| 【File115】外伝・・・おたくたちの大和〜大和ロケセット野戦OFF従軍記・・・巻一 |
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2006年04月07日(金)
さて前回、実に四ヶ月振りの�狎症�戦線異状なし�甦兩鏥�を執筆し早一週間・・・その文末で�犲造郎2鵑隆兩鏥�執筆の影で、巨大なるプロジェクトが侵攻・・・いや進行しておりました。その詳細については当観戦記にて堂々近日公開予定・・・乞うご期待��などと大層な御託を並べておりましたが、その巨大なるプロジェクトに関する観戦記がなんとか完成しましたので、ここにご紹介させていただきます・・・今回は文章の執筆よりも画像の加工に痛く手間取りました・・・デジカメによる総撮影画像数は187枚・・・その中から同じ構図の物や震動による振れの酷い(我がデジカメは旧式で手振れ補正機能が無い・・・涙)画像を篩い落としたのは良いのですが、それでも100枚を超える画像が・・・生姜無く画像を組み合わせるなどして何とか四分の一弱まで減らしたのですが・・・それでも40枚以上の画像を添付する羽目に・・・いやぁ〜全く参りました。それでは泣き言はこれくらいにして、早速【開演ブザー】・・・今回は携帯電話の電源はそのままで・・・【今回も文中の様々な書き込みには資料的価値は全くありません・・・(^o^;A】
【そうだ、大和に行こう!】 もう昨年7月1日の事になりますが、ネット散策中に東映製作映画「男たちの大和/YAMATO」の戦艦大和実物大ロケセット一般公開を知った私ATFは、我が観戦武官次室に早速祝「男たちの大和/YAMATO」実物大ロケセット一般公開決定!なるスレッドを立て『呉の大和ミュージアムとまとめて野外観戦OFF会やりたいですなぁ〜』なんて書き込んだ。京都の太秦映画村や大阪のUSJなど日本各地の映画関連テーマパークで、映画のセットや撮影風景等を体感する事が出来るが、戦争映画となるとそうは行かない。過去製作された邦画戦争映画では、空戦や海戦シーンの大部分は映画製作会社のスタジオ内でのミニチュア特撮(最近ではCG)、そして陸戦シーンは自衛隊の演習場や北海道の広大な荒野での撮影が主で、我々の様な一般の戦争映画ファンがロケ現場を見学したいと言っても、そう簡単には見学する事は出来なかった。そんな事から考えると、今回の尾道商工会議所(広島県)など5団体で組織する「大和ロケセット公開推進委員会」が決定した大和ロケセットの一般公開は、実に歓迎すべき決定だったのである。観戦武官次室にスレを立てた二日後の7月3日、Unteroffizier氏(以下:後輩伍長殿)より�爐爾辧△い�たいですね。こういうのはなかなか見れるものじゃないですし、あるうちにいきたいですね。��とのレスが書き込まれ、更にその二日後の7月5日に開催された第三回北部九州軍管区(obisan技術大佐殿迎撃)OFF会においては、obisan技術大佐殿が欧州降下作戦時に実施された『荒鷲の要塞』及び『掠奪戦線』ロケ地探訪の成果報告が行なわれ、厭が上にも大和ロケセット野戦OFF開催の気運は(内輪では・・・)盛り上がって行ったのだった。
※なおobisan技術大佐殿の貴重な『荒鷲の要塞』及び『掠奪戦線』ロケ地探訪報告については、観戦武官次室において公開していただいたのだが、残念ながらレスの保持期限切れの為に現在では既に見る事は出来なくなっている。ただ『掠奪戦線』ロケ地探訪報告「掠奪戦線」〜レヒ川を越えて〜』については、我が朋友安曇重工様のホームページの情報掲示板にて見る事が出来る。
