せきねしんいちの観劇&稽古日記
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2008年06月07日(土) 芝居は祈り

 二回公演。そして中日。
 今日もいい天気。
 シアターΧのある両国の街に吹く風は、川風、海風のようにかんじられて、余計すがすがしい。
 お客様に「冷凍人間みたい」と言われたという上原くんの歩き方について、あれこれアドバイスさせてもらう。それにしても「冷凍人間」って・・・。
 マチネ。
 ANZAさんの歌がものすごい迫力だった。「レ・ミゼラブル」の「ON MY OWN」がよみがえるような切なさ。舞台裏の暗闇でしみじみ聞かせてもらう。
 いろいろなことがありながら終演・・・。
 終演後、見に来てくれたマミィこと石関くんとひさしぶりにおしゃべり。劇団のこれからのことなどあれこれ。
 ソワレまでの短い時間、差し入れのパンやおせんべいのおすそわけをいただく。昨日の清田さんのバースデーケーキもおいしくいただく。
 楽屋でスタンバイしている時間に三谷さんのお話をうかがう。
 来年1月の「なよたけ」(健翔さん演出、三谷さん美術)の話から、芥川比呂志さんの「なよたけ」についてのエッセイにあったお話。不安でたまらない「なよたけ」の初演の初日前に、演出席にとなりに(今は亡き)加藤道夫さんが座っていて「だいじょうぶ」と言ってくれたと、芥川さんは書いていたそう。だから、初日の調光室にいた加藤道夫さんもほんとうにいたんだよと、三谷さんは話された。
 ソワレ開演のスタンバイに楽屋から舞台裏の螺旋階段を下りながら、途中で立ち止まって舞台裏の天井を見る。これまで気にとめたことにない空間が、何かで満ちているようなそんな気がした。
 「芝居は祈りである」と言ったのは誰だったろう。ふいにそんな言葉を思い出した。
 台本を書いて、演出して、芝居を立ち上げるいつもいつもの作業の中、一番つらいときに僕が思うのはこの言葉、「芝居は祈りである」だ。
 このところ、前回の「狂人教育」、そして「襤褸と宝石」ととても恵まれた客演の舞台で、この言葉を思い浮かべて、文字通り「祈る」ことはなかったなあと。
 劇場の暗闇に向かって、祈ってみた。神頼みというんじゃなく、誰かに捧げるための舞台がどうぞうまくいきますように。おごることなく、自分のやるべきことが全うできますように。
 そして、開演した夜の公演。
 スタッフ、キャスト全員でつくりあげた舞台は、祈りになっていたんじゃないかと思う。
 演じながら、舞台裏で舞台上で行われていることに耳をすましながら、そして、カーテンコールで大きな拍手をいただきながら、僕にはそう思えた。
 終演後、ロビーで、福山さん、三枝嬢、奈須さんにごあいさつ。
 ロビーの隅で、健翔さんが「冷凍人間」の上原くんに、ナンバにならない歩き方の練習をさせていた。まずは、腕を振らないで固めて歩く練習をして、それから、力を抜いてみる。なるほど、上原くんは、自然に腕を振りながら(ナンバじゃなく)歩いていた。
 今日の舞台、健翔さんが「みんなセリフが自分のものになっていた」と言っていたと伝え聞いた。たしかにそうだったと思う。
 これまでの舞台とどこがどう違うとはっきりと言えないけど、言葉にならない、分量としても計れない部分が、きっと「祈り」ってやつの正体だったりするんじゃないだろうか。
 もともとは神に捧げるものだった演劇の根っこにある「祈り」のひたむきさや謙虚さを忘れずにいたいと思った。
 同じ時代に生きられなかった劇作家加藤道夫さんに、とてもダイレクトにつながる交信を僕らは毎日送っているのかもしれない。今は亡き劇作家に思いをはせながら。
 家に帰って、本棚を探した。「芝居は祈りである」という言葉はどこにあったろう。
 内村直也「ドラマトゥルギー研究」にその言葉はあった。
 「少なくとも、ぼくらが創り出そうとしている演劇には、娯楽と同時に、『祈り』がなければなりません。」
 戯曲を書き始めた頃、僕がとても頼りにしていたこの本に、「演劇は祈り」という言葉があったんだ。誰の言葉かはすっかり忘れてしまっていた。加藤道夫が愛した、ジロドゥの「オンディーヌ」を訳している内村直也。なんだか、またここでも加藤道夫という人が身近になったように思えた。
 明日は千穐楽。


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