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2023年12月02日(土)
『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』、eastern youth『35周年記念巡業〜EMOの細道2023』

『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』@シネマート新宿 スクリーン1


原題『유령(ユリョン=幽霊)』、英題『Phantom』。2023年、イ・ヘヨン監督作品。

えーと文末の輝国山人さんのサイトにもありますように、本国では興行的に大コケした作品だそうなのですが……や、面白かったです! でも、コケるのも解るようなところもありました。

登場人物皆が格好よくてスタイリッシュ、アクションも美術も衣裳もめちゃくちゃ豪華で見応えありました。舞台が日本統治下の1933年のため、台詞の8〜9割が日本語。出演者はめちゃくちゃ稽古したんだろうなあと感心してしまう。当時はそれが当たり前だったのだと思うと、正直観ているこちらは肩身が狭いです。関東大震災時の「十五円五十銭」のこととか思い出しちゃう。しかしなあ、こういう作品は日本でもどんどん公開すればいいと思う。なかったことにしてはいけないし、それが忘れられて「そんなこと本当にあったんですか?」という認識になるのは恐ろしいことです。という訳で地味に『軍艦島』が日本で観られる日を待っています(ツインが買っている)。

以下ネタバレあります。

つくりとしては『イングロリアス・バスターズ』です。そこへシスターフッドを織り込む。スパイ“幽霊”はひとりではなかった。彼女たちは手を取り合い、しかしひとりひとりで立つ力も持っている。出自や上下関係に捉われず、祖国のために闘う。なのでとにかく女性が格好いい。イ・ハニもパク・ソダムもアクションめちゃくちゃ出来るし、あと撮影監督(チュ・ソンニム)がめちゃくちゃいい仕事してます。アクションシーン、爆破シーン、銃撃戦のシーン。スローとクイックのテンポ。とにかく映える。

対して男性陣は、立場と血筋に拘るあまり自滅する。ソル・ギョングの逡巡が胸に迫る。パク・ヘスは憎まれ役に徹していて巧い。ソ・ヒョヌはコメディリリーフの役回り。ハナちゃん(猫)にごはんをあげるため、早く帰りたくて立ち回る姿がかわいい。

しかしなんというか、生真面目さと配慮が邪魔をするというか……『イングロリアス〜』のようにドイッチェは悪! 撲滅! バットで撲殺! とか迄振り切れないんですね。いや、わかる。いろいろある。時代もあるかな。今『イングロリアス〜』作れるかというと、それは難しいんじゃないかと思うし。いいたいことややりたいことが沢山ありすぎて、それを全部入れたら散漫になってしまったという印象もありました。冒頭に書いたシェイクスピアについては、ソル・ギョングをマクベスにもイアーゴにもリチャード三世にも投影出来るようになっていて非常に興味深いのですが、うーん、なんだろう。主役がいっぱいいすぎた感があり、しかし群像劇ではない。という、なんといったらいいのか…全体的にぼんやりした仕上がりで……。

結局観終わっていちばん気になったのは「ハナちゃんどうなったの!?」ということでした。ここもね、息抜きとしてはいいシーンだったのですが(ハナちゃんかわいかったし! 写真で出てきます)、何度も出して引っ張った割にその後ほっぽらかしにされたまま終わるので逆に気になるという。ハナちゃんが無事でいますように!

でもでも各シーンはすごく格好いいんです。衣裳も美術も映像も華やかで、格好よくて……役者は皆いい仕事しているし見応えありました。映画館で観てよかった! と思いました。

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・輝国山人の韓国映画 PHANTOM ユリョンと呼ばれたスパイ
いつもお世話になっております。今回パンフなかったので助かる!

・パク・ソダム、がん闘病から復帰まで…心境を明かす「少しでも遅かったら声を失っていた」┃Kstyle
『PHANTOM』撮影後、アフレコ中に診断が下りたとのこと。不調など微塵も感じさせない仕事っぷりでした。適切な時期に治療出来てよかったし、今のところ経過は順調のようでよかった

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eastern youth『35周年記念巡業〜EMOの細道2023』@Spotify O-EAST


いやもう…悲しみは川に捨てるんだよ! だってそうだろ? なあ、そうだろう? うわあああああ生きる!!!

移動して渋谷、eyちゃん35周年記念巡業千秋楽。記念興業なだけあり、代表曲つるべ打ちで息つく暇もない内容。最新作『2020』からの「今日も続いてゆく」からスタートすると、そっから「夏の日の午後」「砂塵の彼方へ」「踵鳴る」「青すぎる空」……以降タイトルを並べるだけでもその言葉の美しさと強さに悶絶しそうだが、現場ではこれが生身の演奏と歌になって豪速球で投げられてくる訳ですよ。油断したらデッドボールですよ、こちらも喰らいつくように聴き入りました。

曲間もあまり空けず、というかブリッジもジャムになっていて、吉野さんのストロークやコード、リフ、マイクを通さない(!)歌声に村岡さんが即対応していく流れがもう、触れれば切れるような緊張感。途中フロアから「吉野さんかっこいいー」と声がとんだとき、吉野さんが「うるせえ!」と返したんだけど、ホント寄らば斬るくらいの空気でした。中盤すぎくらい迄全っ然MCなくて、このまま喋らず終わるんじゃ…ってくらいバッチバチだった。何度も心の臓を拳で殴り唄う、吉野さんの鬼気迫る形相に見入る。

