もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2019年09月11日(水) 激動の九州3 奈留島 久賀島

朝、起床・・・

本日も晴天なり♪




朝起きて、昨日買ったコンビニ飯の残りを部屋の冷蔵庫から
出してサクッと食ってから出発!

車で目の前の「福江港」へ

今日も島を巡ります。

まずは乗船手続きを済ませてフェリーの乗船待場で
車内で待機!
五島旅客船にて福江港を8:05発のフェリーに乗って

昨日行った若松島のお隣りの奈留島を目指します。

1時間弱のあっと言う間船旅を終えて8:50に
奈留島の玄関『奈留港』へ到着です。

まずは予約していた世界遺産の教会を目指して
島の奥地、緑豊かな島の道を進みます!

やって来たのは『カトリック江上教会』
江上天主堂の歴史は、1881年(明治14年)西彼杵郡などより
移住した4家族が洗礼を受けた事が始まりと云われています。
現教会は、1918年、40〜50戸あまりの信徒が共同し、
キビナゴの地引網で得た資金で建てられました。
日本における教会建築の父・鉄川与助に依頼し、設計施工。
クリーム色の外壁や水色の窓枠がアクセントの、今では少ない
木造建築の素朴な教会です。
コウモリが羽を広げたような天井は賛美歌の声を美しく響かせる為
のもので、柱に描かれた文様や光を巧みに操る技法など、文化財と
しても価値の高い建築様式です。
また、手描きの木目の柱や花の絵の窓ガラスが資金難の中でも
出来る限り素晴らしい教会を造ろうとした信徒の苦労の見る事が
出来ます!


奥地から港まで戻り道で『奈留教会』へも立ち寄りました。
奈留島の中心地にある、広い敷地内に建つ白くて美しい教会で
江戸時代末期、大村藩から移住した潜伏キリシタンたちは、
奈留地区の葛島をはじめ島内各地に分かれて住み、開墾に従事しながら
小さな集落を形成していきました。
1868年(明治元)の五島崩れの翌年、葛島の信徒12戸が役所に
呼び出され、当時の頭取(郷長)ら3人が算木責めの拷問を
うけましたが、奈留島ではこれ以上の迫害は伝えられていません。

1873年(明治6年)に禁教が解かれ、五島各地に教会が次々に
建てられましたが、その頃の奈留島と周辺地区には葛島と江上の
2教会しかありませんでした。
最初の奈留教会は、建設資金の大部分を宿輪集落の信徒たちが負担し、
上五島青方の大工に依頼して1926年(大正15年)現在地に
完成しました。
その後拡張工事もおこなわれましたが、1959年(昭和34年)
台風時には持ちこたえることができないとの判断がなされ、信徒の
手で解体されました。
現教会は1961年(昭和36年)に建設着工し、同年12月に
祝別、献堂されました。
奈留教会史に残る出来事のひとつは、1973年(昭和48年)3月
に葛島の島民が集団で樫木山地区へ移転し、信徒の全員が奈留教会の
所属になったことです。
離島のさらに離島である葛島での生活の維持が困難になったためでした。
葛島は奈留島地区のなかで大村藩の潜伏キリシタンの移住がもっとも
早くおこなわれ、百数十年間にわたり熱心な信仰の歴史が刻まれた
島ですが、この集団移転により葛島教会は廃堂となりました。


その他にも嘗て歌手のユーミンがラジオパーソナリティーを
務めていた番組に「うちの高校、校歌が無いから作って!」と
投稿したら本当にユーミン本人が校歌を作ってプレゼントしてくれた
高校へ行ったり(校歌の碑があり見たかったのですが、校内にあり
許可を取るのが面倒だったのでパスしました(汗))
港を通り過ぎて更に海側へ移動して『舅ヶ島』と呼ばれる
景勝地へ行ったりしました!
奈留島南端の舅ヶ島海岸は、約500mにもおよぶ玉砂利が集積した
磯浜で夏は海水浴場として賑わいます。
浜の南端より砂岩の岩盤が沖の小島にむかって長く延びており、
奈留の絶景ポイントとして有名との事ですが、有名なだけあって
素晴らしい景色が堪能出来ました!
船の時間までゆっくりと缶ジュース片手に絶景を眺めながら
夏休み時間を過ごします♪


奈留島を11:30の船に乗って福江港へ戻ります。

12:15に港に着いて、次の乗船手続き!(ヲ)


次の船を待つ間に、福江港にある『常灯鼻』へ
歩いて行って見学して時間潰し(笑)
常灯鼻は第30代藩主五島盛成公が福江城を築く際に城の
北東から吹き寄せる大波を防ぎ、築城工事を容易にするため
築かせたものといわれています。
防波堤としての役割のほか、灯台としての役目も持っていました。
福江城の築城にあたった石工は滋賀県の大津の集団であると
されており、常灯鼻も同じ石工によって造られたと考えられています。
石工技術の発達した江戸末期の造りだけあって、160年経った
今でも激しい波や風に耐え、出入りの船舶を見守り続けています。

過去に来た時にも見学したので懐かしかったです♪(過去日記参照)


見学中に通り雨に降られましたが、空が晴れているので
絶対にすぐに止むので気にもせずにノー傘でGO☆

港の立ち食いうどん屋で五島うどんを
(冷)(温)両方食って腹ごしらえして準備OK!

