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2014年04月01日(火)
『ユア・マイ・サンシャイン』

『ユア・マイ・サンシャイン』(DVD)

絶賛ファン・ジョンミン特集中。原題は『너는 내운명(君は僕の運命)』、英題は『You Are My Sunshine』。セルDVDにはメイキング等の特典がつくので、こつこつ集めていこうかな、と最初に購入したのがこちらです。そしたらまー、この作品ノベライズコミカライズも出ていることが判明。Amazon検索の芋づる効果ですね…。遅れてきた韓流状態で、この映画が当時(2005年、日本公開は2006年)どうやって日本で紹介されていたか全く知らなかったので驚いた。純愛ラブストーリーとしてマダム向け展開をされていたとのこと。せっかくなので網羅してみました(笑)。映画を中心に、関連書籍の感想も書いてみることにします。

と言うのもこの作品、単なる泣けるラブストーリーとは一線を画す内容で、かなり考えさせられたのです。

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フィリピンでの嫁探しツアーに失敗した畜産農家のソクチュン。自分の牧場を経営するのが夢の彼は、こつこつ働き、お金を貯めています。同居している母親に嫁はまだかと嫌みを言われても気にする様子はなし。話し相手はだいじに飼っている牧場と言う名の牛。気の優しい真面目な男です。

ある日、ソクチュンはスクーターですれ違ったウナと言う女性にひとめ惚れ。ウナは最近“喫茶店”に新しく入った娘らしい。ソウルから来たと言う彼女の洗練された美しさに、ソクチュンはすっかり参ってしまいます。出前と称して売春業務も行っている喫茶店で働くウナをソクチュンはあれこれ心配しますが、女性に対して奥手なのでうまく好意を表現出来ない。ウナはある事情から男性も愛情も信じられない状態になっており、ソクチュンの不器用な好意を素直に受け取ることが出来ません。

衝突の日々が続きますが、ソクチュンがそれはまあ粘り強い(笑)。台詞にもありますが、ストーカーと紙一重です。しかしそんな彼のあまりにもまっすぐなふるまいは、ウナの心を徐々に開いていきます。とある事件をきっかけに、ふたりはお互いの正直な気持ちを受け入れる。結婚して幸せいっぱいの日々を過ごすふたりでしたが……。

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いやー重い。HIVへの認識の低さ、偏見、差別。韓国における家族の繋がり、家長=長男の権威の強さ。罪に問われるのはウナひとりってとこもつらいし、ウナの元旦那をはじめ、風俗来て暴力ふるう男、避妊拒否する男と言った表沙汰にならない悪人がいるのもすごくいや。ウナに大怪我させた男だってきっと捕まらないもんね……。胸糞悪いわー。

しかし弱い立場の人間が晒されるのは、こういった直接的な暴力だけではありません。この作品には、力なきひとたちの残酷な姿が描かれている。

「お金持ってるんでしょ」と言われるソクチュンですが、それはつましく暮らしている結果で、有事となるとだいじにしていた牛を売らなければならない程度の蓄え。伝染病で豚を大量に処分しなければならなくなったりと不安定な職業でもあります。ちいさな村では悪い噂がすぐに広まる。生業を営む土地を離れることも出来ず、その狭い世界で生き続けていくのは容易なことではありません。ちくちくと排除の檻に閉じ込められて行く、その様子には背筋が寒くなる。それは当事者だけでなく家族にも及び、ふたりは最も近しい共同体からも切り捨てられることになります。

ソクチュンのお母さんがまたすごくいいひとだったんだよね。喫茶店に勤めている嫁なんてと最初は反対するけれど、息子が選んだ女性ならと結婚を許してくれる。ウナが優しくよく働くいい娘だと言うことをちゃんと自分の目で確かめると、彼女の出自に拘らず仲良くなる。彼女の身体のことを知っても掌を返すようなことはしません。ソクチュンに「母さんなんて要らない」と迄言い放たれても、彼女は息子とその妻を案じ、最終的には彼らの気持ちを尊重します。ソクチュンの兄(家長)と訪れた拘置所でのやりとりに、お母さんの人柄がにじみ出ていて胸が痛くなった。状況的にお兄さんのことも責められないだけにね……。

