ATFの戦争映画観戦記



【File117】外伝・・・おたくたちの大和〜大和ロケセット野戦OFF従軍記・・・巻三

2006年04月09日(日)

遂に念願の大和ロケセット見学を果たした後輩伍長殿と私ATF・・・特に私ATFは軍ヲタ的願望の極地とも言える牾し鎧絢鏃柿を着て大和ロケセット上で記念写真に収まると言う目的を達成し、心地よい満足感にどっぷりと浸かっていた。しかし我々に残された時間には限りがあった・・・日帰りという時間の制約は、大和ロケセットとの名残りを惜しむ余裕をそれ以上与えてはくれなかったのだ・・・それでは【開演ブザー】・・・今回も携帯電話の電源はそのままで・・・【前々回及び前回同様、文中の様々な書き込みには資料的価値は全くありません・・・(^o^;A】

【大和ロケセット野戦OFF・・・さらば戦艦大和[作戦第二目標、宜候〜ッ編]】
名残りを惜しみながらも、大和ロケセットを後にした我々は、帰還のシャトルバスに乗車する為に、順路に従い乾ドックの水密性扉上に仮設された通路を進んで行った・・・そこには仮設テントが張られ折り畳み椅子が並べられた簡易休息所と、大規模なプレハブ建造物が建てられていた・・・
【画像30】
[画像上]大和ロケセットと乾ドックを挟んだ対岸にある土産物売店・圭ちゃん食堂・資料館・お手洗いの入ったプレハブ建造物・・・元は撮影時のキャスト・スタッフの食堂・控え室・休息所・床屋・宿泊所・シャワー室・洗濯室・倉庫が設置さられた建物である・・・映画撮影用に建てられたと言うよりは、元々の造船所作業員の為の事務所や休息所の建物を利用した様に感じられた・・・手前は前述の乾ドック水密性扉上に設けられた仮設通路・・・
[画像左下]シャトルバス乗り場前に設けられた仮設テントの簡易休息所・・・話の種に画像の中の爐里椶雖瓩暴颪れている蜜柑果汁ソフトクリームなるものを食べてはみたけれど・・・感想は省略させていただく(汗・・・
[画像右下]一階圭ちゃん食堂入口前・・・残念ながら爐里椶雖瓩暴颪れている大和ラムネソフトクリームなる物は食べなかった・・・

ここで後輩伍長殿と私ATFは、売店内の強硬偵察を敢行した(残念ながら店内は撮影禁止)・・・圭ちゃん食堂(名前の由来は不明・・・多分名物コックさんの名前か、賄いの看板娘の名前であろう)自体は、それ程混んではいなかったが、我々は別途小休止(食事)の計画を後輩伍長殿が立案していたので、ここで食事を摂る事はしなかった(何でも狢舅促レー瓩名物だとか)・・・売店では、大和や映画に関する様々な関連商品・・・大和に関する書籍やプラモデルは良いとしても、饅頭や煎餅など日頃から尾道市内の各観光名所でも売られていそうな商品に無理やり「男たちの大和」の商標ラベルを貼っただけの様なものまで・・・が多種多様に陳列・販売され狂ったように記念の土産物を購入しまくる観光客たちで溢れかえり一種異様な雰囲気だった・・・我々はと言うと、その場の雰囲気に負け、結局記念品を少々購入して(汗)、早々にその場から撤退した・・・その後二階に設置された資料館を見学する・・・ここも館内撮影禁止という事で画像は無い・・・撮影に使用された衣装や小道具、資料パネルの展示と兵員用の烹炊所や居住区のセットが再現され、さらに隣の部屋では、映画のメイキング映像が放映されていたが、特にコレを見なきゃ帰れないぞ・・・と言う程のものでは全くなかった・・・尚、資料館と圭ちゃん食堂の画像を見たい方は【原寸大ロケセット公式WEBサイト[ロケセット情報]】を参照の事・・・こうして、更なる作戦遂行に向け、後輩伍長殿と私ATFは早々に資料館を後にしたのであった・・・
※尾道観光土産品協会によれば、7月17日の一般公開以来、大和ロケセット会場内売店での売上は一ヶ月間で約2,000万円との事・・・

