もへんじょ=だろの不定期更新日記
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2019年09月12日(木) 激動の九州4 福江島

さ〜
今日でこの大旅行も最終日!

最終日にして初めてユックリ出来る朝です(涙)


今日は夕方の飛行機の時間まで福江島をマッタリを
周るのみ!!
素晴らしきかなスローライフ!(ヲ)


10時にチェックアウトを済ませて出発♪

まず訪れたのは『明星院』
明星院は、五島家代々の祈願所で現在の本堂は第28代盛運公が
安永七年(1778年)に建立したものです。
五島においては真言宗の本山であり、寺としては五島最古の歴史を
持っています。
本堂格子天井の花鳥の絵は異国の花鳥と思われる絵が多く、狩野永徳の
高弟大坪玄能筆と伝えられています。
弘法大師が唐からの帰途参籠された院内には、鎌倉室町時代の仏像仏具
が多く、中には重要文化財に相当する逸品もあります。
過去にも訪れた場所ですが(過去日記参照)、いい場所だったので
再来です!


続いては『鎧瀬溶岩海岸』
鬼岳火山から流出した溶岩に海が覆って出来た海岸で、約7kmに
わたって広がっています。
ここは年中温暖で、亜熱帯植物が繁殖し、情熱的な花木が咲き美しい
景観を呈しています。
永正四年(1507年)16代領主囲公が妹婿玉浦納の反逆にあい、
馬で逃れたがこの地で鐙が切れ、漁船で黒島に落ち延びたが反逆党が
追ってきたため自刃。
以来この地を鐙瀬と呼ぶようになったと伝えられています。

そんな溶岩のゴツゴツとした海岸を進み『勘次ヶ城』へ
やって来ました。
「山崎の石塁」とも呼ばれ、今から150年程前に大工の勘次が
河童と築いた石の城という説や、大きな施設でのぞき穴などがある事
から倭寇のアジトとして築城されたという説があります。
迷路のような石積みが巡らされ、その延長は180mに及びます。
全体像が把握しずらいのでミニチュアがすぐ近くに作られているので
それで把握。

・・・それよりも海を見つめる様に建つ巨大なオッサン2人の
像がインパクトあり過ぎて、全部持って行かれました(汗)


そんなオッサン像に見送られて?島内を西へと進み
『井持浦教会』へ到着。
かつて大村藩からの移住キリシタンが潜伏し、五島藩が塩造りの竈場で
働せたという地区です。
1897年建立のレンガ造教会が台風で倒壊し、1988年に
コンクリート造の現教会となりました。
当時の五島列島司牧の責任者ペルー神父は1891年、バチカンに
ルルドの洞窟が再現されたと聞き、五島の信徒に呼びかけて島内の
奇岩・珍石を集め、1899年に日本で最初のルルドを作りました。
この霊水を飲むと病が治ると言われ、日本全国の信者の聖地と
なっています。

更に西へ西へと進み、日本の西にある福江島の西
『大瀬崎灯台』へやって来ました!
明治12年12月15日に初点灯。
英国人R・プラトンの設計と言われています。

現在のものは昭和46年に改築したもので、光力は3700カンデラ
光達距離は約22kmにもおよぶ日本屈指の灯台です。
初代灯台の一部は東京・お台場の船の科学館に展示されて
いるそうですが、現在は公開中止中との事(涙)

また、展望台から望む白亜の灯台と東シナ海に沈む夕陽は絶景として
有名で、近くには故北村西望(人間国宝)作の祷りの女神像があります。

灯台が立つ大瀬崎断崖は西海国立公園の特別地域に指定されています。
流石に灯台まで行くにはハードな勾配の素敵な道を往復1時間近く
歩かなくてはならないので展望台から見学!(笑)

登りに登った山道を降りて、
弘法大師・空海が帰朝の途、大宝の浜に上陸し暫くここに滞在した
事から「西の高野山」と呼ばれている『大宝寺』を参拝。
大宝元年(701年)震旦の国(現在の中国)より三論宗の祖師、
道融和尚が来朝し弥勒山観音院大宝寺を開創。
また、第41代持統天皇の勅願寺でもあります。
その後大同元年(806年)、空海が帰朝の途、この地に滞在し
大宝寺において本邦初めての真言密教の講莚を行い、三論宗を
真言宗に改宗。
室町時代の涅槃図、我が国最古の大般若経、凡鐘、日本三大秘仏の
聖観音像、左甚五郎作と伝えられる猿の彫刻がある軽い気持ちで
立ち寄ったら何気に凄いお寺でした(苦笑)

で、日本初のルルドのある教会を見て、西の高野山と呼ばれる
お寺を見て・・・その後に立ち寄った店

昼飯を食う為に立ち寄った訳ですが・・・



店の名前が「パンドラ」




もうね
節操が無いです(汗)


名物のウツボを使った料理が推しだったので
普通に親子丼とウツボの天ぷらを注文して食いました!
久しぶりにウツボを食いましたが皮の弾力と身のフワフワが
美味しかったですね♪


食後、福江島の西にある温泉『荒川温泉』へ向かいます!
五島列島の福江島西部の荒川港に位置する温泉地。
「地域福祉センター荒川温泉」にて日帰り入浴です♪
泉質は目の前が海なので勿論塩化物泉!