さ〜次は木口汽船の船に乗って福江港を13:35に出発して
奈留島と福江島の間にある久賀島へ!
五島列島と呼ばれる五島
中通島、若松島、福江島、奈留島そして最後の久賀島です!

久賀島へは14:09に到着。
島で唯一の港の割には小さな小さな港
『田浦港』で下船して観光開始です!!!


島の奥まで車で移動して、山奥の少し開けた場所に車を停めて
後は徒歩で山道をGO!

結構ハードな山道とガイドブックに書いてありましたが
我々からしたら・・・・・この程度で?と言う感じの山道を
サクサク進み、ま〜途中何箇所かで泥濘が酷くてマジで何度か
コケそうになりましたが(汗)
山を越えて山向こうの海まで出て到着したのが
『旧五輪教会堂』
1881年建立の旧浜脇教会が1931年の建替えの時、五輪地区
に移築されました。
この旧教会が老朽化で解体される寸前、島内の仏教徒の助言に
よって価値が再確認され、五島市に移譲される事になり文化財
として保存されました。
この地区は久賀島の中でいまだに直接車で行く事が出来ない
陸の孤島。
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の
構成資産「久賀島の集落」に建つ教会です。

ま〜ガイドツアーによっては目の前の桟橋まで船で連れて
来てくれるそうですが(苦笑)


旧教会堂とその横に建てられた現在使用されている教会堂の2つを
係の人に説明を受けながら見学しました。


再び山道を戻り車に乗り込んで島の他の観光を続けます。

お次は『牢屋の窄』へ
久賀島には、浜脇教会と4つの巡回教会がありましたが、人口減少
で永里・赤仁田・細石流を統合し「五島崩れ」から100年経った
1969年、発電所の施設を利用した記念聖堂を建立しました。
1984年に、牢屋の窄殉教事件のあった地に移転のうえ聖堂を
新築しました。

そもそも牢屋の窄って何?って話ですが・・・・・拷問です(汗)

聖堂内部は、中央部12畳分が灰色の絨毯で色分けされています。
これは約200名の信徒たちが8ヶ月もの間押し込められた
牢屋の広さがひと目でわかるようになっています(汗)

正面にある塔「信仰之礎」には、入牢させられたキリシタンたち
190人の霊名と名前が刻まれています。


港へ戻る前に『浜脇教会』へも立ち寄りました。
港からの道を通ると、まず目に飛び込む三角の鐘塔が特徴の教会。
最初の浜脇教会は、久賀の地で迫害を乗り越えた信徒たちによって
1881年に建立されました。
木造の教会は、潮風にさらされて傷みが激しく、増え続ける信徒の
数に対応できなくなり新築することになり、旧教会は五輪地区に
移築して(現旧五輪教会堂)、1931年現教会を建立しました。
カトリック信徒以外からの寄付もあったという、五島で最初の
コンクリート造教会です。

港の前に建つ『田浦神社』の前に車を停めて船の時間まで
仮眠・・・・

って言うか、携帯は電波が届いていないのでゲームも出来ずに
寝るしかない(涙)
それにしても神社の案内板が無く、全く詳細が不明な神社です(汗)

暑くてきつかったので少し離れたところにある自販機へ
行き、ジュースを購入。

¥160のペットボトルを買うのに¥200を投入

チャリンチャリンチャリンチャリンと4つ硬貨が落ちてくる音が
聞こえて、ジュースとお釣りを取ると・・・・



ヤバい!

俺、神に選ばれたかもしれん!!


¥200入れて¥160の物を買ったのに


お釣りで¥400返って来た!!!(爆)




新世紀のメシアになる日も近いかもしれない・・・




地味にテンションが上がるイベントもありつつ
17:20。
やっと来た船に乗って久賀島を出港・・・

戻りの港は船の時間の関係で福江港ではなく、福江よりも北にある
『奥浦港』へ17:39に到着して福江島に戻って来ました。


港の近所だったので、前回も立ち寄った『堂崎教会』を
見て来ました!(過去日記参照)
禁教令が解かれたあと、五島キリシタン復興の任を帯びて
フランス人宣教師フレノー、マルマン両神父が五島を訪れ
布教にあたり、1879年にマルマン神父によって五島における
最初の天主堂(木造)が建てられました。

その後着任したペルー神父によって1908年に、現在の
レンガ造りの教会堂が完成しました。
建築の際には資材の一部がイタリアから運ばれ、内部は木造で
色ガラス窓、コーモリ天井などの教会堂建築となっています。
現在は弾圧の歴史や資料を展示する資料館として、一般公開されて
いて1974年に、県の有形文化財(建造物)の指定を受けました。

ま〜もう夕方だったので中は見れませんでしたが
外からレンガ造りの教会と入り江の風景を堪能してきました♪


後は真っ直ぐに福江の町へと戻り、コンビニやスーパーに
立ち寄って晩飯を買い込んで部屋に戻ってこの旅最後の夜を
質素に?昨日買って残っている酒や肴を全部出して
老ちゃんとこの旅の苦労を語り明かします(泣笑)


さ〜明日で最終日!
明日は福江島の観光のみなので、この旅で初めて朝がゆっくり
出来ます(苦笑)

明日も天気は良さそうなのでラストスパートで頑張るぞー!

続く


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