章をバックに、次々と団体観光客たちの記念撮影が行なわれていた・・・その場所から大和ロケセットの全貌が始めて姿を現す・・・既に艦上には大方の予想通り、溢れんばかりの観光客たちの姿があった・・・
[画像左下]天佑神助・・・一瞬仮設足場上の艦首部分の前から観光客が誰もいなくなった・・・早速後輩伍長殿に我がデジカメを託し、私ATFは艦首菊の御紋章の前で立ち位置を確保した・・・そう、これが今回の大和ロケセット野戦OFF作戦における私ATFの最大の目的・・・これぞ軍ヲタ的願望の極み!旧海軍三種軍装を着て大和ロケセット艦上で記念写真に納まると言う事なのであった!・・・
[画像右下]本来ならば、旧海軍の軍服と言えば一般的に思いつくのは濃紺の一種(冬用)軍装や白の二種(夏用)軍装であるが、私ATFは根っからの三種軍装ファンであり、これぞ私服・・・いや至福の一枚なのであった!(尚三種軍装を着ていた事は、幸か不幸か私ATFにとっては後々良い?結果をもたらすのであった)・・・
【画像14】
[画像左上]艦首菊の御紋章を後にした我々は、仮設足場を降りると誘導路に沿って進んだ・・・ここでやっと料金所に至り、乗艦料を支払う・・・これで安心して乗艦し、見学に邁進出来るってものだ・・・この料金所を始めセットや施設各所で係員として従事している方々は、殆んど尾道市民のボランティアなのだそうだ・・・流石は映画の街、尾道である・・・
[画像右上]料金を払い終え、いそいそと大和艦上へと進む我々の前に、遂にその巨大な主砲塔が姿を現した・・・多くの観光客が、この場所で記念写真をとりあえず一枚は撮影する記念写真ポイントである・・・
[画像左下]手摺に軍艦旗が掲揚された緩やかなスループ・・・これは身障者や老人の車椅子専用の乗艦通路らしい・・・
[画像右下]やがて左舷側の艦橋基部や対空兵装群がはっきりと見えて来た・・・多くの観光客が、それらセット構造物の威容さに目を奪われている様だ・・・
【画像15】
[画像左上]さぁいよいよ我々も大和へ乗艦する時がやって来た・・・第二主砲塔左舷に設けられた舷門の階段を一歩一歩踏みしめて昇って行く・・・厭が上にも緊張が昂まる一瞬である・・・
[画像右上]本来ならば、ここには当直士官と衛兵が待ち構えているのだが・・・実際にはボランティアの係員のおじさんが一人、のんびりと後ろ手を組んで立っているだけだった・・・とりあえず艦尾の軍艦旗へ敬礼して(オイオイ艦尾は再現されてないって・・・何故か艦首に日章旗が掲揚されていたが・・・)私ATFは大和の甲板上に一歩を踏み出した・・・
[画像左下]舷門から乗艦して、まず最初に目に入ったのは第二主砲塔下左舷側に設置された九六式三連装25mm機銃座だった・・・
[画像右下]しかし良く出来てるなぁ(感心する)・・・早速この機銃座の前で記念撮影を・・・と思ったのだが、我々の後ろから続々と乗艦してくる観光客の目が、非常に気になる・・・やだッこの人ちょっと変じゃない?・・・なんかそんな風に思われているのでは・・・軍ヲタを気取りながら、ちょっと気弱な私ATFであった・・・もっと根性だせよッ・・・
【画像16】
[画像左]艦上では見学コースの順路が決まっていて、直ぐには艦橋基部区域を見学は出来ない・・・とりあえず舷門付近から艦橋基部区域を望む(その��)・・・