【1941年12月16日 大和竣工!】 さて大和ロケセットの一般公開は二週間後の7月17日から・・・だったのだが、実際野戦OFFを開催するとなると、その前には大きな壁が立ちはだかっていた・・・そう時間と距離という壁である。さて時は流れ半年後・・・12月17日、遂に『男たちの大和/YAMATO』の全国での公開が始まった。年末公開の映画は12月中旬の土曜日から公開開始と相場は決まっている。大体12月の14日〜17日位である。昨年は12月17日だった訳だが、奇しくもその前日の12月16日は64年前の1941年に旧日本海軍の戦艦大和が竣工した将にその日であり、こんなしっかりした理由があるのだから全国公開を一日位前倒しにしてもいいじゃないかなんて素人考えで思ったりもしたのだが、やはり映画業界における興行成績を計測する基準の為、他の年末公開映画と公開の足並みを揃えなければならなかった様だ。因みに12月16日って日にはこんな事も起こっている・・・付け加えれば、一部の方々は既にご存知だが、私ことATFの誕生日でもある・・・(大汗。全国公開から四日後の12月20日・・・スケジュールに都合のついた私ATFと後輩伍長殿は、連れ立って地元の映画館にて『男たちの大和/YAMATO』を観戦した。観戦後に早速観戦記を書こうかとも思ったのだが、元来観戦記は、一般に余り認知されていない作品を紹介して、広く観戦を薦めようというポリシーがある(汗)。この『男たちの大和/YAMATO』については、ネット上でザッと検索しただけでも多種多様なサイトやブログ、掲示板で、戦争映画ファンのみならず映画ファンや一般の方々の間で良きも悪しきも様々な意見が述べられ、交換され、その反響の大きさが想像出来た為、今更観戦記を書いてもなぁ・・・なんて思えて、結局観戦記を執筆する事はなかった。さて『男たちの大和/YAMATO』観戦後、後輩伍長殿と食事を摂りながら、感想等とともに大和ロケセット探訪についても話題となったが、やはり時間と距離という壁の為に、具体的な野戦OFF実行へ一歩を踏み出すまでには至らなかった。
【大好評につき公開期間延長決定!・・・時は至れり】 年が明け、ひと月が過ぎた今年2月3日に開催された第五回北部九州軍管区(obisan技術大佐殿迎撃)OFF会の席上においても、再び大和ロケセット探訪野戦OFF実施について話題となったが、この期に及んでも、やはり具体的な実行計画策定には至らなかった・・・大和ロケセットの公開期限まで残り二ヶ月弱・・・このままでは折角の機会を生かす事なく、計画は露と消えてしまいそうな状況に陥っていた。ところがその日を遡る事4日前の1月31日、なんと尾道市は大和ロケセットの一般公開期限を、観光行楽のピークであるゴールデンウィーク明けの今年5月7日まで延長する事を決定していた!なんでも大和ロケセットへの入艦者数は、1月末現在で約55万人、3月末現在では70万人突破が予想されており、観光都市尾道市としては、今や立派な観光名所となった大和ロケセットを、このまま当初の予定通り3月末にて公開終了とするのは余程惜しくなった様だ。国内観光・行楽のピークであるゴールデンウィークまで一ヶ月以上の延長する事により、あわよくば80万人程度の来艦者数を見込んでいるのかもしれない。実際3月25日段階で来艦者数は70万人を突破したそうだ。公開延長により、野戦OFF実施の可能性に一部の希望の光が差したにも関わらず、その後も悪戯に時間は過ぎ、3月も終ろうとしていたある日の事、私ATFの下に後輩伍長氏から一通のメールが届いた・・・それによれば、後輩伍長殿のスケジュールに目処がついたので、この機を逃さずに大和ロケセット野戦OFF作戦を決行しましょう・・・という内容だった。そうと決まれば、事は早急に進めねばならない!その後数度のメールが遣り取りされ、予てより収集した情報を基に、急遽大和ロケセット野戦OFF作戦実施計画が立案・決定された・・・!
