せきねしんいちの観劇&稽古日記
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| 2007年01月19日(金) |
富士見丘小学校演劇授業 「光速マシーンに乗って」本番 |
今日もダンスの朝練をするということで、僕たちも8時に体育館に集合。 去年は、蓄光テープをひな段に貼ったり、気持ちもどこかあわただしかったのだけれど、今年はすんと落ち着いた気持ち。それがとても不思議だ。 宮崎さんの指導で全員でダンス。全員参加の練習というわけではないのだけれど、ほぼ全員が集まって、元気に踊った。朝一番のウォーミングアップだ。 その後、六年生は校庭で卒業アルバムのための集合写真の撮影。僕たちは体育館で最後のアドバイス、演出の変更点をどう伝えようかと打ち合わせ。 最後の場面にひな壇に全員集合するところを、立つのではなく座ってもらうことに変更する。その方が暗転中に星空がよく見えるから。 その後、一回ダンスだけをさらって、本番前に一度通してみる。細かく小返しをするより、通してみることで全体の中に自分がどういるのかを確認してほしい。 昨日の夕方から体育館に来た大型の石油ストーブはかなり強力なのだけれど、今朝になってから点けたのでなかなか暖まらない。外は強い風が吹いていて、校庭側のドアのすきまから冷たい風がどんどん入ってくる。大きな音のするストーブを今はつけておこうということで点けっぱなしにしたので、台詞はかなり聞こえにくい。 そんな中、子どもたちはがんばった。ちょっと元気がないかな?という部分もあったけれど、本番のできがいいかんじにイメージできる、そんな最終リハーサルだった。 開演前に横内さんが来てくれる。差し入れをたくさんいただく。感謝だ。時間をやりくりして来てくれたというそのことが、とてもうれしい。 教室には戻らないで、そのまま下級生を迎えて、本番開始。下級生、特に低学年の子どもたちがどんなふうにこの芝居を観てくれるかがとても心配であり、また楽しみ。 上演中、小さな子供たちは、騒ぐこともなく、しっかり見つづけてくれていた。登場人物のおかしな一言一言にちゃんと反応して笑ったり、空を指さして見上げれば、一緒になって上を向いたり。 この芝居の中盤は、かなり重厚な台詞の芝居になっている。未来人が過去を悔いて話す場面、そして、未来に来てしまった博士一行が現代に戻るには、大切な思い出を置いていってくれなくてはいけないと話す場面、そして、その思い出はエネルギーとして使ってしまうと、全員の記憶から消されてしまうと話す場面。 終了後のふりかえりで青井さんが話したように、この場面はこの芝居の要になる部分だ。そして、この場面が芝居全体の中で一番だれやすい時間、開演して45分過ぎたあたりにある。 出演していた子どもたちは、下級生を前にして、やや緊張気味だったせいもあり、このあたりの台詞のとおりがちょっと悪くなった。それでも、低学年の子どもたちはさわぐことなく見続けてくれて、最後の星空では歓声が、全員の歌で暗転したときには大きな拍手がおこった。 発表のあと、視聴覚室でふりかえり。今の発表の感想を子どもたちから言ってもらい、僕たちからも思ったことを言わせてもらう。 給食をミーティングルームでいただいて、その後、保健室に移動して一休み。こんなに長い時間、保健室にいるのは初めて。青井さん、健翔さん、里紗ちゃん、扉座のにいやん(新原くん)とおいてある本を見てみたり、くつろぐ。大人がこんなにいる小学校の保健室ってなんだか舞台みたいだと話す。保健室ってたしかにドラマチックだよねと健翔さん。その後、場所もおもしろいけど、いる今日の面々もかなり特別だねと言い合った。 五時間目は、他の学年は研究授業。六年生は、一度視聴覚室に集まって、午後の保護者と来賓の方々に見てもらう舞台の準備。 細かい修正はなるたけなしにしたかったのだけれど、最後の暗転の後のランプと星球の付き方のタイミングを直す。ランプを持っている未来人たいが役のコバヤシくんには、最後になって新たな段取りをおぼえてもらわないといけない。それに対する他のみんなのリアクションも変わるので、これもまた全員の仕事だ。 体育館に移動して、段取りの確認。いいかんじになった。 最後に、講師陣から一言ずつ。僕は、これから見てくれる大人は、午前中の子どもたちよりももしかするとあまり集中して見てくれないかもしれません(去年はややその傾向があった)。だから、余計に芝居を「手渡す」ことを意識してください。みんなに書いてもらった作文をもとに僕と篠原さんはこの「光速マシーンに乗って」を書き上げました。