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2022年11月03日(木)
川崎の菊地成孔&ぺぺ・トルメント・アスカラール

菊地成孔&ペペ・トルメント・アスカラール コンサート2022@カルッツかわさき ホール


『かわさきジャズ 2022』の1プログラムでもあるので(一見さんの客も結構いた模様)、運営の方といろいろ擦り合わせがあったのかもしれない(演奏曲目のいくつかは早くから発表されていたし)。オールタイムベストの選曲に思えました。とはいえ、そこに「Caravaggio」持ってくるのも相当ですよね……名演でしたけども。あと楽団名義がいつもの「と」じゃなくて「&」だった。何故だろう(開演前のアナウンスで気が付いた)。ちなみに早川純さんが事業企画の一員だった縁での出演だったそうです。「何、早川くんこのホールの社長? 下っ端?」「会社には社長と下っ端しかいない」。

なかなか聴ける機会が少ないPTA、今年は雪の日のBLUE NOTEと本日だけ。ホントは大阪と京都も行きたい。公開されているように今回全部セットリスト違うんですよね。スタンディングでも聴きたかったし<ジャン=リュック・ゴダールに捧げる>コンセールも聴きたかったよ〜。

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菊地成孔(cond/sax/vo/perc/cdj)/ 林正樹(pf)/ 鳥越啓介(cb)/ 早川純(bdn)/ 堀米綾(hpf)/ はたけやま裕(perc)/ 大儀見元(perc)/ 牛山玲名(vn1)、田島華乃(vn2)、舘泉礼一(va)/ 関口将史(vc)
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田中倫明さんは「葉加瀬太郎さんのツアーにとられました」。トラのはたけやまさんは、6月に行われたチルドレンワークショップでの“太鼓のお姉さん”。

・足立区制90周年記念 「ギャラクシティ 音楽の日」を家族・友達と楽しもう!
・足立区制90周年記念 ギャラクシティ 音楽の日 「菊地 成孔 ポリリズムワークショップ」
・6/12(日)開催の「菊地 成孔 ポリリズムワークショップ」の講師 菊地成孔 先生と、お手伝いいただく「太鼓のお姉さん」はたけやま裕 先生からメッセージ動画をいただきました✨
ごあいさつも見ものなので載せとく。

演奏曲目が記載された当日パンフレットが配られるというのも、PTAでは珍しい部類。隣席のおじいちゃんは演奏が始まるごとにパンフをとりだして曲目を確認し、アンコール曲はペンを取り出し書き加えていた。反対側の老夫婦は、おばあちゃんはノリノリ、おじいちゃんは身体を乗り出して見入っていた。後ろが空席で、他の客の視界を遮るということはなかった。こういうの見るとやっぱりうれしくなっちゃうのね。ときにはこういう無礼講、あっていいと思うの。音楽を楽しめるのがいちばん。奇妙なMCとともに刺さって忘れられない思い出になるといいな〜などとニコニコする。

テナーとソプラノ。歯のことがあるからSx減らして歌多めかな、なんて思っていたがそんなことはなかった。ですよね。そういうひとではなかった。しかし高音厳しそうだったなー。反面、面白いくらい声出るようになってて笑ってしまった。声量も、声の伸びも、ファルセットだけじゃなくて地声もスカーンと抜けるような響き。先述のおじいちゃんがぬぬ、といった様子で席から乗り出し始めたのが「嵐が丘」のスキャット辺りからだった。いい声ですよね。

もともとステージ前にダイエットするひとですが、ひとめ見て「痩せたなー!」と思う。それにしたって昨年から災難続き、思えば前厄じゃん。お祓いに行きなよ。儀礼を重んじる反面、それが自身に降りかかることとなると意図的に避けそうな方でもありますよね(…)。