[画像右]舷門付近から艦橋基部区域を望む(その��)・・・この人たちは、どうやらお昼の食事前のツアーコースに入っている団体観光客御一行の様である・・・
【画像17】
[画像左上]と言う事で我々も見学コースの順路に沿って艦上見学を開始!・・・大和を代表する46cm主砲塔は第一主砲塔と第二主砲塔が再現されているが、何故か第一主砲塔には砲身がない。第二主砲塔のみ砲身が再現されているので、主砲をバックに記念撮影をしようとすると、必然的に第二主砲塔を背景にせざるを得ないのである・・・
[画像右上]と言う訳で、周囲に観光客がいなくなったのを確認(全く小心者め・・・)して、第二主砲塔基部での記念撮影・・・
[画像左下]この画像は、実は見学コースの後半段階で撮影した物なのだが、同じく第二主砲塔をバックにした画像と言う事で、ここに掲載した・・・
[画像右下]続いて第一主砲塔を背景にした記念写真・・・でも第一主砲塔には肝心の砲身がないので、画的に良いアングルにしようとすると、どうしても第二主砲塔を入れてしまうのが人情である(?)・・・
【画像18】
[画像左上]第一主砲塔を後にして、見学コースを艦首方向に更に進み、第一・第二主砲塔、第一副砲塔、艦橋基部方向を撮影した一枚・・・
[画像右上]左上の画像を撮影した地点のは、この画像の中で前方の観光客が立っている通路部分の左舷側である・・・
[画像左下]見学コースは更に艦首方向に続いている・・・何故かこの部分の床には灰色のカーペットが張られていた・・・
[画像右下]これは艦首部の菊の御紋章裏側部分である。中央の支柱の先には日章旗がはためいていた・・・
【画像19】
[画像左上]艦首部分から右舷側見学コースを第一主砲塔方面へと進んで来て、振り返って撮った一枚・・・見よッ!この果てしなく続く観光客の隊列を(これじゃ記念写真撮れねぇ〜よぉぉぉぉ)・・・ここでは係員(緑のジャケットの二人)が第二主砲塔をバックに、各人所有のカメラで写真を撮ってくれるサービスを行っていた・・・まぁちゃっかりと係員が業務用カメラで撮影した記念写真も売り込んではいたが・・・
[画像右上]第一主砲塔横から艦尾方向右舷を望む・・・映画でも殆んど映るシーンが無かった所為か、こちら側には対空兵装等セットは何も設置されていなかった・・・
[画像左下]さて第二主砲塔バックに記念写真に収まる、我等が後輩伍長殿の勇姿である・・・山岳猟兵用のヤッケが決まってるぜッ!・・・
[画像右下]同じく後輩伍長殿の勇姿・・・ちょっと後方位置に下がって撮影した一枚・・・こちらの方が第二主砲塔の大きさを幾らか実感出来る一枚である・・・
【画像20】
[画像左上]右舷下方より第一副砲塔を望む・・・元来副砲は接近してきた敵小艦艇に抗する兵装であるが、航空機の発達した近代戦では無用の長物的存在だった。また副砲塔自体の装甲防御力が弱く、敵からの砲爆撃を受けた場合にアキレス腱となる危険性があった・・・
[画像右上]これは右舷下方より艦橋基部を撮影した一枚・・・残念ながら階段(ラッタル)は立入(昇降)不可・・・残念なり
[画像左下]右舷艦橋基部横に設置された25mm機銃座付近より艦体後部方向を望む・・・こちら側は映画のシーンには直接関係なかった為か、支柱の鉄骨が剥き出しになっている・・・
[画像右下]同じく右舷艦橋基部横の25mm機銃座より、対岸の尾道市街を望む・・・中央山頂にはお城の天守閣らしきものが見える・・・エッ尾道って城下町だっけ?