どの台詞もとても大事です。全部の台詞がきちんと聞こえて、お客さんに届いてほしいと思います。「手渡す」ことを忘れないでくださいね。 そう言いながら、篠原さんに見えない「モノ」を手渡した。「こんなふうに」と。篠原さんは、その何かをひな壇に並んだ子どもたちの一人に渡した。健翔さんが、みんなで回してごらんと言ってくれた。子どもたちは、その何か、たぶん「思い」を全員で順に手渡してリレーしていった。最後にまた篠原さんが受け取って、体育館の広い空間に向かって広げた。 何の打ち合わせもしていなかったのだけれど、この「手渡し」の確認はとてもいい時間だったと思う。 この間、全員で数を数えたのと同じくらいの集中をみんなが共有できたんじゃないかと思う。 その後、開場。子どもたちは、舞台にいたまま、お客さんを迎えた。僕はこのゆるいかんじがとても好きだ。袖で引っ込んでドキドキするよりずっといい。今回は単純に時間がなかったせいだけど、結果として子どもたちは、心の準備がずいぶんできたんじゃないかと思う。 劇作家協会からは永井愛さん、それに斎藤憐さんが来てくださった。 予定した席はみるみるいっぱいになって、僕は、こっちが空いてますよと、先生方と一緒に客席の誘導をしていた。 そして、開演。 大人達は、びっくりするくらい集中して舞台を見てくれた。子どもたちもそれに応えて、ていねいに芝居を積み重ねていってくれた。見ながら、さっきみんなで話した「手渡す」ということが、目の当たり現実になっているのを見て、涙が出てきた。 一番気がかりだった未来人の場面、リーダーのむつき役のナナコちゃんが、この芝居の要、ポイントになる台詞をこれまでにない力強さで語ってくれた。感動する。 今は遺跡になってしまって動かない光速マシーンを動かすには、思いの力の中でも一番強い、思い出の力が必要だ。過去に戻るには、その中でも一番大切な思い出を使わなくてはいけない。ただし、エネルギーとして使った思い出は、全員の記憶から消去されてしまう。 このロジックは、実は、ナナコちゃんが書いてくれた作文から取り入れたものだ(「むつき」という役名も)。その台詞を語る、この「むつき」という役を、ナナコちゃんはオーディションのとき、自分でやりたいと言ってくれた。今日のむつき役はとても素晴らしかった。 「全部の台詞が聞こえたい」とお願いしたとおり、この回の台詞はどれもみんな聞こえてきた。何度も見ている僕だからかもしれないけれど、これまでにない手応えをもった言葉になって体育館にひびいていたことは間違いない。意識するってなんてすごいんだろうと思った。そして、そのことをやってしまえることのすごさ、今この場所、時間にいることのかけがえのなさを思った。 最後の暗転。たいが役のコバヤシくんが掲げたランプ(思いの力でともった)をみんな見ているなか、星空が浮かび上がって、フロアの博士一行が現代に戻ってくる。 ランプにこもった思いが、きれいに星空につながり、広がった。 大切な思い出として、自分と歩ちゃんの思い出を使ってと申し出た犬のチョコ。現代に戻ったチョコは、一行から離れてぽつんと座っている。みんなの記憶から、仲良しだった歩ちゃんの記憶からもいなくなってしまったからだ。 チョコの声のルイちゃんと操りのイイダさんに、僕は「博士たちが歩き出したあと、ちょっとだけ待ってから後を追いかけて」とお願いした。その方が、チョコが忘れられてしまったということがわかるからと。 この微妙な段取りを二人はみごとに演じてくれた。そして、歩に追いつくと「キャン」と鳴く。振り返った歩は、「かわいい犬。お前、捨て犬? うち、今、お母さんがいないから飼えないんだ。ごめんね」と歩き出す。また「キャウーン」と鳴くチョコ。歩は「おいで、名前なんていうの? チビ? ポチ? 茶色いからココアかな? チョコ?」「キャン!」「チョコ! はじめまして、私は歩。一緒に行こう!」「キャン!」 この場面は、ラストをどうしようかと考えているときに長崎先生から提案してもらったアイデアをもとにしている。記憶から消えたまんまじゃ哀しいし、こういう再会って「韓流ドラマ」によくあると。 そうしてできあがった、この芝居のラストは、名場面だと思う。チョコ役の二人も、歩役のスギヤマさんもとてもすばらしかった。 そして、最後に全員で歌う歌「毎日が大切な思い出」。劇中、どの思い出が一番大切かを話しあった子どもたちは、思い出に一番も二番もない。毎日は思い出のかたまりだと気がつき、「毎日が大切な思い出」という歌を歌う。この考え(思想)も子どもたちの作文からもらったものだ。 