| 2005年03月29日(火) |
秦 河 勝 連載41 |
小手子の使者は馬子に訴えた。 「天皇の許へ猪を献上する者がありました。天皇は猪を指さして(猪の頸を切る如くに、いつの日か私が憎いと思っている人を斬りたいものだ)と言っておられました。どうか懲らしめてあげて下さい。それに何をお考えなのか東漢直駒の兵を宮城へお集めになっております」 密告により、天皇が馬子を憎み攻撃しようとしていると判断した馬子は、直ちに東漢直駒を呼んで素知らぬ顔で相談した。 「駒よ。天皇が私に兵を向けて戦を仕掛けてくる用意をしているようだ。どうしたらよいか」 「そんなことがある筈はありません」 「何故判る」 「秦河勝様より要請を受けて天皇の身辺警護のために手勢のものを配置したばかりです」と東漢直駒は何がなんだか判らずに目を白黒させながら答えた。 「そうか。秦河勝の指図で動いたのか。他に何か命令されていないか」 「主上を警護奉れと言われただけです」 「実は天皇が私の首を切りたいと言っていると密告してきたものがいるのだ」 「誰ですか」 「皇后だ」 「ははあ。私が貢物を河上嬪にしか持っていかないので、つむじをまげましたか」 「天皇が私を討つためにお前に兵を集めさせているとも言った」 「それは違います。私は軍政官の秦河勝の指示に従っただけです」 「そういうことか。お前は軍政官の秦河勝と私とどちらが大切だと思うか」 「勿論大臣です」 「それなら、何故宮城へ兵を配置した」 「秦河勝に言われて天皇の身辺をお守りし忠節を誓うためです」 「お前の気持ちは判った。改めて命令する。策は秘なるがよい。兵をいますぐ引き上げよ」 「それはまずいでしょう。天皇に気づかれると騒ぎが大きくなりますし、秦河勝が疑いをもちます」 「成るほど。秦一族を敵に廻すと面倒なことになるな」 「御意」 「天皇を弑逆奉る決心をした」 「恐れ多いことです。逆賊になりますよ」 「私が天皇になるのだ」 「本気ですか」 「本気だ。こんなこと冗談でいえることではない」 「そこまで覚悟されているなら、天皇に気づかれぬことが肝要です。私の兵はそのまま警備させておいたほうがよいでしょう素早く手練を使って一人で行動することが肝要かと思います」 「なるほど。よく判っているな。その役はお前が果たすのだ」 「恐れ多いことでございます。私が逆賊になってしまいますが」 「私は司法権も掌握している。お前を罪人にすることはない」 「どのようにして天皇に近づきますか」 「十一月三日に東国より調を奉納する儀式を催すことになっている。東国は天皇の所領の多い所だから必ず天皇は出席なさるであろう。そこでお前は天皇が着席なされたら、直ちに刀を抜き喉元を突いて弑逆奉ってくれ」 「承知致しました。殺し屋は私の得意とするところです。ところで報酬には何を戴けますか」 「天皇の嬪河上娘をお前の妻にしてもよい。宮城から略奪しても構わない」 「本当ですか」 「本来なら、お前の一族は帰化人だから皇室と縁組することはできない。だが河上娘は我が娘であり皇后ではないが妃であり身分も高い。やがて私が天皇になれば、お前は天皇の娘を妻にもつことになる。帰化人のお前の一族がこの国で繁栄していくためには格もあがることになるのだからよい報酬であろうが」 「有り難き幸せでございます」
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