Day Dream Believer
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2002年07月27日(土) 避暑







 私達は約束通り早朝待ち合わせをして目的地へと向かった。

 「今日はどうもありがとう。」

 「いいえ、これじゃあ連れていってもらうのは私みたいね。」

 
 誕生日のお祝いの代わりに
 週末の避暑地での休日をプレゼントしたのは私だけれど
 結局彼の車を出してもらって運転するのも彼なのだ。

 2時間半で現地の湖に到着した。
 まだ7月だというのに
 すでに蜩が鳴いていた。まだ夏休みに入ったばかりのせいか
 子供の姿もなく静かな週末の湖畔。

 
 「まだチェックインには間があるな。ボートでも乗りませんか?」

 
 今日は私がホステスのはずだったが
 エスコートしてくれるのはkazeだった。

 
 「ええ、なんだか普通のデートみたいね。」

 「普通のデートでしょ?」

 
 ボートを力強くこぎ出したkazeの腕の動きを頼もしく思った。

 静かな鏡のような水面を滑るように進むボート。
 遠くに白い縄のようなもので作った鳥居らしきものが見える。

 空は限りなく青く澄んでいて雲ひとつなく
 湖面の風は涼しく心地よかった。

 
 縄の鳥居のそばを通り過ぎたところでkazeが
 ボートを漕ぐことをやめた。

 「疲れちゃったでしょ?」

 「いいえ。」

 「ちょっと休んでいこうか。」

 「こうやってボートを漕いでいると、
  昔よく言われた事を思い出します。」

 「どんな事?」

 「女性に言われたんです。『kazeさんのイメージは小舟に乗って
  ハイネの詩集を読む少年みたいね』って。」

  私は思わず声を上げて笑ってしまった。
 
 「あはは、ごめんなさい。でもそんな感じの少年だったって想像できる。」

 「そうかな。あまり嬉しくはなかったですよ。」
 




 今でこそ大人になってそれなりに男っぽい風貌も持ち合わせてはいるが
 長身の細身で色も白く目鼻立ちも整った美しい外見は
 十数年前はさぞかし美少年だったんだろうと想像された。

 
 お互いに一頻り笑った後にふと静寂が訪れた。
 聞こえるのは湖畔の森の奥からの蜩の声だけ。

 私達は見つめ合ったまま動けないでいた。


 なぜなんだろうか。

 私達はまるでまだ身体を重ねた事のない
 熱情を抱いた愛し合う恋人同士みたいな感じでただ見つめ合っていた。

 「ここでキスして良いですか?」


 私は黙って目を閉じてみた。まるで恋しいひとに身をゆだねてしまった
 処女のような気分で情人の唇の感触を待ちわびた。

 頬を風が撫でていった瞬間に
 kazeの唇も私に触れてからすぐに離れていった。



 「そろそろ行きましょうか。ちょっと休みたくなりました。」

 「そうね。もうチェックインできる時間ね。」


 
 それから私たちは恋人同士のように湖畔で手を繋ぎ歩いて
 ひとつのアイスクリームをわけあって味わい

 それから窓の大きな角部屋のベッドの上で
 めくるめく時間を過ごすはずだった。



 そう。あのことさえなければ。



ホテルの窓からの湖畔


sora |MAIL

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