時刻は既に一三○○時近く・・・既に作戦開始から7時間近くが経過しており、我々の身体も些かの疲労に襲われていたが、その疲労は全く心地良い疲労感とも思えるものだった・・・その心地良い疲労感を味わいながら、我々は次なる攻撃目標へ向う為に名残りを惜しみながらも復路のシャトルバスへ乗り込んだ・・・
【画像31】
[画像上]資料館を後にした我々の前には、都合良く復路のシャトルバスが待機していた・・・バス待ちで並んでいる観光客がちょっと多い気もするが・・・ひょっとしたらこのバスには乗れないかも?・・・
[画像左下]予想に反してシャトルバスにはすんなりと乗る事が出来た・・・
[画像右下]しかし、流石に復路では座席に座る事は出来なかった・・・まぁ3分程度(実際の距離は752m)の辛抱なのだが・・・
【画像32】
[画像上]仮設駐車場横についたシャトルバスから降りた我々は、駐車(因みに普通車で駐車料金200円)していた後輩伍長殿の愛車シューマッハ三世号に再び搭乗し、日立造船向島工場跡を遂に後にした・・・さらば大和よ!
[画像左下]午前中とは異なり、向島市街の道路は非常に空いていて順調に進む・・・
[画像右下]さらば向島・・・尾道大橋を通過し尾道市街に入る・・・
【画像33】
[画像左]JR尾道駅付近より対岸の大和ロケセットを望む・・・画像中の中央やや左側の巨大クレーン基部に見える灰色の部分が大和ロケセット・・・
[画像右]そしてJR尾道駅・・・落ち着いた雰囲気の小さな駅舎だ・・・
【画像34】
[画像左上]尾道市街で多少駐車場探しに手間取ったものの、どうにか有料駐車場にシューマッハ三世号を駐車した我々は、第二攻撃目標を目指し徒歩にて進んで行った・・・その第二攻撃目標とは・・・尾道の名物と言えば、そう猗道ラーメン・・・我々は後輩伍長殿がネット情報にて検索し、その数ある尾道ラーメン専門店の中でも最も有名なラーメン店である犲覯擶爿を目指し、不慣れな尾道市街を一歩一歩前進していった・・・やがて前方に何やら行列が・・・
[画像右上]その行列の最後尾に並んでみる・・・微かに見える看板から、ここが第二攻撃目標だという事が判明した・・・平日とは言え、この行列である!・・・大体20m程の行列か・・・待ち時間は少なくても30分は覚悟せねばなるまい・・・
[画像左下]待つ事10分経過・・・行列は10m程前進・・・この分だと予定より早く作戦を達成出来るかもしれない・・・
[画像右下]結局我々は、当初予測した30分よりも早く店内に入店する事が出来た・・・が、流石は人気一番店である・・・食券を購入し座席に着くも、またも暫く待たされる・・・さてやっとの事でお目当ての猗道ラーメン瓩砲△蠅弔韻寝罅垢任呂△辰燭・・・残念ながら店内撮影禁止の為、画像はない・・・

【大和ロケセット野戦OFF・・・遥かなる北部九州軍管区[復路編]】
元来時間をせっつかれて食べる食事が美味いはずもない・・・今回の第二攻撃目標たる尾道ラーメン実食作戦も、残念ながら余り良い思い出とはならなかった・・・その感想はと言うと・・・やはり我々豚骨ラーメン圏で育った人間としては、豚骨ラーメンが最高だッ!という事を改めて実感させられた、と言うものだった(涙・・・
【画像35】
[画像上]第二目標攻撃を完了した我々は、再び車上の人となり、帰還の途に着く・・・尾道市街を順調に走り抜け、一路山陽自動車道を目指す・・・
[画像下]尾道ICに到着・・・時刻は一四五七時・・・さぁ諸君(?)北部九州軍管区へ還ろう・・・
【画像36】
[画像]帰還の途の山陽自動車道上の走行は、至って快調に進んだ・・・ただ流石に長時間の運転に後輩伍長殿にも疲れが・・・私ATFも運転免許は持っているが、ここ三年以上も運転していない身としては、流石に自分の所有でない車での高速運転には自信がない・・・結局全行程の運転を後輩伍長殿にお願いする事になり、誠に申し訳ない次第である(そう思いつつも、私ATFは座席で一人居眠りを漕いていたのだった・・・汗)・・・疲労を少しでも和らげようと途中の厳島SAにて小休止・・・SAに併設された展望台から瀬戸内海を一望する・・・残念ながら霞みがかっており、絶景を堪能出来なかったのが誠に残念の極み・・・
【画像37】
[画像左上]その後も風光明媚な瀬戸内海の景色を横目に見ながら、車は山陽自動車道を快調に進む・・・
[画像右上]我々は確実に九州へ向っている・・・その証拠に進行方向に太陽が沈んで行く・・・
[画像左下]沿線の景色も目まぐるしく変わって行く・・・瀬戸内海沿岸の平野部を車は走る・・・
[画像右下]その後も数度の小休止を取りながら、安全運転に務める・・・さあ本州もまもなく終わり、九州は目前だ・・・
【画像38】
[画像上]やがて我々の目前に懐かしい関門橋が姿を現した・・・さぁこの関門橋の向こう側は我が北部九州軍管区である・・・ホッと安堵の溜息が漏れる・・・
[画像左下]海上交通の要衝である関門海峡の対岸には、門司の街並みが微かに望見された・・・
[画像右下]北部九州軍管区の山並みが優しく我々を迎えてくれた・・・時刻は既に一八○○時を大きく過ぎていた・・・
【画像39】
[画像上]やがて高速道に別れを告げ、我々を乗せたシューマッハ三世号は一路北九州市街へ・・・
[画像左下]門司ICの料金所にて通行料を精算・・・遂に我々は還って来た・・・時刻は一六四○時・・・作戦開始以来、実に12時間を経過し総走行距離は620kmにも及ぶ一大遠征作戦・・・大和ロケセット野戦OFFは、ここに無事完了したのであった・・・(号泣

