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2018年04月18日(水)
『女は二度決断する』

『女は二度決断する』@新宿武蔵野館 1

これはジハードか、復讐の連鎖か。それとも現実社会に絶望した人物が、ただただやり遂げたかったことか。加害者が逗留していた場所が海辺ではなかったら、彼女は二度目の決断を実行に移しただろうか?

実際にあった事件と裁判をもとにつくられたそうだが、非常に整理されたフィクションになっている。家族の思い出の場所が海辺であること、それがスマホに動画保存されていて、いつでもどこにいてもアクセス出来るということ。彼女がメカに強いという描写があること。サムライのタトゥーをしていること。SNS(もっとこまかくいえばFacebook)を実名で利用し、行動の履歴が第三者にも閲覧出来ること。加害者がそれらを軽率に利用する浅薄な人間であること。加害者たちは若く、特に女性の方は幼さすら残る(あのアニメ声!)相貌であること。それら全てが丁寧に、結末に集約するべく配慮されている。そのホンの緻密さと相反して映像は荒々しい。粒子が粗く暗い、手ブレの多いカメラだ。

監督は注意深く、暴力を否定する。法に異議を唱えない。「疑わしきは罰せず」という言葉が、これ程虚しく響いたことはない。裁く側もそれをわかっているからこそ、「無罪ではあるが無実ではない」といい添える。しかしひとは揺れるいきものだ。どんなに否定しても、諦めようとしても、ちょっとしたことがきっかけで行動力は湧いてくる。彼らが海辺にいたことで、一度は思いとどまった彼女は再び決意する。海辺だから第三者に被害は及ばない。そこにいるのは当事者、加害者と被害者だけだ。どちらかだけが残ることをよしとしないのは、サムライのタトゥーが暗示している。欧州における「サムライ」は潔さの象徴でもあるのだろう。

この映画にはもうひとつの興味があった。音楽をQueens of the Stone Ageのジョシュ・ホーミが担当しているのだ。彼のことをQOTSAの、ではなくEagles of Death Metalの、とすると考えることも増える。ジョシュはその日不在だったが、EoDMは三年前、パリのバタクラン劇場で89名の死者を出したテロ事件の被害者だ。その名のとおり、ユーモアあふれるゴキゲンな音楽を奏でるバンドだが、テロは彼らから笑顔を奪い、大きな責任を負わせてしまった。ジョシュがどういう思いでこの映画音楽の仕事を引き受けたかはしらないが、EoDMのメンバーだということと無関係ではないように思う。

フィクションにアレンジされていると分かっていても、動悸が激しくなる。彼女をとめたいと思い乍ら、同時に彼女の明るい未来を想像することが出来ない。ラストシーンは溜飲をさげるふりをして、胃に鉛を流し込む。

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・彼女の二度の決断を見逃すな──衝撃的結末に誰もが心を揺さぶられる! “ドイツ警察の戦後最大の失態”と言われる連続殺人事件──実話から生まれた緊張感極まる超良質サスペンス│映画.com
・ある日突然、息子を奪われたら。 実話を元にした映画が問いかける「憎悪の連鎖」│BuzzFeed Japan News

・極右の連続テロ事件から生まれた映画「女は二度決断する」のアキン監督に聞く│BLOGOS
サムライタトゥーについての解説も。「死してなお忠義心をもつ」武士道か……

・ドイツ・ネオナチ殺人犯に終身刑求刑│TUFSmedia 日本語で読む中東メディア
もとの事件について、逮捕や起訴についての記事は沢山あったのだが、判決についてはこの記事くらいしか見つからなかった。時間が経つととひとびとの興味は薄まる。報道も少なくなる。そうして忘れ去られてしまう。被害者だけがとり残される

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・パリ同時テロを生き延びた「イーグルス・オブ・デス・メタル」が「あの時何があったのか」を語る約30分のインタビュー映像公開│Gigazine
・イーグルス・オブ・デス・メタルのジェシー・ヒューズがパリに戻った夜
・イーグルス・オブ・デス・メタルのジェシー・ヒューズが語る原点と未来
EoDMの記事もおいときます。ジェシーは銃規制に反対しているが、そのことを一方的に否定出来ないし、責めることも出来ない。あの日メンバーは、銃を持った人物から襲われ、銃を持った警官たちに救助されたのだ