【中国・山陽道横断三百キロ】 後輩伍長殿との間で取り交わされたメールにより、野戦OFF作戦実施計画は以下の通り決定された・・・ 大和ロケセット野戦OFF実施計画 �〆鄒錣老佝饑疚鵑琉戞⊆�家用車利用による長距離侵攻作戦とする ※北部九州軍管区からJR新幹線を利用した場合、行程的には二時間弱で尾道へ行く事が出来るが、交通費は往復で一人20000円程度掛る。自動車ならば高速料金+燃料費で一人12000円程度で実施可能。使用車両は後輩伍長殿愛車�爛轡紂璽泪奪六粟す罩� ��休祝祭日は混雑が予想される為、平日3月27日(月)の作戦発動とする ※片道四時間(休息込)程度予想される為、作戦開始時刻は○六三○時、現地での行動時間(セット見学)は一一○○時から一四○○時まで・・・帰着予定時刻一八○○時・・・往復600kmを超える日帰り強行軍となるも、参加将兵の士気旺盛なり! こうして作戦決行の準備は日々順調に進み、早くも決行日前日の3月26日。早朝の作戦開始の為、寝坊をしない様に早めに就寝するも極度の興奮状態により中々寝付けない私ATFは、数日前から社団法人尾道観光協会主催の大和ロケセット公式サイトにて調べ、プリンタで印刷していた侵攻ルートや現地地理、尾道市内駐車場等の情報綴りを何度も何度も見直していた。しかし中々眠れない理由は、それだけではなかった・・・実は私ATFには、予てより大和ロケセットをもし見学する事になったら是非やりたいと思っていた願望・・・それは極めて軍ヲタ的であった・・・があったのだが、実際その願望の実現が序々に近づきある事が、ヒシヒシと身体全体で感じられており、それが不眠の最も大きな原因に外ならなかったのである・・・果たしてその願望とは・・・(引っ張るなぁ〜)
【大和ロケセット野戦OFF・・・遥かなる大和[往路編]】 興奮で中々寝付けなかったものの、何時の間にか眠りに落ちていた私ATFは、寝坊防止の為にWでセットした2台の目覚まし時計の時差式アラームによって目を覚ました・・・○五四五時・・・眠い目を擦りながら洗顔。歯を磨き髭を剃り着替えを済ませ、後輩伍長殿からの出発連絡電話を待つ。○六一○時を過ぎた頃、後輩伍長殿が自宅を出発する旨の電話連絡が入る。さぁいよいよ作戦開始である・・・ 【画像1】 [画像上]自宅の玄関から一歩外に出ると、小倉の街はまだ日も昇っておらず、2km程離れたマンション群は霧に霞んでいた・・・ [画像左下]自宅マンションの脇を走る幹線道路は月曜の朝だと言うのに、未だ車通りも殆んど無い・・・ [画像右下]待つ事暫し・・・後輩伍長殿が愛車シューマッハ三世号にて到着。早速搭乗し、いざ出発! 【画像2】 [画像左上]自宅近くのランプより北九州都市高速に入る・・・ [画像右上]漸く朝日が昇って来た!・・・ [画像左下]都市高速上も未だ交通量は疎らである・・・ [画像右下]○七○○時、関門橋を通過。さらば九州こんにちは本州。因みに私ATFが関門橋を渡るのは、なんと20年振りである! 【画像3】 [画像左上]シューマッハ三世号は一路中国自動車道を突っ走る!が突然視界が早朝の濃霧で遮られる・・・大体視界100mくらいだろうか?止むを得ず安全の為、速度を落とす事に・・・ [画像右上]○七四○時小郡を通過。やがて中国自動車道から山陽自動車道へ進路変更・・・ [画像左下]JR山陽新幹線と同じく、山陽自動車道もトンネルが多い・・・トンネルを抜けると、そこは・・・またトンネルの連続である・・・ [画像右下]○八一○時、下松SAにて小休止。遅い朝食をとる。ここは小倉より148km・・・ようやく中間点と言ったところか・・・ 【画像4】 [画像上]○九三九時、小谷SAにて再び小休止・・・ [画像左下]最近のSAにはパン屋さんが出店していて、焼きたてのパンを売っているって事を始めて知った・・・ [画像右下]SAの観光案内所の壁の貼られていた案内件数BEST5のポスター・・・な、ななんと「大和ロケセット」が堂々の一位!こりゃひょっとすると・・・なんか厭な予感が・・・ 【画像5】 [画像左上]一○○三時、小倉を出発して早三時間半!遂に尾道ICに到着・・・しかし、ここでは高速を降りず、さらに山陽自動車道を先へと進む・・・ [画像右上]一○一七時、福山西ICに到着・・・ここでやっと中国自動車道に別れを告げる・・・ [画像下]福山西IC料金所通過し西瀬戸道(通称;しまなみ海道)を向島方面へ・・・遂に300kmもの道のりを走破!目指す大和ロケセットまであと僅かである・・・ 【画像6】 [画像左上]西瀬戸道を降り尾道と向島とを繋ぐ尾道大橋を目指す・・・ [画像右上]尾道大橋通過!・・・ [画像左下]対岸には目指す向島の街並みが・・・ [画像右下]尾道大橋を渡り終え、向島市街へ・・・ところが急に道路が込み出した・・・再び悪い予感が脳裏を過る・・・
