前潟都窪の日記

2005年01月03日(月) 国税局の査察��

 この頃には社長は代替わりして今村研一の長男今岡福吉が同族会社の事業を継承していた。

 勇は先程、海野が人払いをするかの如く、勇を応接室にわざわざ呼び込んで「否認するなら最後まで否認して下さいよ」と言った意味をどのように理解すれぽよいか必死になって考えていた。

 社長が朝、一旦出社したのに自宅からの電話で慌てて喪服を取りに帰ったことことの意味もよく判らない。確かに古参社員の父親の告別式が今日午後一時よりあるのは事実である。そのことは昨日通夜に出席しているのだから、喪服を忘れる筈がない。するとわざわざ喪服を取りに帰ったと言ったのは口実で、今日の査察についてなにか情報が入ったのでそれを確かめに帰宅したのではないか。政界や中央官庁には沢山の情報ルートを持っているから、ホットラインで何かをキャッチしたのではなかろうか。それが海野をして「否認なら最後まで否認してくださいよ」という一種の暗号として勇に謎をかけてきたのではないかという気がしてならないのである。社長と連絡をとりたい。そうすれば、海野が投げかげた「否認するなら最後まで否認してくださいよ」といった言葉の謎が解けるのではないか。

 一つの解釈は庇理屈でもいいからとにかく事実関係を否認し通すことだそうすれば、政治力が働いて闇に葬り去られるという意味である。

 もう一つの解釈は商売仇による投書があってこれが査察の端著となっている場である。この場合であれば内部に会社の機密を漏らした者がいることが予想されるから充分内部調査をしてから対処しなければならない。どの程度の情報が漏れているかを把握しなければならないから対処の仕方がむつかしくなる。その場合にはむしろ被害が少なくなるように事実関係を素直に認めて修正申告で済ませる方向で決着するよう工作する必要生じてくるだろう。そのためにも社長と早急に速絡をとりたかった。だがそれができないなら自分の判断で最善を選択するしかないなと考えていた。

「都窪さん。金庫を開けて下さい。それから清泉銀行に会社の貸し金庫が有るでしょうその鍵を出してください」と次席捜査員の韮山が勇の側を離れずに指図する。
「貸し金庫には何も入っていませんよ」
「開けて見れば判ることだからとにかく鍵を出しなさい」と次第に命令口調になってくるので、勇の胸の動悸はますます高まってきて、部屋の隅に置いてある金庫を開けようとするがダイヤルの番号を思い出せない。毎日、無意識にダイヤルを回して開けているのに今日は何度やっても金庫が開かない。
「気が動転してダイヤル番号を思い出すことが出来ないので、気を静めるために一服したいから喫煙室ヘ行かして欲しい」
「どうぞ」

勇は海野の言うように本当に各支店にも捜査員が入っているのか状況を把握したいと思って喫煙室の受話器をとると、
「都窪さん電話をかけてはいけません」とただちに、傍らにいる捜査員が待ったをかけるのでどうなっているのか状況が皆目判らない。外部から電話が掛かって呼び出し音がするとすかさず近くにいた若い捜査員が受話器を取り
「こちら今岡建設工業ですがいま取り込んでいますので三十分後に掛けなおして下さい。」と言ってガチヤンと切ってしまうのである。
「大切なお客さんからの電話かもしれないのにそんな応対の仕方はないでしょう。仕事がとんだらどうしてくれるんですか」と営業課の藤本が食ってかかると

「脱税をするような悪い会社なんだから仕事の一つ二つ飛んだって仕方がないだろう」と生意気な答え方をする。
「嫌疑をかけられただけで脱税していると決まってはいないだろう。裁判もしていないし、判決も出ていないのにひどいではないか。国家権力をかさにした横暴は許せないぞ」と藤本も負けてはいない。
「まあまあ、そんなに興奮しないで。工藤さん、相手の名前は聞いてあるんだろう。藤本さんに相手の名前を教えてあげなさい」と白髪頭の年配の捜査員がとりなしたの雰囲気はおさまったが藤本は憤懣やるかたない気持ちを顔に露に示して相手を睨みつけながら部屋を出て行った。
「金庫はまだ開きませんか」と勇に命令した韮山が催促をする。
「支店と連絡を取りたいのだが電話をかけさせて欲しい」
と勇は韮山に訴えた。

「まだ駄目です。何を連絡したいのですか」
「支店にも捜査が入っているのか確かめたいのです」
「支店のすべてと関係子会社全部に捜査員が入っています。全ての取引先銀行と社長と経理担当重役の自宅にもはいっています。先程話したように百人の捜査員が手分けして今言った所ヘ入っているのです。徹底的にやりますから早く真実を喋ったほうがいいですよ」
「社長は自宅にいるのですか」
「社長は自宅で捜査員に調べられていますよ」
「速絡をとらせてください」
「それは出来ません。早く金庫を開けて下さい。もし開けないのなら職権で金庫を壊しますよ。ダイヤル番号を忘れた振りをしても駄目ですよ。都窪さん。観念することですね。」と韮山は勇の魂胆を見透かした口ぶりである。
 勇がダイヤルの番号を思い出して金庫を開けて貸し金庫の鍵を取り出すと韮山の指示をを受けた小鹿という捜査員が貸し金庫の置いてある銀行まで一緒に行って貸し金庫を開けてくれという。勇もこうなったら下手に逆らっても無駄だと思いはじめていた。

「貸し金庫には何も入ってませんよ」
「この目で確認しないと信用できない。捜査とはそういうものです。銀行まで遠いのですか」
「歩けば三十分ほどかかるでしょう」
「会社に車はありませんか」
「全部現場ヘ出ていますから、歩くしかないですね」と勇は少しでも時間稼ぎを試みるが捜査員もそこは見通しである。
「タクシーで行きましょう。公費で処理できますから都窪さんも一緒に乗って下さい」

 清泉銀行に到着して、窓口で今岡建設工業だが貸し金庫を開けたいというと、態度がいつもと違ってよそよそしい。見ると既に別の捜査員が先に来ていて、いろいろ事情聴取されていたようである。早速貸し金庫を出して貰って合鍵であけるが中にには何も入っていない。
「それ、ご覧なさい。何も入っていないと言った通りでしょう。私は嘘と坊主の髷だけはゆったことがありませんよ」と勇は一つの関門を通り抜けたという安堵感に浸りながら言った。
「次は都窪さんの自宅まで御同行ねがいます」と会社から清泉銀行までついてきた子鹿捜査員が、金庫に何も入っていなかったのは理解しかねるといった顔付きで新たな指示をした。


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