前潟都窪の日記

2004年12月30日(木) 父の死��

 伯叔父、伯叔母、訃報を知らせなければならない親戚の人々の顔が眼前に浮かび上がってくるが、この目で父の遺体を確認してからでも遅くはないのではなかろうか。まして時刻は真夜中である。まだ,息があるものなら、真夜中に電話して近親者を起こすのもよいであろう。しかし、結果は既に判明しているのである。父は突然死んだのだ。死んだ者は生き返りようもない。明朝、自分の目で遺体に対面し死に様を確認してから電話をしても遅くはないだろう。若し、万が一にもぶざまな死に方をしているなら、父の名誉のためにも庇ってやりたい。父の最後を見届けた福山美智子に会って、真相を聞きただしてもみたい。

 時刻表を調べてみると夜行列車よりも明朝一番の新幹線を利用した方が大阪には早く、着けることが判ったので新幹線で駆けつけることにした。
 喪服を出したり、旅支度をしたり留守中の業務の処理について依頼事項や指示事項をメモしているうちに夜も白み始め出発の時刻が迫ってくる。由紀と香保の二人の娘をたたき起こして着替えをさせる。

 大阪へ駆けつけた妹の幸子から電話が入った。
「お兄さん、駄目だったわ。間に合わなかったのよ」意外に落ちついた口ぶりで取り乱した様子も窺えないのでほっとする。
「残念だね。あなたがたが着く前に病院へ電話して結果は判っていたよ。お父さんは普通の亡くなり方をしたんだろうね。自殺とか他殺とか変死とか。異常な亡くなり方ではないだろうね。死に顔はどうだい」最も気になっている点をせき込んで尋ねてみる。
「病院の先生は急性心不全という診断をしておられます。安らかな死に顔よ苦しんだ様子もないわ」
「そうかこれから家を出るところだ。お母さんが参ってしまうと困るから、傍へ付いていてくれよ。9時半にはそちらへ着けると思うから、それまで宜しく頼む」
「お葬式は大阪でするの。岡山でするの。会社の方がお兄さんに聞いてくれと仰るんですが」
「どんな方法をとっても、岡山へ連れて帰りたいと思っている。そうお願いしてくれないか」

 子供達を妻の実家へ預けて、夫婦で大阪へ駆けつけた勇達は昔の記憶を頼りにタクシーの運転手へ行き先を告げる。

 大学生の頃、小遣いをせびりに何回か訪れた父の勤める工場は新三国橋を渡って、産業道路沿いに2km程北上し、たしか三栄化学の前を西へ入るとエステルの芳香が鼻を楽しませ、香りの方向へ歩いていくと小さな溝川があり小さな橋がかかっていた。橋を渡ると前方に反応塔が、聳え建っているはずだ。17〜8年振りに産業道路沿いにタクシーを走らせると周囲の様子はすっかり変わっていた。ちいさな町工場が道路沿いに立ち並んでいたはずなのに、今はすっかり面目を一新し、スマートな建物が立ち並んでいた。緑豊かな工場内の敷地には色とりどりの乗用車が整然と並んでいる。工場設備も近代化され最新鋭の物になっているのであろう。日本経済の高度成長振りを目のあたりに具体的な形として見る思いである。

 目標とする三栄化学は建物こそ立派に建て替えられていたが、17〜8年前と同じ場所にあった。

「運転手さん。そこの三栄化学の前を左に曲がって下さい」
 左折して、勇は再びその光景が様変わりに変わっているのに驚いた。木造の薄汚い工場が並んでいた筈なのに、高層マンション群が聳え建っており、街路樹が植えられた道路は綺麗に舗装されている。溝川の流れていた辺りには立派な勤労者会館のビルが建っているではないか。父の勤めている、いや勤めていた工場の反応塔は昔のままの姿で残っていたので、辛うじてそれと識別することができた。昔、私が遊びにきていた頃にはドラム缶が山積みされていた工場内の敷地には、最新鋭の工場設備が建ち並び、以前平屋建ての事務所があった位置には、スマートな三階建ての鉄筋コンクリート造りの事務所が屹立しており面目を一新している。

 妻の田鶴子を伴い事務所の扉を開けると勇も顔見知りの外村さんが席から立ち上がり、走り寄ってきた。頭髪には白いものが混じっている。


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