せきねしんいちの観劇&稽古日記
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劇団の倉庫の引っ越し。亀戸にある今の倉庫から両国にある新しい場所に引っ越すことになった。ジャスミンさんのご厚意に感謝。 集まったのは、マミー、小林くん、トシくん、それにノグ。ノグが運転するワゴンで2往復。すっきり引っ越し完了。 亀戸の倉庫は、細い路地の奥の二階で、車からの距離があるのがけっこう大変だった。引っ越した先は、真ん前まで車をつけることができる一階の部屋。すばらしい。 両国に住むトシくんの家から数分の距離(通りからマンションが見えてる)ということもわかり、大量に出たゴミもマンションのゴミ置き場で処分完了。こちらも大助かりだ。 一度家に帰ろうかと思ったのだけれど、結局、途中の亀戸で断念。ちょっと一休みと入ったスタバでコーヒーを飲みながら、時間まで原稿に向かってしまう。
夜、フラジャイル公演「塔」@駒場アゴラ劇場。 開演前、いっこうちゃんにばったり。制作をお手伝いしている詩森ろばさんにもご挨拶。 111階のビルの最上階にあるエレベーター制御室。止まっているエレベーターをめぐる、管理人とそこにやってきた人々の物語。 劇場のまん中に大きく張り出した舞台の中央にくみ上げられた巨大な滑車の装置が迫力。 111階の窓を開け放した空間の処理や、妙にレトロな建築様式で緻密に作られてる室内の装飾や、バーンと閉めてもびくともしないドアが見事。 止まったエレベーターを動かすか否かというのが、ドラマの基本になるのだけれど、やりとりの中心は、確信犯的な「翻訳調」の台詞で行われる。この台詞がくせ者で、役者一人一人でこの文体の受容のしかたが違うのが、実は芝居自体よりもずっとずっとおもしろかった。つまり、芝居のおもしろみよりも、役者のおもしろみで僕はこの芝居をみた。 役者さんたちはみんな熱演しているのだけれど、明樹由佳さんと有川マコトさんが、中盤から登場すると、二人の台詞の肉体化のしかたの見事さに圧倒された。二人は、このエレベーターの管理人としてやとわれたという「流浪の民」。旅の途中で産まれた女の赤ん坊を抱いている。 明樹さんはまさに「女まるだし」だった。女の弱さも、ずるさも、かしこさも、強さも、すべて見せる、その存在のしかたがとんでもない。有川さんは、言ってみれば「弱さとずるさまるだし」だろうか。それまで、レトリカルな台詞の応酬ばかりで、そこにいる人物自体が見えてこないもどかしさが、この二人の登場で一気に解消された気がした。 二人からはサブテキストが実にきっちり伝わってくる。難しいやりとりが続くと、見てなくても聞いていればいいやと思って、僕は時々、しゃべっている役者さんを見ないで、舞台のまん中にそびえる「滑車」を見ていたのだけれど、この二人はいつまでも見ていたいと思ってしまった。知り合いだからということでは全然ないと思う。特に、曖昧な台詞のまま、明樹さんが有川さんを誘うときの、エロチックなかんじ。赤ん坊に対する残酷な思いなどなど。台詞の合間から立ち上るものがすさまじかった。 劇中、「やさしさは、人の足の裏をやわらかくする」という台詞があった。いい台詞だ。裸足で登場する人物が多くて、客席に取り囲まれた舞台では、役者の足がとてもよく見えた。緊張のせいか、芝居と関係なく、足の指が反ってしまう役者さんが何人もいて、どうしたんだろうと思っていたのだけれど、明樹さんと有川さんは、とっても「柔らかい足の裏」をしていた。いつもきっちり自分の足で立って、歩きながら、台詞をしゃべりながら、足の裏が余計な動きをすることがなかった。様式的な動きをしていても、不自然な文体の台詞を口にしても、「しょうがないよ、だってそう書いてあるんだもん」という後付けの芝居でなく、きっちり手の内のものとしてしゃべるというのは、そういうことなのかもしれないと思った。台詞は、自分の言葉として発せられれば、もはや文体も何も気にならないんだ。これまで何度も見ている二人の役者さんの腕のすばらしさを、改めて見せてもらった気がした。 終演後、明樹さんにご挨拶。いっこうちゃんとひさしぶりにおしゃべりしながら、渋谷まで。いっこうちゃんも見たピンクトライアングルの芝居のことなども。2日続けて、終演後話がしたい芝居に出会えた。
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