| 2014年09月09日(火) |
海峡の九州2 対馬北 |
対馬 朝から奇跡が起こる
俺
ミッキーに起こされる前に8時前に起床!!!(爆)
ミッキーが超ビビってた(笑)
さて、今日はまず寺に車を置いたままで 厳原エリアの観光から始めます!
まず、昨夜は暗くてあまり見えなかった「西山寺」の山門や 鐘楼などを見てから出発です。
スーパーまで行く手前で昨日は暗くてパスした『金石城』を見学です! 享禄元年(1528年)に、対馬を治めていた宗将盛が築いた金石屋形 を始めとする城です。 文禄・慶長の役の際に築かれた清水山城の麓に位置する平城で、宗氏の 居城でした。 金石屋形を、朝鮮通信使を迎える為に、近世城郭に改築したと云われ、 石垣や堀切が廻らされたが、天守は築かれず1669年(寛文9年)に 宗義真によって造られた大手口の櫓門を天守の代用としていたそうです。
遺構は市街地に残っているにしては中々に立派な石垣と この城の特徴的な建造物だった大手門&櫓門が復元されています。
遺構を見学しつつ、庭園の方へと足を伸ばしたものの 朝早かったせいで、まだ開園前でした(涙) ・・・取り敢えず、柵の上とか間から写真は撮ってきました♪
朝から不審者っぽさ最大です(マテ)
庭園を回り込み更に奥へと進み、対馬府中藩宗氏の菩提寺であり、 歴代藩主の墓所がある『万松院』も見ておきました! 1615年に建立された当初から残る山門は中々見事でしたね!!
・・・・墓所へはスゴーーーい石段を登った先だったので、朝から この石段は無いな(汗)と満場一致でパスします(笑)
そのまま昨夜歩いた大通りまで戻り、スーパーを通り過ぎ 「厳原八幡宮」へ立ち寄ります。 昨日は祭り&夜の暗さで見学どころじゃなかったしね(苦笑)
神功皇后が三韓征伐からの帰途、対馬の清水山に行啓し、この山は 神霊が宿る山であるとして山頂に磐境を設け、神鏡と幣帛を置いて 天神地祇を祀ったと云われる由緒正しき古刹。 655年(白鳳6年)、天武天皇の命により清水山の麓に社殿を造営して 八幡神を祀ったのに始まると伝えられています。
対馬には上県郡と下県郡に八幡宮があり、上県郡のものを上津八幡宮 (現 海神神社)、下県郡のこの社を下津八幡宮と並び称しました。 戦国時代ごろから府中八幡宮と称されるようになり、現在では厳原八幡宮 と呼ばれています。
丁度祭りの片付けの最中で、過ぎ往く夏を感じ少し寂しい気持ちに なりましたが・・・祭りの片付けって独特の良さがあると思うのは 俺だけか??(笑)
ここからは歩くと少し面倒なので、一旦宿へと戻り車に乗ってから 再出発です♪
まずは昨日、タイムオーバー&見付からずに断念した『お船江跡』へと リベンジです!!
江戸時代、対馬藩が久田川の河口に藩船を格納するために構築した 船着場の跡の事です。 対馬藩お船江跡. 久田浦に注ぐ久田川の河口に人口の入江が構築され、 内部に四つの突堤と五つの船渠が設けられました。
その様子は今でもキチンと残っており、この様に確りと船着場の遺構が 残っている場所は無く、とても貴重な遺構です。
さて、宿より南は今日はこの1件のみなので、後は只管北へと上って 行きましょう!! 先ほど歩いていた厳原の街をそのまま更に宿から離れて進んで行くと 『厳原武家屋敷』と呼ばれる古い家々が点在する一角に出ます。
お役所の駐車場に車を停めさせて貰い、家臣の館の門など 目立つものを数点見学させて貰いました。
お次は『桟原城』へ
桟原城 現在城跡は自衛隊の基地になっています(笑)
たしか少しは遺構が残っていたはずだったので、自衛隊の基地の 門で隊員さんに聞いてみます!
・・・遺構は殆ど残っておらず、門まで登って来た坂の途中から 見えた石垣が現存する遺構の全てだそうです(涙)
ま〜折角なので、石垣だけでもと写真を撮っていたら・・・・・
自衛官に職質くらったナウ!(マテ)
・・・・・・・・・しかも警備隊長直々にです(爆)
どうやらカメラを持ってウロウロしていたのが監視カメラに引っかかり、 石垣も一応基地施設って事で写真は不味かったそうです(汗)
何で写真を撮ったのか?と聞かれたので 「趣味です。横浜の方から城を見に来ました。 昨日は金田城に登って来ました。」 と伝えたら
「!城、お好きですか!?本官も好きですよ!」
そんなオチっすか!?