露天風呂ではないですが、ガラス窓の目の前が海で
開いた窓から潮騒が絶えず聞こえて・・・
やや熱めの湯が体に染み渡ります(涙)



風呂上り、水分補給をしつつ
『みみらくのしま』と呼ばれる場所へやって来ました。
五島市には、文化庁から認定された日本遺産
「国境の島 壱岐・対馬・五島〜古代からの架け橋〜」の
構成資産が3ヶ所あります。
今日、1発目に行った
・明星院本堂
そしてここ
・三井楽(みみらくのしま)

で、次に行く予定の
・白石のともづな石

三井楽(みみらくのしま)は、五島市三井楽町の海岸域及び海域で
空海と遣唐使ゆかりの地としても知られ辞本涯、柏崎、高崎高原、
長崎鼻などがあります。

もうね
風が強くて最果ての海!って感じがして凄かったです(笑)

で、次は予定通り『ともづな石』を見学。
岐宿町白石は遣唐使船最後の寄泊地。
第16次遣唐使船(804年)には、空海や最澄も乗っていました。

この石は遣唐使たちが船の修理や食料補給、風待ちをする為に港に
入った際、とも綱を結わえたと云われています。
遣唐使たちの命をかけた偉業を讃え、地元では小さな祠を建てて
漁業、海上安全の神としてこの石を祀っています。

そろそろ福江島も1周ですが、最後に『水ノ浦教会』を
見学しまし。
水ノ浦の信徒は、五島と大村の藩の政策による1797年の
外海(大野・牧野・神ノ浦)5人の男性とその妻子の移住に
はじまると伝えられています。
1880年に最初の教会が建築されましたが老朽化にともない、
奥の土手を削って広げ、1938年に鉄川与助設計施工の木造の
優美な現教会に改築されました。
ロマネスク、ゴシック、和風建築が混合した白亜の美しい教会で、
木造教会堂としては最大の規模を誇り、尖塔が高く聳える光景は
絵になる美しさです。
高台にはヨハネ五島(26聖人の内の五島出身者)の像や、
弾圧時代の牢跡もあります。


島の1周を終えましたが、まだ時間に余裕があったので
観光案内所に車を停めて『五島藩武家屋敷』を散策しました♪
石田城近くに、ほとんどそのままに当時のたたずまいを残している
武家屋敷通りがあります。
城を思わせる石垣塀は、こぼれ石と称される丸い小石を積み重ね、
その両端を蒲鉾型の石で止めて作られており外敵を防ぐ為に、
このこぼれ石を用いたといわれています。

ここは前に来た時は朝、歩いて見学したので(過去日記参照)
今日は夕方だったので全く違った風景が楽しめました♪


流石にこれ以上は観光するのは難しかったので
少し早めでしたがレンタカーを返して、レンタカー屋の人に
『福江空港』へと送って貰いました。

福江空港を19:00発の便だったので
何も無い空港内で只管持って行った本を読んで時間を潰します(汗)
携帯の充電スポットは無かったのですが、係の人がカウンターで
預かって充電してくれたので有難かったです!

少しだけ土産を買い足したりしてから搭乗手続きを済ませて
五島列島を離れます!
さらば五島!!




・・・・・でも直行では帰れないんですよね〜
そもそも福江空港はANAしか使えないのですが、羽田への
直行便は本数が激少なくて、泣く泣く『福岡空港』を経由して
帰ります(涙)
19:40に福岡空港に着

福岡空港から次の便までの間、取り敢えず折角の福岡なので
空港内で博多ラーメンを食いました(笑)

福岡空港を20:50に出発して「羽田空港」へは22:30に到着!






いや〜
未だかつてない程の激動の大旅行でした(汗)
ま〜その分、思い出もひとしおですが(苦笑)

さて
次回来年の大旅行は・・・・・・


もっと西へ南へ行くぞ〜!って事で
石垣島〜西表島です☆

沖縄本島よりも西へ行きます!
間の宮古島は普通に1泊で行く予定です。


ま〜何はともあれ、今回は本当に本当にお疲れ様でした(涙)


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