まつや清の日記

2006年05月29日(月) またも気になる静岡新聞「日曜社説」

 昨日の静岡新聞「日曜社説」、テーマは教育、「政治が操る季節 惑わされず、本質を見きわめよう」、どうしても気になってしまいます。先週の介護保険についても意見をと思いましたが自省しました。

 最後の所に「一国のリーダーたらんとする者には「日中」「日韓」「日米」の外交力も大切だが、それ以前に国づくり、人づくりにいかなる経綸を持っているかだ」と書き手のいつもの手法での非難されるべき政治家像が提示されています。

 5月7日の「それでも優しい気遣いがうれしい」という社説の最後に「他国に拉致された国民の救出の先頭にも立てずしてリーダーを目指そうとはおこがましい」とあります。拉致問題とはすぐれて外交問題です。

 それぞれの社説の主張自身については考え方あり、それはそれとして受け止めたいと思います。問題は、主張の一貫性であり、それぞれの社説の底流にあるジャーナリズム原点である批判的精神・価値観の存在です。

 これは私自身、石川知事を批判する時にどの観点で、どのような価値観に基づいて、どことどこで食い違い、どことどこで一致点があるのか、ないのか、批判するだけでの自らの優位性に溺れていないか、自己点検をしているつもりです。

 因みに経綸とは、辞書を引けば「国家を治めととのえること。また、その方策」、近代の歴史の中では、中江兆民の「三酔人経綸問答」を思い出します。グローバリズムというアメリカ一辺倒のこの時代に「教育における経綸」とは。



 


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K.matsuya

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