今年の正月、岡山へ帰省して、父、母、他家へ嫁いだ三人の妹達とその子供達、そして横浜に世帯を持った勇の家族が一堂に会した。 「お父さん、もうお年だしそろそろ仕事を辞めて、岡山へ帰りお母さんと二人で魚釣りしたり好きな絵でも描いて、悠々自適の生活をされては如何ですか」と勇が勧めた。 「いや、男から仕事をとったらぼけてしまう。体の動くうちは仕事をしていたほうが健康のためにもいいんだ」 「でも不自由でしょう。20年近くも単身で生活していると」 「なに、大阪と岡山は新幹線で一時間じゃあないか。休みごとに休養に帰っているからそれで十分さ。夫婦なんてものは毎日顔を突き合わせていると文句の一つも言いたくなるものだが、たまに会うと新鮮な喜びがあるものだ。独りで生活している方が仕事に打ち込めていいよ。それに不遇の時代に救ってくれた会社に対しても、体の動くうちは働いて恩返ししたいと思っているんだよ。まだまだ心配しないでくれ」
勇は「ダナエ」の前で楽しげに語り合う父子の姿を見ながら、正月に交わした父とのそんなやりとりを思い出していた。今日は日曜だから父は岡山へ帰り、訪ねてきた六人の孫達を相手にして相好を崩していることだろう。蝉取りをせがまれて、吉備津彦神社の森へ行っているであろうか。それとも小学校六年の博を一番左の端に立たせて背の順番に孫達を並ばせ、背丈を計ってやっているのだろうか。きっと一番右端に並ばせられた三才になる義弘がチョコチョコ動き回って手を焼いていることだろう。また孫達に取り囲まれて笑っている父の写真が届くだろう。
「お父さん、お帰りなさい。ダナエって素敵でしょう」と長女の由紀がプール帰りの日焼けした顔で迎えた。 「うん、たいしたもんだね。岡山のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに見せてあげたいと思ったよ」 「そうだ。お父さん、いいことがあるわよ。岡山のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんをご招待するのよ。佳代がクロールで50メートル泳げるようになったところもついでに見て頂くの」 「あなた、それがいいわよ。夏休み中に来て戴いて、由紀と香保にご案内させると岡山のお父様、お母様きっとお喜びになりますわ。お正月以来でしょう」と妻の田鶴子が傍らから口を添えた。 「そうだな、この家を建ててから親父は一度も遊びに来ていないからな」 「そうよ、何時もお仕事が忙しいからと仰って、こちらへはお越しにならないんですもの」妻や娘の勧めもあって勇は岡山の実家へ電話を入れてみた。
電話には母が出た。父から朝方連絡があって、今日は会社の決算で忙しいから岡山へは帰らないということであったと言う。 夢うつつの中で電話のベルが鳴ったような気がする。
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