【大和ロケセット野戦OFF・・・[野戦OFF後日談編]】
観戦OFF実施の翌日から観戦記執筆の準備に取り掛かったのだが、前述のとおり、まずその膨大な撮影画像の整理に手間を取られた・・・観戦記で画像を紹介するには、まず画像をネット上にUPしなければならないが、私が使用しているインターネットサーバーのデータ容量は元々余り大きくなく、今回撮影した画像を全てUPする事は不可能だった。そこでUPする画像を厳選して加工・縮小した。またサーバーへの不可軽減の為、Yahooフォトフォルダーへの画像UPも考えたが、画像へリンクするのに必要な画像アドレスが矢鱈と長くなり、今度はこの観戦記の書き込み字数制限の方に大きな負担となる為、敢え無く断念・・・結局画像のサイズを更に縮小し画質を落としてサーバーへUPする事となった・・・そう言う訳で画像が見難い点はご容赦いただきたい。さて後輩伍長殿が撮影した画像等も一部提供いただき、公開する画像の準備が完了し、いよいよ観戦記の執筆に取り掛かる。ネット上での大和ロケセットに関する情報を検索しながら観戦記の執筆を進めるも、いやぁ〜ネット上には大和ロケセット見学に関する情報のなんと多い事か・・・改めて驚かされる。そして画像も数多く溢れているのだが、結局みんな撮影するポイントは同じなので、どれも似た構図の画像になっている・・・そんな訳で、私ATFが撮影した大和ロケセットの画像の殆んどは、それ程珍しくない(汗・・・まぁ三種軍装で写った記念写真は別だが。そこでネット検索中に見つけた幾つかの画像も紹介させていただく・・・ますは食べ物や土産物に関するもの・・・
【画像40】
[画像左上]これが簡易休息所で私ATFが食べた蜜柑果汁ソフトクリームである・・・見た目は美味そうなのだが・・・
[画像中央上]圭ちゃん食堂の名物大和カレーである・・・他のカレーと何処が違うのか・・・食べてないので味は解らないが、ネット上で食べた人の感想よ読んだ限りでは爐泙襪燃い硫箸離レー瓩世辰人佑・・・しかし軍艦旗ってのも何だかなぁ〜これじゃまるで爐子様ランチ瓩・・・
[画像右上]売店で売っていたレトルトの狠砲燭舛梁舅/YAMATO カレーなる商品・・・なんでも狢舅促曠謄覘瓩量を再現した物だとか・・・これって圭ちゃん食堂のカレーと同じ物なのだろうか?
[画像左下]これが圭ちゃん食堂前の爐里椶雖瓩暴颪れていた狢舅促薀爛優愁侫肇リーム・・・これも食べていないの何とも言えない・・・食べた人の感想では、余り炭酸っぽい味はなく、逆にまったりとした食感だった・・・とか。
[画像中央下]これは後輩伍長殿が購入した狎鏨和舅造隆脇眇なる商品で、中に何が入っていたかと言うと、何と映画の中でも登場した乾パンと氷砂糖・・・後輩伍長殿曰く「乾パンは慣れ親しんだサイズではなく、クラッカーサイズの大きい分でした。自衛隊で使っている分と同じサイズかもしれません。白いのは氷砂糖です。こちらは市販分と変わりありません。しかしちょっと食べるのが惜しい。」との事。確かに乾パンは画像を見ただけですが美味そうです・・・
[画像右下]これは私が購入した狢舅促薀爛有なる商品。入れ物はガラス瓶ではなくペットボトル・・・上に巻かれた紙は、なんと複製された当時の新聞と言った凝り様!何でも旧海軍の艦艇に搭載されていたラムネ製造機は、呉市のラムネ製造メーカーで大正14年創業の中元本店と言う会社の創業者が考案したものだそうで、この狢舅促薀爛有は、その創業当時のレシピを基に再現されたらしい・・・兎も角お陰さまで「ラムネ」という名称の語源は「レモネード」だと言う事を始めて知った私ATFであった・・・
【画像41】
[画像]これは私ATFが購入した牾し海気鵑類麾蝓崔砲燭舛梁舅臓彜間限定オフィシャルバージョン・・・広島県呉市で珈琲一筋46年の昴珈琲店のオーナーが、常連だった元大和乗組員の方の話を基に試行錯誤と試作、試飲の繰り返しの上にようやく再現に成功したコーヒーとの事・・・昴珈琲店サイトにて通販可能です