【大和ロケセット野戦OFF・・・大いなる不安[現地到着編]】 300kmを超える長距離走破を終え、後輩伍長殿と私ATFは大和ロケセットのある尾道向島に無事到着した!当初の予測通り走行時間は四時間に達していた。既に太陽は空高く昇り、車内は熱い程の温かさである。途中の小谷SAでの案内件数のトップ項目が大和ロケセットであった事から、既に悪い予感はしていたのだが、向島市街に到着した途端に道路が混み出し、我々の悪い予感は一層大きなものとなっていた・・・しかし兎も角現地へ到着しなければ・・・向島市街の地理に不案内ながらも我々を未知なる道を進んで行った・・・ 【画像7】 [画像左上・右上・左下・右下]なんと向島市街のあちらこちらには無数の誘導標識やのぼりが設置されていた・・・お陰で我々は不案内な道ながら安心して進撃する事が出来た! 【画像8】 [画像左上・右上・左下・右下]現地に近づく程に至れり尽せりな誘導標識が続く・・・尾道市も結構なお金をかけてるなぁ・・・ 【画像9】 [画像左上]一○三四時、遂に現地(日立造船向島工場・造船所跡地)に到着する・・・画像左手側には尾道市街からの渡船乗場があり、多くの観光客が続々と下船していた・・・ [画像右上]日立造船向島(西)工場は、戦時中旧日本海軍の輸送艦等を建造していた。また一時連合軍捕虜収容所が併設され、捕虜が使役に従事させられていた。戦後は日本の海運事業復興に貢献し捕鯨船・タンカー・旧ソ連向マグロ漁船など最大3万トン級の船舶や小型船舶を造っていたが、2002年に日立造船の子会社再編に伴い工場は閉鎖された・・・古びた工場内の案内看板が歴史を感じさせる・・・ [画像左下]工場内の仮設駐車場へ向う車列・・・既にお気づきかも知れないが、我々の直前の黒いツーリングワゴン車は、画像6の右下画像及び画像8に写っている車両と同一車両で、なんと和歌山ナンバーであった!・・・ [画像右下]工場内仮設駐車場・・・既に多くの自家用車が駐車していた・・・我々も係員に誘導されるまま駐車した・・・さぁいよいよ大和と対面だ・・・ 【画像10】 [画像左上]降車した我々は、係員に誘導されるままシャトルバスを待つ行列の後ろに並ばされた・・・工場跡地は広く、海に面したドック跡に作られた大和ロケセットまでは結構な距離がある為、シャトルバス・・・と言っても普段は尾道市内を循環している様な、ちょっと使い古された中型定期ワンマンバスを転用したもの・・・が往復している。春休み中な為か観光客(見学者)には子供も多く見られた・・・ [画像右上]我々が並んだ時は、結構な人数の行列が出来ており、こりゃ随分待たされるのでは・・・なんて不安な気持ちにさせられたのだが、そんな不安に反して、シャトルバスは次々に規則的に運行され、それほども待たずに乗車する事が出来た・・・ [画像左下]料金はどこで払うのだろう・・・という疑問の答えも出せないままシャトルバスに押し込まれて行く・・・個人も団体も区別無く・・・ [画像右下]シャトルバスの車内は寿司詰め状態・・・我々は運良く座席に座る事が出来たが・・・まぁ座席の狭い事と言ったら・・・ 【画像11】 [画像左上]詰めるだけ詰め込んで、やっとの事でシャトルバスが発車・・・しかし未だシャトルバス乗り場には長蛇の列が・・・ [画像右上]閉鎖された工場内の建造物の横を進むシャトルバス・・・ [画像左下]閉鎖された工場内の建造物・・・ちょっと噂に聞いた話では、この向島工場でもアスベスト被害が出ているとか・・・桑原桑原・・・ [画像右下]日立造船向島工場内の巨大クレーン六基の中の一基。実はこれら高さ92m〜37mの巨大クレーン六基は、夜間それぞれ白、緑、青、赤、黄、紫のカラーでライトアップされ、尾道水道の水面に美しい光を煌めかせ港町を幻想的な雰囲気に包み込む演出によって2004年度環境デザイン部門グッドデザイン賞を受賞しているのだそうだ・・・
遥か300km以上の行程を乗り越えて、遂に尾道市向島の日立造船向島工場跡地に到着した後輩伍長殿と私ATFの前に、遂にその姿を現す帝国海軍の象徴・・・平日でありながらも春休みという最大の誤算に遭遇しながらも、我々は突き進む・・・次回『大和ロケセット野戦OFF従軍記・・・巻二』を乞う期待!【やっぱ続くぜッ】
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