「写真、本当に趣味だけでしたら撮っちゃった分は結構です・・・」
有難うございます!!
「姫路城とか良いですよね〜」
良いですよね〜
と隊長さんとハートウォーミングな会話を楽しんでいた間、車内で 待っていた3人は基地から自衛隊隊員たちからの不審者を見る様な 眼差しに晒されて大変だったそうです(滝汗)
隊長さんとは一応最後に名前を聞かれたので答えてから 別れました。
基地に帰る途中で最後に立ち止まったと思ったら 「熊本城もいいですよね〜〜!」
はい、熊本城も良い城ですね(笑)
因みに桟原城は馬府中藩3代藩主宗義真が金石城を拡張整備したのと 同時期に新築された藩主の館です。 金石城からは市街をはさんで北東隣に位置します。 遺構は石垣と、第三門であった高麗門が金石城近くの 県立対馬歴史民俗資料館付近に復元されています。 (勿論先ほど見学済み!)
さて、市街地はこれで終了! 後は進路を北に向けてGOGOです!!
昨日行った和多都美神社を越えて更に北上して行きます。
途中で見つけて立ち寄った『藻小屋』で一休み♪ 藻小屋とは岸に漂着した藻を集めて乾かし畑の肥料にする石造の小屋で 海辺に石造りの小屋が建ち並び、更に対馬独特の天道信仰に基づいて 石で積み上げられたピラミッドのような「ヤクマの塔」と言った 思わぬイイモノを見られてご機嫌で再出発!
そんなこんなでやって来ました『海神神社』!! 対馬国の一ノ宮であります♪
八幡社の起源とも言われる豊玉姫命を祀る神社です。 社伝によれば、神功皇后が三韓征伐からの帰途、新羅を鎮めた証として 旗八流を上県郡峰町に納めたことに由来すると云う、やはりかなり起源の 古い神社です!
・・・鳥居を潜り、境内を進み
木々に覆われた曲がっていて先の見通しがつかない急な石段が出てきた 時には「・・・・今日もか〜(涙)」と思いましたが、登り出すと すぐに本殿に着いたので良かった良かった(笑)
この神社 一ノ宮や古い由来以上に有名な出来事があった神社です。
腐れド外道下劣鬼畜劣等劣悪半島トンスル愛飲国家の糞コリアンの 手によって仏像が盗まれた神社です(怒)
・・・何故日本、特に対馬は韓国糞人の入島を絶対に禁止して 島中の汚いハングルの看板を燃やさないのかが理解に苦しみます。
少なくとも仏像の返還がなされ、奴らが大好きな謝罪と賠償が 確りと済むまでは日本に入れるべきでは無いね!
そもそも白村江の戦いで援軍を出してやった謝礼も 賠償も謝罪も無いのですが・・・(嘲笑)
ま〜若干イラついたものの、ここで怒りを吠えていても仕方が無いので 更に北を目指して進みます。
そろそろ時間も昼時。 厳原から北の端まで片道2時間半も掛かるとレンタカー屋で 言われていたので、そろそろ到着する筈ですが、腹も減ったので先に 「あがたの里そば道場」と言う店で対馬の名物の1つである 「対州そば」を食べます♪
日本の蕎麦は、縄文時代後期に中国大陸から朝鮮半島を経由して 伝わったとされていますが、荒地に強く水に弱い蕎麦は、岩がちで 平地の少ない対馬に適しており、「木庭作」と呼ばれる山の斜面を 利用した粗放的な焼畑で今尚栽培されていす。 全国的に蕎麦の品種改良が進んだ現在では、原種に近い対馬の蕎麦 (対州そば)は貴重品だそうです。 小粒で風味が強い独特の味わいを・・・一瞬だけ迷った末、何時も通りに 冷たいザルと温かいカケの両方を注文して堪能致します!(笑)
で、幸せに腹が膨れた所で・・・・ 某敵国の監視所でもある『韓国展望所』へ・・・・あ(笑)
対馬から某敵国は50km弱しか離れておらず、天気が良ければ 恥知らずな国家が海の先に見えてしまいます(涙)
辺りには国境を越えて恥を晒しに来た愚物どもが騒いでいて 大いにイラつかせてくれます(怒)
国家予算を湯水の様に使ってでも、今年中に対馬を要塞化した方が いいと思いました。
・・・って、過去の英知の跡を発見! 対馬の北端にある『豊砲台跡』へと趣き癒されて来ます♪
第一次世界大戦後、世界軍縮会議の結果、廃艦となった軍艦「赤城」の 主砲(「長門」「土佐」という説もある)をこの砲台に据えたもので 当時は世界最大の巨砲でした。 豊砲台は、実践では一度も発射することがなく、「撃たずの砲台」と 言われたりもしますが、第2次大戦時に日本海側の都市に艦砲射撃による 被害がなかったのは、対馬要塞の強力な火砲による威圧の効果が大き かった為だ!と言う説があるくらいです。
砲台入口まで車で行くことができ、入口の照明スイッチを押すと照明が 30分間点灯するため、砲座・砲具庫・巻揚機室などの内部構造が 確りと見学出来ました♪
・・・・・ここを再利用すればイイんじゃないかな?(邪笑)
さてさて! 少しテンションが上がってきたところで 『上対馬温泉』にて2日目の旅の疲れを癒しましょう☆ 「渚の湯」と言う入浴施設にて命の洗濯です!
