22sentimental

2006年04月03日(月)
アタシは、サービス業向きだって小学校のころ仕事の向き不向きの適正テストで そうゆう結果をもらったことをよく覚えている
小学校のころは、ずっと警察官になりたかった 本当にずぅっと婦警さんと夢のところに書いていた
だから、サービス業のグラフがグンと長くて 公務員のグラフがちょこっとしかなかったのをすごく残念に思ったことを よく覚えている
むしろ事務員の方が長かった、 こんなにアタシは正義感が強いのに警察向きじゃないんだろうって でも、それでも、アタシは警察になるんだ!って思った
それから なんで警察を目指すのを辞めたたかって、 剣道や柔道をやらずにソフトテニスを中学に入ってはじめてしまったことや
何よりも警察は 人の人生で最大に最悪な日、というところに必ず警察があるからだ
警察は人を守るけど 警察と関わることはその人にとって何かの不幸な日だし
なにより、人を守るという立場でありながら警察は人々から敬遠される存在なことが これからなりたいもの、なのに悲しかった
それに、アタシ自身何回かの最悪な日(万引き犯になぐられたり)を経験して ぬるい内部を見るとならなくてよかったと思う
だからその逆説ではないけれど 人の幸せに関わる仕事がしたいと考えはじめたんだ
短大を出て、全然そんな希望と関係ない市役所という場所に入ったけれど 確かに事務職には適正していたけれど 公務に関わるに連れて、”ルール(行政法etc.)ありき”の社会が とても窮屈で、やるせなくなってきた
できるのにしない、やれるのにやらない、がんばらない、がんばろうとしない 人によかろうとすることをしてはいけないと言われる環境が なんだか、苦しかった
自分のできることをしたいと思うことをやれる環境に身をおきたくて 今のサービス業、販売業、に身をおくことにした
これは正解だったと思う。 したいことをして、誰にも文句も言われず むしろそれが店の信用や、店の評価につながることなんだから
いずれにせよ あのアンケートは当たっていたね。あたしは公務員のようにルールを重んじる 職業よりも、サービス業を選んだし。
いい人に会うと、心がフワァって嬉しい気分になって 古いけどスキップしてしまうくらいなんか世の中にワクワクしてしまう
少なくともアタシはたまに善い人に会うと目がキラキラして スキップしそうになる
アタシは、店員さんになった以上、お客さんの「いい人」に出会ってしまった! みたいな、わくわくを与えたいと思う
よろこばれるであろうことを一生懸命する。それはアタシの自然な気持ちな作用から 移される行動だったり言動だったりする 別に無理をして笑ってないし無理をして嬉しそうにしてるわけじゃない
でも、自然な「いい人」になろうとする作用は 素な自分じゃないことに気付く。演じてるんじゃないかって、思う。
ふと一人になってそれがはがれると 泣きそうになるほどしんどく感じていたことに気付く。
それはなんか例えば 芸能人は自らカメラの前に立つことを選んだのに 常にカメラが回ってたりカメラに追われることがしんどく感じるのと同じかも
いい人になろうとするのは、友達関係も一緒で どこかで、その人に合わせて「ふじもっちゃん像」ってのを作ってる気がする 円滑な友好関係を築くために自分はどういう形でいればいいのか
常に心の中でくるくると気を回して行動したり発言したりしてるのかもなぁ
それは自然発生的なもので、悪いことだとかは全然思わないけれど。 (むしろそれがないと人間関係は破滅してると思う)
大和と一緒にいるときは特別そうゆう気持ちが働かなくて なんで、大和といると楽なのかなぁって考えたらそれに行き着いた
いいひとぶりながらアタシは今まで楽しくくらしてきた いいひとぶってたら、いつの間にか自然にいいひとになりきっていた
でもアタシは今度男の人を選ぶとしたら 相性が合うとか、センスがいいとか、顔がいいとかじゃなくて
自分がこの人の前では善い人ぶらなくていいんだってなんかそうゆう気持ちに なれる人が現れるといいなぁ。

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