白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2006年11月11日(土) 同僚と会う

今日は元同僚と会ってきた。夫は「白蓮さんは(以前働いていた職場の)知り合いが多くて良いなぁ」と言うけれど職種は変わらないと言うものの、職場を転々とするのは良し悪しだと思う。所詮派遣は浮き草稼業。なんだか、こぅ……イマイチお尻が定まらない。だが、夫の言うようにこうやって知己は増えるのは嬉しいことだ。

元同僚は1年ほど図面描きをしていた会社の人で御年62歳の女性。。同僚…と呼ぶにはおこがましいほどの年長者なのだけど「先輩」ではないので、便宜上「同僚」と書いてみた。定年後も嘱託として勤務を続けているとのこと。「まだまだ人生これからよ」とて、元気の塊のような笑顔が印象的だった。

彼女は私が大嫌いな選挙活動に熱心な某宗教団体の信者さんだ。彼女は私に宗教的な事を勧めたいと思っているだろうと思うのだけど、1度新聞を渡された以外は、決して勧めてこないので、トラブル無く、お付き合いが続いている。私自身は新興宗教的なものを、こよなく憎んでいるのだけれど、宗教で友人を選別していたら、誰とも付き合えなくなってしまう。相手を尊重しつつ、自分の信念は守りつつ関係が続けられると良いなぁ……と思う。

「私が頑張れるのは信仰のおかげ」と言い切る彼女を見ていると、少し羨ましく思ったりした。

遠藤周作の『沈黙』のテーマではないけれど、もしも神のような存在があるなら、どうして人々を救ってくれないのか? どうして、このような世界を作ったのか? という疑問が納得出来ない限り何か1つの宗教を信じることは出来ないような気がする。宗教は魂の安らぎだ…と言う人もいるけれども、魂の救済よりも現金が欲しい時だってある訳だし。などと泥臭いことばかり考えているので宗教に縁が無いのかも知れない。

知人の訃報を聞いたばかりなので、今日はいつもより余計にそんなことを考えたりした。まだ、ちょっと頭がグルグルしている。

それはそれとして、久しぶりに会う年長の同僚が元気そうで何よりだった。「なんだか、ちょっと見ない間に可愛らしくなったみたいよ」と言われ、社交辞令だと思いつつも良い気分になってしまった。さてと。そろそろPCから離れて夫が帰宅するまでにお風呂に入っちゃおうかなぁ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。

【ちょっとしたお知らせ】
こんなのはじめてみました。
気の向くままに更新したいと思っています。


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【同月同日の過去日記】
2005年11月11日(金) 恋愛対象
2003年11月11日(火) 灰色。
2002年11月11日(月) 東京紀行〜オカンの気持ち〜
2001年11月11日(日) 神様は…

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