【画像21】
[画像左上]見学コースに沿って艦橋基部左舷側へと移動・・・待望の九六式三連装25mm機銃を前後左右から細部に渡り観察する事が出来た・・・【画像15】でも25mm機銃の画像が登場しているが、あの機銃はロープで立ち入りが規制されていて、後部や細部を見る事が出来なかった・・・お陰でコチラの25mm機銃は観光客にも大人気である・・・
[画像右上]艦橋基部左舷側に設置された二基の25mm機銃の内の一基・・・コチラは左右の機銃手座席や発射ベダル等が撤去(元々無かったのかも・・・)されており、機銃座内には25mm弾薬箱が無造作に積み上げられていた・・・
[画像左下]コチラは完全再現されていた、もう一基の25mm機銃を後部から撮影した一枚・・・左側俯仰(射撃)手席及び右側旋回手席とも忠実に再現されている・・・周囲に観光客と係員がいなければ、座席に座って是非旋回させてみたかった・・・
[画像右下]同じ機銃を左前方より撮影した画像・・・九六式三連装25mm機銃は、射撃指揮官・俯仰(射撃)手・旋回手・装填手3名・給弾(薬)手3名の計9名にて運用される・・・最大射程7,500m・最大射高5,250m・射速60発/分×3門・・・15発入弾装を使用していた・・・
【画像22】
[画像左上]左舷前方下方よりの15.5cm第一副砲塔・・・この副砲は巡洋艦最上型が、軽巡から重巡に改装される際に撤去された15.5cm砲身を流用したものだが、砲塔自体は大和型戦艦用のオリジナル設計・・・因みに大和新造当時、副砲塔は両舷甲板中央部にも各一基、計四基が設置されていた・・・
[画像右上]九六式三連装25mm機銃の右側旋回手席画像・・・マスコミ用の宣伝プレス映像では、ハンドルを廻して旋回させながら発砲する場面が流れていた・・・
[画像左下]写真を撮りまくっている間に、ふと気がつくと周囲の観光客が疎らになっていた・・・チャ〜ンス!今の内に記念写真を・・・と逸る気持ちで後輩伍長殿に撮ってもらった一枚・・・旧軍兵器の前で写る軍装の写真は、やっぱ良いなぁ!・・・ゲェ〜ししまった後ろに子連れの観光客が・・・グァ〜ン・・・
[画像右下]悔しいので再度記念撮影のチャンスを待ってみたが、いつまで経っても周囲から観光客がいなくならないじゃないかぁ〜(涙・・・そんな訳で、ちょっと裏技を使って周囲の観光客には消えて貰い、ついでに戦時中の写真の如く色調を加工してみました・・・やっぱえぇ〜なぁ〜(大汗・・・
【画像23】
[画像上左右]映画ロケ地探訪の醍醐味と言えば、やっぱコレだよ!・・・映画の中のワンシーンと同じ場所で写真に写る事・・・ココは長嶋一茂氏演じる大和副砲分隊長兼哨戒長の臼淵磐大尉が、少年特年兵たちを前に『死ニ方用意』の訓示をしている場面の撮影場所(・・・と思われる場所)・・・規制ロープが張られていた為に側壁間際まで近づき、同じアングルで撮影出来なかったのだが、左舷艦橋基部区画・・・側壁の鋲止めの形状からして、まずココに間違いないだろう・・・
[画像下左右]レイテ沖海戦時に、中村獅童氏演じる内田守二等兵曹が負傷する場面の機銃射撃指揮・測距器台座(赤○内)・・・ココも危険防止の為に立入(昇降)禁止で、内部の詳細を見る事が出来なかった(残念)・・・こんな風に画像を比較してみると、第二次大戦時の戦場の当時と現在を巡る英国の『AFTER THE BATTLE』誌っぽくて良いですなぁ〜
【画像24】
[画像左上]さて見学コースを更に進み、艦橋左舷後部対空兵装区画へ・・・まず目に入るのが九六式三連装25mm機銃の砲塔型である・・・
[画像右上]そのアップ・・・コレも細部に渡り再現されている(様に思える)・・・しかし砲塔型と言っても大した装甲がされていた訳ではなく、精々機銃掃射や爆風・破片から兵員を守る程度だったそうだ・・・
[画像左下]左前方よりのアップ・・・撮影終了後は殆んどメンテナンスもされてない様で、俯仰(射撃)手側の蛇腹カバーは剥げかけていた・・・
[画像右下]ちょっと砲塔の内部を覗いて見た・・・やはり内部までは手が回らなかったようで、銃身以外は手抜きだった・・・
【画像25】
[画像左上下]見学コースは、艦橋左舷後部対空兵装区画の舷側に増設された25mm機銃の砲塔群と、八九式40口径12.7cm連装高角砲座区画との間の通路甲板を通り艦体後部へと続く・・・観光客の人集りが出来ている場所は、映画の中の沖縄出撃前夜の酒保開けシーンで、反町隆史氏演じる森脇庄八二等主計兵曹が未成年の為に飲酒が出来ない少年特年兵たちに羊羹や餅などの菓子を食べさせていた場所だと思われる・・・のだが確証無し・・・下はその場所にあった防水壁扉のアップ・・・
