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2020年01月11日(土)
『パラサイト 半地下の家族』

『パラサイト 半地下の家族』@TOHOシネマズ新宿 スクリーン7


おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉。ポン・ジュノの視線はいつも優しい。

2019年、ポン・ジュノ監督作品。原題は『기생충(寄生虫)』、英題は『Parasite』。宣伝等で紹介されているあらすじは導入に過ぎない。物語がこう転がっていくとは、こんなところに着地するとは。次々と繰り出されるブラックユーモア、笑いと驚きの連続、やがて静まり返る観客。身じろぎもせずスクリーンを食い入るように見つめる。目が、耳が離せない。コメディ? アクション? ホラー? 人間ドラマ? 社会派? ジャンルはくるくると姿を変える。間違いないのは、これは映画だということ。なんという余韻。

数々の伏線が数々の暗喩になる。それをどう受けとるか、全ては観客にかかっている。そのためには緻密で膨大な仕掛けが必要だ。映像では伝えられない筈の臭いと肌触りを想像出来るようにする、登場人物がその心理に至る迄のエピソードを積み重ねる、それが爆発するときのスイッチを明確に示す。

誰も悪くないかというとそうでもない。だからといって皆が悪人ということはない。台詞にもあったように「○○なのにいいひとなんだ」ではなく「○○だからいいひとなのよ」。性善も性悪もなく、人間の気質は環境によって決定づけられる。裂け目は時折顔を出す。運転手が悪態を吐く瞬間、マダムが運転席の背もたれに素足を載せる瞬間。雨は自然の恵みか、恐ろしい災厄か。かくて悲劇は起こる。あのとき彼が運び出そうとしたのは金でもなく、家財道具でもなく、メダルと写真だった。細やかなディテールが、登場人物たちの関係性を浮き彫りにする。

半地下の父親、ソン・ガンホ。いつものことだが素晴らしい。娘、パク・ソダムの風格! 息子、チェ・ウシクの夢見るような瞳に大きな悲しみを、母、チャン・ヘジンの演技に家族の追憶を。高級住宅街の母親、チョ・ヨギョンの塩梅にも舌を巻いた。“シンプル”とはよくいったものだ。父親、イ・ソンギュンのバランスも見事。これ、どっちかというと富裕層側に繊細さが求められるよね……豊かな生活、豊かな教養、豊かな人間関係、細やかな気遣いと気配り、だからこそ生まれる未知の世界への見えない壁。ホン・ギョンピョの撮る暗闇の漆黒は、どんなに目を凝らしても黒しか見えなかった。ふたつの家族の間にはそんな真っ黒な溝があった。

誰も知られていない場所にいるひとは、誰にも知られることなく涙し、許しを請い、日々祈る。長い時間が過ぎる。終盤のモノローグが現実になると信じられるひとはどのくらいいるだろう? それはきっと無理だと思う、それでもあの光景を目に出来たことを幸せに思う。そこには想像という、ちいさくも偉大な空間がある。寓話かもしれない、それを愛情と呼ぶのはあまりに甘いかもしれない。しかし、そう思わないことには、ひとは生きていけない。あのシーンを用意してくれた監督の優しさに、人間への愛情に感謝する。

余談。オリヴィア・ハッセーの『暗闇にベルが鳴る』のラストシーンを思い出しました。そんなのワタシだけだろうからネタバレじゃないよねこれ……。「そこにひとがいることを誰も知らない(気付いてない)」という怖さが今でも忘れられない映画です。見つけてあげてほしい、気付いてほしい。物理的な意味でも心理的な意味でも。

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・『パラサイト 半地下の家族』┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております。パンフレットに載っていない人物を照会出来るのホント助かります。いつもは役名以外の情報(ex. 図体が良い運動服 商店社長)も書かれていますが、今作はネタバレ厳禁なのでそれがありません。こういう気配りも素晴らしいなー。
そう、あの人物をどう載せているのかなと思っていたのです。そして何という役者なのかも。他の作品も観てみたいな

・そうそう、パンフレットにも『ポン・ジュノ監督からのお願い』としてネタバレしないでメッセージが掲載されているんだけど、そのテキストがウィットに富んでいてとてもよかった。「ブルース・ウィリスは幽霊だ!」(笑)

・韓国映画「パラサイト 半地下の家族」(『寄生虫』)をより楽しむための韓国文化キーワード7つ(ネタバレなし)┃KONEST
他国の翻訳がどうなっていたか言及してるのも面白い。「カンヌ映画祭上映時の英語字幕を作成した翻訳家・ダルシーパケット氏は、この『チャパグリ』をラーメンとうどんを併せた『ラムドン(ram-don)』という造語によるアクロバティックな翻訳を施すことで非韓国語圏の観衆に『チャパグリ』の持つニュアンスを伝えた。」