驚いたのは、吉野さんが「停めようかと思ったんだけど、周りの人が助けてくれてなんとかしてくれたから。有難う」といったとき。途中フロアで倒れた? ひとがいたらしい。聴き手をちゃんと見ているんだ。あの演奏と歌の最中に……? eyとそのリスナーは、決して馴れ合いにはならず、それでも必要があれば手を差し伸べる。理想的な関係だと思う。

それにしてもあのギターいつもどうなってんだと思う。エフェクター使ってるにしても(つっても足元結構スッキリめだよね?)1本に聴こえん。どう聴いてもリフ弾いてる後ろでコードが鳴ってるんだよなあ。いやあ…シビれる……。

ようやくMCになると、これがなかなか脱力で。いつものことではあるものの、そのギャップに慄く。しかし言葉の端々には、いつも怒りがある。デコボコ道の35年、たったひとりの友だち田森、桃太郎の村岡さん。いやもうちょっと詳しく書こう。「岡山と高円寺、二拠点生活をしてる」と村岡さんを紹介したとき、「いやあ、岡山っていうから、ひょっとしてと思って家系について訊いたんだ。そしたらやっぱ、あの、昔、島に行って、そこにいた奴らをやっつけたみたいで……」とかいいだす。そんで、「今バンドのギャラはまず村岡さんが預かって、俺らはきびだんごでもらってる」とかいって大ウケ。それで終わるかと思いきや、これ数曲挟んだ次のMCへの伏線だったのでした。題して『涙の磯村水産』。

ニノさんが「俺もう辞めるわ」といったとき、吉野さんはもう無理だ、あんな天才がまた見つかる訳がない、と思ったんだそうです。バンドはもう続けられない、辞めよう、とタモさんを大久保の磯丸水産に呼び出した。吉野さんはニノさんが辞める予感があったけど、タモさんは寝耳に水だった。「どういうことだよ」というタモさんに、吉野さんは「バンド辞めよう」といった。するとタモさんが「俺は辞めないぞ!」といった、という話(涙)。

ところでわざわざ大久保の磯丸に行ったっての、やっぱ沿線でいちばんファンがいそうにない地区だからってことなんでしょうか。いや、ふたりの居住地(公表してるから書いてもいいよね)からすれば、東中野でも高円寺でも西荻でもいいじゃん。高円寺の呑み屋でこんな話してたら、このご時世即噂が拡がりそうだもんね……。

閑話休題。「でもどうするんだ、あんなベース弾くやついねえぞ? となってたら、川上から…あの、お尻のような形をした果物が、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきて……開けてみたら、その中から村岡さんが……」。ドヨドヨとした笑いがフロアに拡がりました。話芸よ……。その後村岡さんが「桃太郎だったおかげでバンドに入れました」。笑いと拍手が起こりました。村岡さんがいてくれてよかった! 村岡さん、その後も吉野さんになんか喋って! って振られたんですが、「あの、皆さん(フロアが)みちみちで大丈夫ですか……? おばちゃん心配になっちゃう……」といつものトーンでいったのでまた場がほんわかした空気になりました。演奏とギャップがありすぎる。素晴らしい。女声コーラスの美しさも印象的。

「いろいろ諦めさせられた。あとどれくらい生きられるか知らねえが、金輪際、一歩たりとも引かねえ」。こうして35周年。変わらない歌、変わる歌。ずっとある歌が、新しい姿を見せてくれる。それは彼らの演奏と歌が、常にアップデートされ、同時にスピリットは不変だからだ。いつだってギラリズム夜明け前。

本編終了、JAGATARA「夢の海」が流れるなか再び現れた放たれたのは「月影」、そして「空を見上げて俺の名を呼べ!」からの「1、2、3、4、DON QUIJOTE!!!」。涙腺決壊。浅川マキの「それはスポットライトではない」を背に、彼らは去っていった。客電がつき、アンプの電源が切られても拍手は続く。ドラムが解体され始めたところでようやく拍手はやみ、あちこちから「有難う!」の声が飛ぶ。続いて再びの拍手。

改めて、35年活動を続けてくれて有難う。歌を届けてくれて有難う。生きる!!!

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setlist

01. 今日も続いてゆく
02. 夏の日の午後
03. 砂塵の彼方へ
04. 踵鳴る
05. 青すぎる空
06. 裸足で行かざるを得ない
07. 素晴らしい世界
08. ドッコイ生キテル街ノ中
09. ソンゲントジユウ
10. 矯正視力〇・六
11. いずこへ
12. 雨曝しなら濡れるがいいさ
13. たとえばぼくが死んだら
14. 時計台の鐘
15. 沸点36℃
16. 荒野に針路を取れ
17. 夜明けの歌
18. 街の底
encore
19. 月影
20. DON QUIJOTE

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孤立無援の花はこうして美しく咲くのだ〜


eyの制作、常に時流を見つつアップデートしていて感心する。聴き手に甘えないしサボらない。いつでも自分たちの音楽を届ける手段を考えている。物販もアクスタ出したり、硬派だけど洒落っ気と茶目っ気がありますよね。
反面、森田童子「たとえばぼくが死んだら」のカヴァー(この日もやりました)はライヴとフィジカルCDでしか聴けない。だから「セットリストの一部」なんですね。路上に立ってこそ、の精神はずっとある