| 2005年03月12日(土) |
秦 河 勝 連載25 |
「そりゃ何時頃のことですかのう」と機織りが聞いた。 「もう十年以上も昔のことじゃそうな」と河勝が答えた。 「随分執念深い神様じゃのう」とさきほどの機織りが慨嘆するような口調で言った。 「その仏様とやらいう他国の神様を祭ったから、逆にこの国の神様が妬んで祟りをなされたのではなかろうか。わしはそう考えますがな」と年寄りの百姓が言った。 「どだい、お姿が見えないから神様なので、人間の顔をした神様なんかはいかがわしいと、わしゃ思いますがの」と信心深い籠作りが言った。 「わしら、祟りさえなければ、神様でも仏様でもお祭りしますがな。のう、皆の衆、そうじゃろうが」と壺作りが言った。 「そうじゃ」 「そうじゃ」
秦河勝は父の名代として用事を済ませたのでその報告のため、病床に父を見舞った。 「父上、只今帰りました。蘇我馬子大臣には、父上の贈り物をお渡しし、お願いもしてきましたが、大臣はただ聞いておくといわれただけで、特にどうしろという御指示はありませんでした」 「そうか。玉依郎女にも、そろそろ月のものがめぐってこよう。それまでに入内の話が決まればと考えているのだが」と国勝は病床から河勝の報告を聞きながら言った。 「丹塗りの矢が流れてくるまでに決まればよいですね」と河勝は松尾神社で受けた先祖霊の託宣のことを思いだしながら言った。 「そのことよ。わしも、最近鴨氏の若い衆が夜、通ってきては、機織女達にちょっかいをかけているので、変な虫が玉依郎女につかなければよいがと心配しているところなのだ」と国勝が言った。
「鴨氏の嫡男が最近、夜這ってきているそうですね。玉依郎女が狙われているかもしれませんよ。私はあてにならない入内の機会を待っているよりも、鴨氏の嫡男を婿にして、賀茂神社の祭祀権を握ったほうが将来得策だと思いますがね。そうすれば、葛野と北山背を支配していくのに良い条件が整うと思うのです。仏教がこれから主流になるでしょう。しかし内国神を疎かにすることはできません。 我々氏族には先祖霊がついており、氏神として祭ってきたのです。秦一族の氏神は深草に稲荷神社、葛野に蚕の社、松尾に松尾神社として祭られているのですから、今、鴨氏と縁戚関係ができれば、山背国全体を覆う祭祀を主催できることになるわけです」 「それはそうかもしれないが、やはり天皇の后を狙うべきだと思う。それだけの力は養ってある筈だから」と国勝は娘入内の希望をすてきれない。
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