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2015年02月21日(土)
『三人姉妹』

シス・カンパニー『三人姉妹』@シアターコクーン

チェーホフ作品を読むのは好きだ。ただ、戯曲を読んで感じ入る箇所、台詞を読んで頭に浮かぶ演者の振る舞いが、舞台に載ると掻き消されていると感じることはある。今回はそれがなかった。言葉と、表情や行動をに代表される身体の変化が、感情の動きと結びついていると感じた。

財産が喰い潰されていく家。家とともに朽ちていくような長男。その家から、土地から離れる術を断たれ、「それでも生きていく」と決意する三人の姉妹。育った環境からの悪意なき発言に高慢さはなく、むしろ口にされない言葉に慎ましさと正直さを感じる。姉妹たちが長男の妻に言えない言葉。次女が夫に言えない言葉。そして、三女が愛されている相手に言わない言葉。ときとしてそれは残酷なものだ。「語られない言葉」に、次女の夫も、三女の婚約者も傷付いていく。そして、長男の妻が「語る言葉」の力に圧倒される。彼女の発言により家を追い出された老婆は、出て行った先に安息を見い出す。長女は、自分が「語らなかった言葉」によって彼女を家に縛り付けていたことに気付かされてしまう。反面、次女が恋する中隊長の語る哲学の空虚なこと。この地に留まらないストレンジャーでもある中隊長の言葉は、語られれば語られる程力を失い宙に浮く。宙に浮くのは老医師の語る言葉も同様。彼はこの国から逃れられないエイリアンのようだ。

あらゆる言葉が、登場人物の希望と、諦念とともに響く。それが哀しい笑いを呼ぶ。的確な演出と、演者の実力によるものだと思う。

三女イリーナを演じる蒼井優さんの台詞のブレスがとても大きく(比較的後方の席だったのだが、それでもひゃあっ、とかひゅうっ、とか聴こえてしまう)、そこには戸惑った。この台詞を語り切るのはそれ程難しく、体力も要るのだろうなと思った。それと関連するのかも知れないが、長男アンドレイと恋人(のちに妻)ナターシャの睦言のシーンにマイクが使われていたところにも違和感。台詞を伝えるためには仕方がないのかなとは思った。それ程この作品は台詞が大事なのだと言う演出家の意気を感じた。

次女マーシャを演じた宮沢りえさん、素晴らしい。コメディエンヌとしても、情熱を体現する身体と、それら感情をクールダウンさせ、確実に客席に届けるスキルを持った演者としても。彼女のマクベス夫人をそろそろ観たいな、と思った。ナターシャを演じた神野三鈴さんの野性は素晴らしかったな。そういえば彼女が演じた『欲望という名の電車』のステラも、生きることに貪欲な女性だった。アンドレイ言うところの“獣”、生命力の塊。鈴を転がすような声は鋭利な刃物のように、ズバリズバリと核心をつく。イリーナの婚約者トゥーゼンバフは個人的に好きな登場人物。近藤公園さんが演じたことでますます好きになった。次女マーシャの夫クルイギンとともに、片思いの権化。そして赤堀さん演じる長男アンドレイを観られたことがとても嬉しかった。余貴美子さん演じる長女オーリガには人間の美徳に満ちていた。大きな包容力。苛立ちにすら魅力を感じた。

そして照明がすごいな…と思ったら服部基さんだった。もうこのひと大好き。室内の暗さと森の冥さ。未来を暗示するかのような窓向こうの闇、冥界へ続くような木々の陰。