前潟都窪の日記

2005年03月06日(日) 秦   河 勝 連載19

「私は今までこのような尊い妙法を聞いたことがなかつた。すぐにでも入信したい気持ちだ。しかし大和朝廷の天皇としては影響するところが多いの で、採否をいますぐ決定し返答することは差し控えたいと思う」

次いで、天皇は聖明王の使者接待のために集まってきている群臣達に下問した。
「諸卿に聞くが西の国から伝わった端麗な美を備えたこの仏像を祀るべきかどうか意見を述べて欲しい」

「おそれながら、天皇が天下を大王として統治していらっしゃるのは、常に天地社稷の百八十神を春夏秋冬お祀りなさっているからでございます。このたび仮初めにも蛮神を拝むことになると、必ず国つ神の怒りを受ける事になるでしょう」と中臣鎌子が他国神を祭ることに反発し、物部尾輿も拒否を表明した。

 これに対し蘇我稲目は崇仏を主張して言った。

「西の国では諸国が皆仏を礼拝しています。豊秋の日本だけがなんで拝まないで済まされましょうか。大いに礼拝すべきです」

 天皇は三種の神器を奉安し、天神地祇を司祭する立場にあったから中臣鎌子や物部尾輿の意見はよく理解できた。一方では進取の気にも富んでいたから、蘇我稲目の意見にも心を引かれた。

 しかしここでは自分の意思を明確に表示することは賢明でないと判断し、目先の効く蘇我の稲目に仏を預け自分の態度を明確にしないほうが得策で
あると考え次のように言った。

「それでは願い人の蘇我稲目に仏と教典を預けて、試しに礼拝させてみよう」


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