[画像右上下]同じく艦橋左舷後部対空兵装区画・・・ちょっと観光客が少なくなった頃合を見計らって撮影・・・下は左舷舷側に増設された25mm機銃の砲塔ハッチ部分のアップ・・・
【画像26】
[画像左上]艦橋左舷後部対空兵装区画の八九式40口径12.7cm連装高角砲座・・・高角砲座は甲板より一層高い位置に設置されている為に、内部や細部を確認出来ない・・・最大射程は13,200m・射速900m/秒・発射速度14発/分/門・操作人員12名・・・
[画像右上]12.7cm連装高角砲の砲塔型・・・25mm三連装機銃の砲塔型と同じく大した装甲はされていないらしい・・・
[画像左下]12.7cm連装高角砲群を別アングルから撮影・・・蒼空に向けられた高角砲の砲身の構図が画的に素晴らしいと思うのは私ATFだけだろうか?・・・是非一家の屋上に一基置きたいものだ・・・ってオイオイ・・・
[画像右下]12.7cm連装高角砲塔の下方よりのアップ・・・返す返すも内部や細部を撮影出来なかったのが残念の極みである・・・
【画像27】
[画像左]さて誠に残念ながら艦上見学コースもこれで終了である・・・まぁ再現されたロケセットもここまでしかないのだが・・・仮設された階段を下り、大和に別れを告げる・・・さらば大和よ!大和よ永遠に・・・
[画像右]最後に、これが大和ロケセット構造物を支える鉄骨支柱のアップである・・・
【画像28】
[画像左上]後ろ髪を曳かれ下艦しながら、ふと横を見ると・・・そこには巨大クレーンをバックに増設された25mm機銃砲塔群が並んでいた・・・こうやって見ると、改装の為にドック入りしている戦艦大和って構図に見えなくもない・・・
[画像右上]大和ロケセットを後にしながらもう一枚・・・ちょっと逆光気味になってしまった・・・
[画像左下]さらに一枚・・・となりのドック跡が部分的に入ってしまうが、逆に良い雰囲気を醸し出している・・・
[画像右下]我がデジカメはパノラマ構図で撮影出来ないのが全く残念・・・左舷後部からのセット全体像をイメージする為に撮影した、ついでの一枚・・・
【画像29】
[画像左上]さて大和ロケセットは、日立造船向島工場(造船所)跡の乾ドックをベースにして組み立てられているのだが、これはその隣にある多分同じ型式と思われる乾ドックを望む一枚・・・因みに手前を歩いているのは後輩伍長殿・・・
[画像右上]ちょっと逆光気味だが、乾ドックと巨大クレーン、工場建造物の配置が良く解る一枚・・・
[画像左下]これは乾ドックの水密性扉・・・船舶を乾ドックに入渠させた後に、この水密性扉を閉め内部の海水を排水し、船舶の底部を露出させる為の設備だ・・・現在はこの水密性扉上の通路が、見学終了後の帰りのシャトルバス乗り場へと続く仮設通路となっている・・・
[画像右下]乾ドックの内部構造が良く解る一枚・・・乾ドックの底部の突起物は、入渠した船舶を、海水排水後も直立させる支えとなる船台の基礎部分である・・・

こうして我々は無事大和ロケセットの見学を終える事が出来ました・・・多少のトラブル等はあったものの、映画のロケセットとは言え旧日本帝国海軍の至宝・・・戦艦大和を体感出来た事は、ミリタリーおたくとしても、また戦争映画ファンとしても非常に実りある経験になりました・・・更にまた三種軍装での記念撮影は何より良い思い出となった事は言うまでもありません・・・ところで一種や二種軍装ではなく三種軍装を着ていて幸運だった事とは一体何だったか?・・・そう一種や二種軍装ほど認知されていない三種軍装のお陰で、殆んど周囲にいた一般の観光客には気にも止められなかったって事です(汗・・・多分一種や二種軍装だと結構目立ったはずですが、三種軍装はその辺の作業服っぽいですからね(映画の中にも登場してましたが一般の観客は覚えてないでしょう)・・・大和の甲板上を、三種軍装で歩いていても、結局殆んど注視される様な事はありませんでした・・・まぁ複雑な気持ちではありますが・・・さて次回は、大和ロケセットの見学を終え更に第二攻撃目標へと向かう我々の前途や如何に・・・乞うご期待(コレばっかしやなぁ)・・・【まだまだ続きます】

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