続いては大和ロケセットに関するもの・・・
【画像42】
[画像上]少年特年兵たちの大和着任シーンの撮影風景・・・画像からも解る通り第一副砲塔は、この時点ではまだ製作されていない・・・
[画像中左]これは大和ロケセットの2005年3月25日完成当初の画像・・・完成当初は第一主砲塔は無くまた艦首部や第一副砲塔も無かった・・・この段階で4億円もの費用が注ぎ込まれていたが「映像に奥行きを出したい」と言う角川春樹氏の一言で、更に2億円の経費と一ヶ月以上もの時間をかけて艦首部及び第一主砲塔、第一副砲塔が製作された・・・
[画像中右]大和の前部木甲板・・・画像ではよく解らないが、結構痛みが酷い・・・実際の材質は防音性や断熱性に優れたチーク材が使用されており、防腐剤として濃茶タールが念入りに塗り込められていた。沖縄特攻時には不燃性塗料で黒く染めていたと言う記録も残っている・・・
[画像下左]対岸の尾道側から撮影した画像・・・大和ロケセットの後部構造が良く解る一枚・・・
[画像下右]更に遠景より望む・・・この画像の方が造船所ドックと工場建造物、巨大クレーンと大和ロケセットの位置関係が良く解る一枚である・・・
【画像43】
[画像左上]追加製作された第一副砲塔を正面から望む・・・やっぱ恰好良いなぁ・・・
[画像右上]艦橋左舷対空兵装区画を正面から望む・・・もう堪らんなぁ・・・
[画像左下]これはネット検索中に偶然発見した画像・・・なんと第二主砲塔って、ちゃんと旋回出来るんだぁ〜ッ!
[画像右下]前回観戦記「従軍記巻二」の【画像20】右下の画像の遠景に写っていたお城の天守閣らしきものの正体とは・・・ネット検索の結果、尾道市内にある標高137mの千光寺山頂から中腹にかけて広がる狎藐寺公園(桜の名勝地)瓩瞭鄒消爾砲△猗道城なる建造物である事が判明。ただし由緒ある歴史的建造物ではなく、昭和39年(1964年)に建てられた全くの観光用の施設。時の尾道商工会議所会頭が観光名所化の一環として、近世城郭の天守閣を模した展望台を建設。建築は鉄筋コンクリートの三層三階、入母屋造りの体裁を取っている。尾道駅の北側の丘陵上にあり、目立つこともあって一時は尾道市のシンボル的な存在ともなったが、結局は歴史的な背景が全くなく、逆に景観を損なうものとして賛否が問われ、1990年代に閉鎖された。現在では公開をやめてしまったため、廃墟と化している。尾道市ではこの建築物の今後の利用法に関して議論をしているが、未だ結論は出ていないそうだ・・・城郭マニアや廃墟マニアの間では結構有名なスポット・・・
【画像44】
[画像上]大和ロケセット上の見学コース順路図・・・今までに紹介した画像は殆んど青い線上の青●地点にて撮影したもの・・・他のネット上に溢れる大和ロケセット画像も大体同じ地点で撮影されている・・・
[画像下]大和ロケセットと呉の大和ミュージアムで展示されている1/10の大和模型との装備配置図をほぼ同率の画像縮尺にて比較したもの・・・如何に大和ロケセットが実物に忠実に再現されているかが、皆さんにも良くお解りいただけると思う・・・

さて、以上で今回の狢舅促蹈吋札奪般鄒錚錬藤峠招概は終演です!全行程約620km、総時間12時間にも及ぶ超駆け足な大強行軍野戦OFFとなりましたが、十分に元の取れた野戦OFFとなりました・・・長大なる全行程を運転に専念していただいた我が後輩伍長殿には感謝の気持ちで一杯です。本当にご苦労様でした!時間があれば大和ロケセットの周辺に点在していた他のロケ地(‐年特年兵常田とその母が最後の別れを交わした古い港町「鞆の浦」⊂年特年兵神尾の故郷「岩子島」少年特年兵神尾が幼馴染の少女妙子と別れを交わすボンネットバスの停留所「串の浜」)や、帰還の途上で寄り道して、呉の海軍兵学校(現海上自衛隊第一術科学校)や大和ミュージアムなども見学したかったのですが・・・まぁ欲張らないで次回野戦OFFのお楽しみ・・・と言う事にして置きましょう・・・か!【続く】

【補記2006/05/31】2006年5月7日に「大和ロケセット」の公開は終了したが、最終的に来場者数は100万人を突破したそうだ。また25mm三連装機銃など一部のセット資材は、呉の大和ミュージアムへの寄贈が決定されたらしい・・・。

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