生憎と日曜日以外は露天風呂が開放せれていなかったので そこが残念でしたが、内風呂からでも一望出来る高い空の蒼さと 碧い海の広大な風景に・・・・・やっぱり露天に入りたかった〜(涙)
風呂上り、主に韓国への航路の起点となっている 対馬の北の港『比田勝港』へと立ち寄ります。
目的
飯を食う!以上!! さっき蕎麦を食ったばかりですが、蕎麦は消化が良いので無問題(笑)
「かいかん」と言う中々に考えさせてくれる名前の定食屋にて 対馬名物の「とんちゃん」を注文!! 国境の島対馬で在日韓国人の人々が食べていた、タレに漬け込んでいた ホルモンを、日本人向けに豚肉に変た逸品!
実は昨夜、飲み屋で食べたのですが・・・・
丼の白米と一緒に食いたい!!と昨夜満場一致の意見だったので、店を 替えての2度目のとんちゃんです(笑)
この店は大盛りが有名らしく、値段はとんちゃん定食で¥1300と 少し高いなと思ったのですが・・・・・・
値段に納得 量に満足 そして米、お代わりくれ!!
甘辛いタレに付けて焼いた肉野菜炒め+タレ汁だく
米に合わぬ道理がない!!!!!!
コチヤと老ちゃんはその物量にアップアップでしたが、俺とミッキーは 凄い勢いで貪ります!
敢えて言おう ・・・・・・・・・・・・・・・蕎麦は前菜だったと!!!(マテ)
かなり満腹になり、大満足で撤収! 後は島北部から南部の宿まで帰るだけです。
・・・・二時間以上かけてね(汗)
本当は19時までの予約だったのですが、早く着いてしまったので 18時前に近所の指定スタンドで、恐ろしい程の高額なレギュラー 1L188円で給油を済ませて(滝汗)レンタカー屋でレンタカーを 返してから徒歩でマッタリと10分くらい歩いて宿へと戻るつもりが レンタカー屋の店員が宿の近所まで車で送ってくれたので、まさかの あっと言う間に帰還です!
・・・・全員とも流石に腹一杯だったので、晩飯を敢えて食いに行かずに 近所のスーパーで飲み物と軽食を買って終わらす事にします。
ま〜俺は折角なのでご当地魚の刺身や寿司、地酒を購入して 戦闘体勢を整えます(笑)
・・・・で、俺らの部屋で結局始まる酒盛り&晩飯?
疲れて早々に寝たコチヤ以外の3人でマッタリと対馬最後の夜を 楽しみました♪
・・・・俺が買った刺身や寿司はあっと言う間に消えました(笑)
勿論、3人で割り勘。後で徴収ですぞ!(ヲ)
23時位までマッタリと飲み続け、買っておいた地酒が無くなった タイミングで解散に・・・
部屋に帰った老ちゃんを見送って、爆睡中のミッキーは放置して(ヲ) 一人でマッタリと風呂に浸かってから俺も寝ました・・・
明日は・・・・・・・・・・・・・今日よりも早起きが必須だからね!! 起きれるのか、俺!?(滝汗)
続く
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