で、満身創痍でも(だと?)演奏が冴える。指揮が冴える。楽団もそれにピタリと反応する。「(レパートリー曲の演奏は)難しくはない」といっていたけれど、違うひとがコンダクトしたらああはならないだろう。ソロのタイミング、戻りのタイミング。プレイヤー同士のケミストリー、聴衆の表面張力を見切る嗅覚。「ルペ・ベレスの葬儀」では今迄聴いたことがない、「大空位時代」に接続するような長調のハーモニーが顕れた。ストリングス四人の弓から松ヤニの粉が舞う。弓がちぎれてふわふわと揺れる。エレガントだけどスリリング。フィジカル直結の演奏は危うく儚い。この瞬間にしかない。

「元老院」の堀米さんと大儀見さんがいることの安心感、毎回チャレンジングなソロやリフをブッ込んでくる鳥越さんと林さん。「Killing Time」でディストーションをかけたギターのようなソロが聴こえてきて、鳥越さん何やってんの!? エフェクターかましてるの? と思って見てみれば、ネックと弦の間に紙を挟んでボウイングしている。これ以前もやってたなあ。でもそのときはギターと聴き間違うことはなかった、ここ迄激しくはなかった。それがまたすごく良くて。「小鳥たちのためにII」では流麗、「色悪」では跳ねまくる林さんのリフに、隣席のおばあちゃんはますます激しく身体を揺らす。着席のダンスフロア。牛山さんのカデンツァはますます切れ味鋭く、関口さんは演奏の激しさとは裏腹なアイドルっぷり。弦の四人が固まったのは大きい。

本編を終え、アンコール前に一気におしゃべりタイム。しかも「時間が余ったので」めちゃめちゃ喋る。内容ほぼ書けねえ。まあ大丈夫そうなとこをちょっと。「お客様の前で言い訳といいますか、てめえのことを晒すのもなんなのですがね」と前置き。

今年に入ってから靭帯を二度伸ばし、熱いカレーを喰って口蓋を火傷、行った歯医者で歯根がヤバい、インプラントにする? 自分の血液を培養して歯根を再生出来ます、あっそうします! てことで今は仮歯です。演奏なんてしちゃダメです、いや演奏しないなんて出来ませんという歯科医との押し問答の末、演奏したらその都度CT撮って経過を診ましょうということになっています。さっき演奏してたらミリッていって、血の味がしてきましたあっはっは。いつものあの話術でまあウケるウケる。

しかしそうしたオモシロ話のなかに、やっぱり芸能もんとしての真摯な姿勢と、聴衆に対する礼節がある。歌舞伎の話から、玉三郎丈の「お客様にああ今日来てよかった、生きていてよかったと思って頂けるものをお届けするために日々お稽古している」という言葉を引用し、「本日の公演がそうあれば幸甚に存じます」。

CDJがセッティングされていたので「大空位時代」はやるだろうと思っていた。「我々の楽団による演奏権(レパートリー権)を頂けたので」とのこと。いろいろ制約があるなか、演奏出来るのはうれしいこと。てかサントラ出してほしいわ〜。お願いしますよNHKさん。

本日最後の、この曲終盤に地震があった。なにせ両隣がノリノリだったため、座席はずっとゆさゆさ揺れていたので最初は気付かなかった。ズン、と突き上げるような揺れがありハッとする。客電がつく。それを知るや知らずや楽団は演奏を続け、やがて聴衆の動揺も静まった。「お客様にああ今日来てよかった、生きていてよかったと思って頂けるものをお届けするために日々お稽古している」。今日の演奏を象徴するような出来事だった。

アスリート的な面もある訳で、以前から60(65だったか?)になったら実演は引退みたいなことをいってるからなあ……。いつ迄も聴けると思うなよということで行けるときは行っておきたい。何しろこんな名手、他にはいないのだ。生きることの痛みと苦しみ、そして快楽を届けてくれる名手は。

その後メルマガが届く。やはり歯はヤバいことになったそうです。そりゃそうですよね……やっちゃった瞬間のことが書いてあったけど、序盤も序盤、「京マチ子の夜」1サビで派手にリードミスをして「わっ、大丈夫?」と思った箇所だった。そういう面倒全部診てくれるいい歯医者さんのようでよかったです。という訳でお祓いに行ってください(再)!