実話をもとにした作品です。監督のパク・チンピョはドキュメンタリー出身とのこと。まるで大映ドラマのように次々とふりかかる不幸はともすれば滑稽なものになりがちですが、役者の的確な演技を得て、登場人物たちをリアルに立ち上がらせています。監督のインタヴューによると、モデルとなったふたりに取材したとき「なんとか映画のなかだけでも、ふたりを祝福してあげることが出来ないだろうかと思った」そうです。

その言葉のとおり、作品には監督の優しい視線が透徹しています。ウナと寝る前、バスルームでブリーフランニング姿のまま踊ったりうろうろするソクチュンのシーンが相当面白いんですが、こういう「他人が見ていない、当事者しか知らない」場面を覗き見せる視線もひたすら優しい。ふたりの幸せな日々はその風景とともに美しく、丁寧に描かれています。ふたりしか知り得ず、誰にも邪魔されない世界。幻ではなく確固とした現実であるその思い出は、困難に直面したふたりの心のよりどころになる。その幸せな日々を取り戻すため、ふたりは日々を生き延びるのです。

あの土地でこれからも暮らしていけるのか。発症したらどうなるのか。問題が山積みのまま物語は終わりますが、再会したふたりの笑顔には、ただただ祝福と明るい未来を祈らずにはいられません。

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それにしてもジョンミン兄さんまじですげえ…撮影中体重を15kg前後増減したデニーロアプローチだけでもすごいんですが(無理な減量で毛が抜けたってよ……)、あのかわいらしさはそういった所謂“役作り”だけで出せるものではないわ。演じているのに当人の本質がにじみ出る、これぞ役者の魅力ではなかろうか。ウナを出前に呼び出して「ただ休んでほしいんです」と言ってるのに結局寝ちゃったり、もらったハンカチでマスターベーションしちゃったりと、身体は立派な大人の男性だわねえってな描写がしっかりあるのにギリギリかわいいんですよ(笑)。夢物語ではない映画を成立させる重要なファクターになっている。その流れを通過して、初めて商売ではなくふたりが寝るシーンのかわいらしいことといったら!なまなましーのにかわいい!

ウナを演じたチョン・ドヨンさんがまたすごくて。過酷な境遇で暮らしひとを信じられなくなっている女性。思いとは裏腹な言葉を吐き、語らず尖らせた唇に心を滲ませる。初めて牛乳を飲むシーン、逮捕後ソクチュンと初めて面会するとき、鏡の前で笑顔を作るシーン。言葉よりも雄弁な表情が心に残りました。

ここでノベライズとコミカライズの話になるんですが、マンガ版ではソクチュンは童貞と明記されている。小説では純愛を強調するためか、その辺りの描写はスルーされていました。そしていちばん生々しいのに映画本編のラブシーンがいちばんかわいかったと言う…ドヨンとジョンミンマジックだわ。役者さんの表情や行動で表現される部分を、マンガは主人公の女性の心情を語らせることで表現し、小説はふたりの心情を丁寧に言語化していました。

ノベライズには、ソクチュンの声が二度と戻らないだろう等の映画で明かされなかった情報もあった(字幕になっていないだけかも知れないけど)。元旦那にいなくなったウナを先に見付けたのは俺だ、お前はウナを愛していると言っておき乍ら何故見付け出せなかったんだ?と言われて悔しく思うソクチュンの描写が詳しく、愛情と執着の違いって…なんて真面目に考え込んでしまいましたヨ!

マンガは映画公開前に連載されたものだそうで、話の構成が変わっていたり登場人物が少なくなっていたりしました。ソクチュンはぷっぷくぷーなジョンミン兄さんとは違い、これ普通に格好よくないか…って青年になっていた(笑)。マンガを描かれた杉浦圭さんとドヨンさんの対談ではソクチュンとウナの人物造形について、撮影裏話等が読めて面白かったです。