せきねしんいちの観劇&稽古日記
Diary INDEXpastwill


2008年06月08日(日) 千穐楽

 13時と17時の開演。
 マチネ。3場のセリフをかんでしまう。あたふたとしゃべるところなので、「あせってるかんじがするからいいんじゃない?」と言われたりもしたのだけれど、やっぱりショック。気持ちを表現しようとするからいけないんだ。言葉を伝えないとね。
 終演後、岸本くんと丸尾丸さんにご挨拶。突然来てくれてびっくり&感謝。「やせた?」と聞かれて「髪型のせい」と答え、その後、フライングステージのこれからの予定(年末のgaku-GAY-kaiのことなど)を話しているうちに、「ようやくいつもの関根さんになった」と言われる。うん、たしかにそうかも。
 富士見丘小学校の宮校長先生にもご挨拶。「この間と全然違う」と驚かれる。前回見ていただいたのは「新・こころ」の下宿のおばさんで、和服で日本髪だった。僕もびっくりだ。もっというと、先月は、鹿殺しの「狂人教育」で白髪を振り乱した黒の総レースのドレスを着たおばあちゃんだったわけだから、岸本くん、丸尾丸さんが驚くのも無理はない。
 今日もANZAさんからお弁当の差し入れをいただく。昼夜の間の短い時間、とてもありがたい。おいしくいただく。ごちそうさまでした。
 ソワレの舞台の開演前、舞台上で三谷さんが谷川俊太郎の「おなら」の詩を演じてくれた。富士見丘小学校で谷川さんが演じてくれたのとはまた別のおもしろさ。
 そして、千穐楽の舞台。
 僕は、開演してからずっと舞台奧にいさせてもらっている。楽屋の明るさと舞台を行ったり来たりするのは苦手なのと、やっぱり舞台から聞こえる生の声に耳をすましていたいと思うので。
 今日で最後の「襤褸と宝石」、全部の言葉がとても生き生きと心に届いた。何回も聞いているセリフなのに、ああ、そうなんだと思うことが今さらながらたくさんあって驚く。
 戦争中、ジュリアはどうしていたんだろうとか、戦地で民生は何を見てきたんだろうとか。言葉の向こうにある人生をいろいろ想像する。
 無事に終演。カーテンコールで暖かい拍手をいただく。
 楽屋で久しぶりの九美さん、古川さんにごあいさつ。どうもありがとうございました。
 楽屋を片付けて、一足先に打ち上げに。
 ばらしは、若手のみなさんががんばってくれている。感謝。
 今回、もう何度目かの居酒屋での打ち上げ。
 今日も三谷さんから素敵な言葉をいただいた。
 芥川比呂志さんの言葉。俳優は生涯に三本、「やってよかったと思える舞台」にめぐりあえたら本望だと。主役だけがいい気持ちになるんじゃなくて、脇役や裏方の全員がやってよかったと思える舞台が三本。そして、三谷さんは、おっしゃった。今回の「襤褸と宝石」はそんなだったと。
 ほんとうにそうだなあと僕も思う。
 正直、はじめはどうなるんだろうと心配がたくさんだった公演。「襤褸と宝石」という戯曲も、なんだか描き切れていないような、もどかしさがあって、セリフもなかなか入らないでいた。
 それでも、稽古をして本番の舞台を重ねていくうちに、大事なのは、生きた人間としてそこにいることなのだということがわかってきた。
 舞台の上でちゃんと生きた心と体で人と関わりながら、その時その時を新鮮に生きていければ、思いが祈りが生まれてくるんだということ。
 僕は、3年ぶりの男性の役、稽古のはじめのうち、本当に僕でいいんだろうか?と思っていた。
 僕じゃなきゃいけないものしかやらないと思って、もうずいぶんになるけど、今回の支配人の役は僕じゃなきゃできないものになるんだろうかと、心配だった。
 それが、いつのまにか大丈夫、これでいけると思えるようになったのは、健翔さんをはじめとする一緒に舞台をつくったみなさんのおかげだ。
 ほんとうにありがとうございました。
 今年に入って、僕はもう何本もやってよかったと思える舞台に出会えている。
 感謝しながら、もっともっといろいろなことに挑戦していけたらと思う。


せきねしんいち |MAILHomePage

My追加