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2016年01月16日(土)
『元禄港歌―千年の恋の森―』

『元禄港歌―千年の恋の森―』@シアターコクーン

蜷川幸雄と秋元松代のタッグは、頻繁に上演されていたときはまだ小僧だったので逃したままだった。昨年の『NINAGAWA マクベス』もそうだが、蜷川さんが大劇場の空間をインパクトと美で埋め尽くしていた頃の演出をこうしてまた観られることは嬉しい。遅れてきた観客を、列車に飛び乗らせてくれたという感謝すらある。

つらいストーリーで、一刀両断すれば猿弥さん(の役)がそんなことしなければよう……というものだ。個人的には苦手な話でもある。しかし、秋元×蜷川はさまざまな角度から光をあて、登場人物の隠された、やりきれない思いを浮かび上がらせる。大衆が街を行き交う、その賑やかで生命力に溢れる光景の美しさ。瞽女たちの歌。溌剌とした娘の声、夫を許せない妻の声、はなればなれになった家族が再び手をとりあう姿。大きな犠牲を伴った末の安らぎの影には、打ち捨てられたひとびとがいる。弔われることを許されなかった人間がいる。懸命に生きているからこそ、その歩みには傷が生まれる。誰にも気付かれず消えていく、その傷や思いを丁寧に掬いあげる。

この作品には、ひと知れず忘れられていく傷を見つめるまなざしがある。あなたを見ている、それに気付いているという存在は、ひとびとを弔い続ける作業でもある。そんな存在があると思えることはどこかで救いになる。情念深い物語にあって、気っ風のよい啖呵、決め台詞のキレは、悲劇にカラリとした道理を持ち込む。

敢えて予備知識を入れていかなかったのだが、驚いたと同時に嬉しかったのはこの物語のモチーフに「葛の葉」が用いられていたこと。『亀博』で観た、齋藤芳弘氏による写真がとても印象に残っていたのだ。妖艶で美しい、そして悲しみをたたえた狐の化身だ。亀治郎さんが猿之助を襲名したとき、彼の演じる葛の葉は当分観られることがないだろうと、その上演を逃したことを悔いたものだった。思わぬ形で機会が訪れた。猿之助さんを筆頭とする歌舞伎組と、現代劇≒時代劇として演じる面々の混在は、雑種の力強さがある。不思議なことに、女形と女優が向き合い言葉を交わしても違和感がない。白狐が宙を舞い、はかなさとあっけなさの象徴である椿は絶えずこぼれ、照明がその美しさをより際立てる。スタッフには故人も名を連ねている。彼岸と此岸を行き来しているようにすら感じる。長い暗転のなかに、もうここにはいないひとたちの姿を探す。

個人的には段田さんの演技に引き込まれました。歳下である猿弥さんと猿之助さんの息子役、自分でも笑っちゃうと仰っていましたが、同時に「これが芝居の醍醐味」でもあると言っていた。確かにそのとおり! プログラムで当人たちが絶賛していた(笑)宮沢さんと段田さんのラブシーンも情熱的で素晴らしかったです。猿弥さんと新橋耐子のコンビもよかった。大石さんをはじめとするニナカンメンバーもよい仕事っぷり。

これを書いているのは22日。蜷川さんの体調が思わしくなく、『蜷の綿』の公演延期が発表された。前日、さい芸の年間スケジュールが届いた。2017年の『近松心中物語』とともに、『ハムレット』9演目が発表されている。恐らく新しい演出になるだろう。過去の成果を確認する作業と、新しい挑戦と。意欲は衰えない。やることはまだまだ沢山ある。なんとか、なんとか。