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2022年12月28日(水)
『猫たちのアパートメント』

『猫たちのアパートメント』@ヒューマントラストシネマ有楽町 シアター2



地面を這うような視点の低いカメラ、各棟に設置された無人カメラ。猫との距離がとても近い。再び会える保証はないので、区別がつかないうちから出会った猫を片っ端から撮り、集めた映像を見乍ら編集していくうちにストーリーが出来上がっていったとのこと。映像素材の量を思うと気が遠くなる。その甲斐あって、操作されることなくのびのびと動きまわる猫たちの愛らしいこと! 対して消えゆく団地は、空撮(ドローンだろうか?)により取り壊される前と後で全景が捉えられる。緑豊かな土地に整然と建てられた人と猫の居場所が、埃と土煙にくすんでいき、やがて更地になる。そこに長年暮らしたものたちの姿も、思い出も、もう空からは見えない。

建物、人と猫の記録は、こうして映画になった。

原題『고양이들의 아파트(猫たちのアパート)』、英題『Cats' Apartment』。2022年、チョン・ジェウン監督作品。同監督は2001年の『子猫をお願い』で、猫との関わりを通じ悩み生きていく女性たちを描き、新世代監督として多くの共感を得たという。当時この映画の観客だった登場人物たちと同世代の女性たちが、今回のプロジェクトの中心となっている。「是非チョン監督にこの記録を残してもらいたい」というところから、この映画は始まった。

軍事政権下の1980年に竣工した遁村(トゥンチョン)団地は、18万坪の敷地に143棟が建てられ、5930世帯が暮らしていた公団。国家が主導し、広大な土地に余裕をもって建てられた。老朽化のため2017年に再開発が決まり、2021年に撤去が完了。ところがこの老朽化という理由にはひと癖あった。再開発により新しく建てる棟の間隔を狭めれば入居者も増え、収益も上がる。そのことが判明して(気付いたといっていいかもしれない)以降、建物の管理が杜撰になったというのだ。住居は急速に傷み出し、続々と住人は引っ越していく。『奈落のマイホーム』でも描かれた、高層階から荷物を運び出すリフトの風景が繰り返し映し出される。

そんな人間たちの都合で、猫たちもここを去らねばならない。しかしそれを人間が説明したとて、話が通じる訳がない。住人たちにかわいがられ、まるまるとして毛ヅヤもいい猫たちは、自分たちをおいて退去していく住人、解体されていくアパートをまんまるの瞳で見ている。彼らの瞳が恐怖に覆われないよう、『遁村団地猫幸せ移住計画クラブ(遁村猫の会)』のメンバーは奔走する。

助ける前に死んでしまった猫もいる。移動させても元の場所に戻ってしまう猫もいる。猫を追い出す人間の身勝手さに歯噛みしつつも、メンバーのひとりが口にした「猫を愛することは人間を憎むことではない、人間を憎むひとは動物愛護には向いていない」という言葉にハッとする。

映画から興味を持ち、その歴史や文化についてあれこれ調べていたとき、韓国で猫はあまり好まれていないというコラムを読んだ。ペットは犬が多く、猫は魔女の使いと敬遠される風潮があったという。時代は変わり、猫を飼う人も増え、野良猫が地域猫として幸せに生きていけるよう、環境づくりも進められている。

猫の安全のためには一生外に出さない室内飼いがいちばん。それが猫から野性を奪い、外で生きられないようにした人間の責任。その考えに頷きつつも、鳥を追って木に登り、陽の光を浴びて悠々と地面に寝転ぶ猫の姿には胸がすく思いも抱く。室内で安全に、それは自然を知らせないまま一生を終えさせること。外で自由に、それは人間用に構築された危険な社会に晒すこと。どちらも人間の都合でしかなく、猫に選択肢はない。

ではせめて、外で暮らす彼らが安全に生きていけるような社会を人間は目指さなければならない。それは「人間を憎む」ことから遠ざかることでもあるのだ。

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・[SIWFF2022] 고양이들의 아파트 - Cats' Apartment Trailer(本国版予告編)

・『猫たちのアパートメント』日本版予告編

予告編の違いが興味深い。廃墟になりつつある場所にいる猫たちを捉える本国版、ひととの繋がりを見つめる日本版

・しかし驚いたのが、「優しいエレクトロの音楽いいなあ、誰だろう」とチェックしたら『哭声』の音楽もやってたチャン・ヨンギュだったこと。振り幅広過ぎるだろうが!