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2014年06月28日(土)
『グランド・ブダペスト・ホテル』

『グランド・ブダペスト・ホテル』@角川シネマ新宿 シネマ1

で、翌日観に行ったこの作品も、戦争や政情に文化が巻き込まれ、押しつぶされると言う話であった。せつない。『爆烈野球団!』では野球団の練習グラウンドが日本軍駐屯地になっていたが、東欧の架空の国ズブロフカ共和国で栄華を誇ったグランド・ブダペスト・ホテルは、ファシストの兵舎として利用されることになってしまう。

幾層にもなった物語です。語り手は神経衰弱に陥った作家。静養にとグランド・ブダペスト・ホテルを訪れた彼は、かつてそのホテルでロビーボーイを務めていた富豪の回想を聞く。彼の師匠であり父親代わりでもあった伝説のコンシェルジュ、彼らが巻き込まれた事件、恋の顛末。奇想天外、そして続く孤独な人生。回想される時代は30年代、それを作家が聴いたのは60年代。国民的作家となった彼の墓地を訪ねた若い女性が、胸に抱えた彼の著作から彼の地へと思いを馳せるのは現代。

デザインがとにかく素晴らしい! これでもかと言うシンメトリーな撮影も含め、やはりキューブリックが連想されたのですが(『シャイニング』と併映で観てみたいわー)、衣裳がキューブリックの『シャイニング』『時計じかけのオレンジ』を担当した方だったとのこと(ミレーナ・カノネロ)。プロダクションデザイナーを務めたアダム・ストックハウゼンの名前は頭に刻むことにした。最後の最後、エンドロールの最後迄徹底的にデザインされた世界。そこに配置された俳優たちが、活き活きと己の役柄を全うしています。

彼を目当てに上客が後を絶たないと言われた程のコンシェルジュですが、彼の魅力はホテルの客の知らないところにもある。それを観客は目にすることが出来る。冒頭ロビーボーイに「あなたもロビーボーイから始めたのですか?」と問われ「どうかな?」と応えた彼は、物語の終盤「その通りだよ」と明かす。おつかいに渡した金の「余りは足の悪い靴磨きに」。刑務所での面会には痣だらけの顔で現れ、イカツイ囚人たちは彼になつく。ロビーボーイへの失言にシュンとし、その恋人に甘い言葉を囁いて「口説かないで」とたしなめられる。

食事当番でおかゆを配るコンシェルジュと囚人たちのやりとり、よかったなあ。少年時代ホテルでコンシェルジュと接した警察官が、彼を助けてくれたりね。刑務所へ差し入れされた、かわいらしくデコレーションされたお菓子にナイフを突き刺さない検査官とかね。職務的には甘いのだろうけど、そういう心は誰にでもあるのだと示してくれる優しさ。しかし。

日頃の行いは誰かが見ている。それは巡り巡って自分に返ってくる。でも、それは時折エラーを起こす。そんな欠陥を世界は抱えている。警察に毅然とした態度をとったコンシェルジュは、同じようにファシストにも立ち向かう。銃撃戦で傷ひとつ負わなかった顔に痣のあるパティシエールは、はやり病にかかる。そして、ロビーボーイはひとりきりになる。

上品な物腰で、どんなトラブルにも毅然と対応するコンシェルジュは、時折ロビーボーイの前で悪態をつく。汚い言葉を口走る。何故香水を忘れたんだ? 自分が臭いのが耐えられない! なんて言う。彼がどういう環境で育ったかが垣間見える。しかし彼は完璧なコンシェルジュとして名を馳せたのだ。生まれ乍らの卑しさなんてものはない。もしそれがあったとしても、ひとは自分を律することが出来る。自らの力で品格を身につけることが出来る。

そんなコンシェルジュを演じたのはレイフ・ファインズ。何が嬉しいって、久し振りに人間の役のファインズさんを観られたことですよ…人外メイクじゃない! あの碧眼、あのほんのり紅いほっぺ、あのおでこのしわ! 顔にラバーとか張ってなーい!(歓喜)しかもちょーエレガン、ちょーチャーミング、ちょープロフェッショナル! うえーん観たいファインズさんが観られたヨー。当て書きかと思うくらいだったんですが、パンフによると実際のモデルは今作の監督ウェス・アンダーソンと原案ヒューゴ・ギネスの共通の友人だそう(今作のインスパイア元である作家、シュテファン・ツヴァイクの要素もあるそうです)。あの美声と切れのよい台詞まわしを活かした澱みのない話術を堪能しました。目も耳もしあわせ。

はあはあ、レイフのことばっか書いてますが、エイドリアン・ブロディもエドワード・ノートンもジュード・ロウも素晴らしかったよー! 不気味な殺し屋を演じたウィレム・デフォー、86歳のおばーしゃんを演じたティルダ・スウィントンも最高。そしてトニー・レヴォロリとシアーシャ・ローナンのカップル! ちょうキュート。

古き良きヨーロッパは戦争と時代の移ろいによって消えてしまった。幻となったその世界を、コンシェルジュは自らの美意識をもって守り通した。美は元ロビーボーイの思い出のなかで生き続け、その思い出を聴いた作家により語り継がれる。そして読者に届く。長い長い時間をかけて、いつの時代にも、それは続く。