僕たちは、台本を書く中で、「あなたの一番大切な思い出を教えてください」と作文の宿題をお願いした。届いた作文には、すばらしい思い出がたくさんあって、その中のいくつかをそのまま、また何人かの思い出をつなぎあわせて、芝居にとりいれた。そして、何人もが書いてくれた「思い出に一番も二番もない」「毎日が大切な思い出だと思う」というのもそのまま使わせてもらった。歌の歌詞も子どもたちにこの場面をもとに書いてもらったモノに手をくわえてできあがっている。 大人が思いついて、「こういうことだから歌ってね」と渡したものだったら、この歌はこんなに胸に迫るものにならなかったと思う。その微妙さ、ほんの小さなことだけれど、この違いを丹念につむいでいくことが、僕たち、大人の演劇人がやらなければいけないことだと思う。 歌い終わって、星空を残しての暗転。大きな拍手をいただいた。 視聴覚室で振り返りをして子どもたちは下校。 講師陣も一言ずつ感想を言わせてもらった。子どもたちはみんなとてもいい顔をしていた。一人残らず。ちなみに今日は欠席の子は一人もいなかった。全員で、ほんとに全員で力を合わせて舞台をつくりあげた。 僕はこんなことを言わせてもらった。「お疲れさまでした。すばらしい舞台でした。台詞はみんな聞こえていましたし、ちゃんと届いていたと思います。みなさんの伝えようという思いが伝わってきた舞台でした。今、みんながとてもいい顔をしているのがほんとうにうれしいです。演劇というのは、一人ではできないことを大勢で力をあわせてつくりあげるものです。今日は、みなさん全員が一人一人がんばって、力を合わせて舞台をつくりあげました。出演者もスタッフも先生方も僕たち講師もそして観客のみなさんもみんなでつくりあげた今日の舞台です。今、みなさんが心の中で感じていることが、芝居をつくりあげることのよろこびです。僕たちは、その気持ちをずっと味わっていたくて、演劇を続けています。」 解散して、そのまま体育館のシンポジウムへ。青井さん、健翔さん、里紗ちゃん、にいやん、平田さんと一緒に、後方のマットや平均台に座ってお話をうかがう。 去年、総合的な学習の時間についてお話をしてくださった嶋野先生。僕は、先生方と一緒にそのお話をうかがって、演劇授業のあり方について考えるきっかけをたくさんいただいた。富士見丘小学校で通年で行っている、「対話・会話」の授業の栗岩先生。PTA会長の木村さん。そして、長崎先生と篠原さん。司会は、学校評議員でもあり文化庁国語調査官の鈴木仁也さん。 心に残る、そしてうれしい、また大切なお話をたくさんうかがった。中でも、木村さんが、2、3年生のご自身のお子さんたちに「六年生になったら演劇やりたい? ずいぶん大変みたいよ?」と聞いたところ、「やりたい」と言っていたというお話がとてもとてもうれしかった。 シンポジウムを聞いていた大勢の保護者の方、そして発表を見に来てくださったみなさんが、最後までずっと残ってくださっていたこともうれしく、ありがたかった。 終了後、大いそぎで撤収。その後、先生方と一緒に、打ち上げというか振りかえりの会におじゃまする。 去年の6年生の担任だった若林先生とあらためてご挨拶。 田中先生、阿部先生のお隣に座って、授業の裏話をいろいろうかがう。今日の昼休みに特別に練習をしていたということ。子どもたちの言葉もたくさんうかがった。こうして、ある意味、ざっくばらんにお話ができている今がとてもうれしい。 一人一人の挨拶の時間、僕も一言。「去年の発表会の後のこの席で、三年目は先生方に演劇授業を受け渡すのが目標だとお話ししたと思いますが、今年一年、そして今日の発表まで先生方の取り組みを拝見して、その目標は果たせたのではないかと思っています」とお話しする。 三年間の演劇授業は一年ごとがどうなるかわからない、その場その場で考え実行していかなくてはいけないことばかりだったけれども、講師陣と先生方は、協力して演劇授業を作り上げることができるようになったと思う。 三年もかかったというべきか、三年でできてしまったというべきかはわからない。 子ども達に、コミュニケーションの大切さを伝えるため、演劇のおもしろさを感じてもらうための演劇授業を通じて、僕たちは、まさに子どもたちに教えようとしていたそのことをそのまんま学んだのだと思う。そのことをあらためて思った。 帰りの電車では、篠原さんと今日のふりかえり。そして、来週の浴風園での発表の打ち合わせも。
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