前潟都窪の日記

2004年12月21日(火) 酒のこと��

 西寮というのは「女工哀史」の舞台ともなった京都織物の女工寮を大学が買い取り、学生の寮施設としたものであるが、私達の学年が第一回目の入寮生であった。木造二回建てで一室が18畳の大部屋で、6人で一階と二階に一部屋ずつを与えられた。二階が勉強部屋で一階が寝室であった。

 勇はこの西寮で寮長をした。寮長をしたせいで守衛ともよく話をする機会があった。西寮に竹田さんという酒好きの守衛がいた。守衛室で話しこんでいたらある日、茶碗に茶色い液体を入れて飲んでご覧なさいといって竹田さんが差し出した。酒だということは判っていたが、恐る恐る口に含んでみると舌が焼けつくような刺激がある。構わず飲み干すと、体がカッカッと火照る。葡萄酒のような味もする。

「美味しいですね、これは何ですか」
「トリスのウイスキーですねん」
 それまでウイスキーを口にしたことがなかったのである。茶碗にもう一杯お替わりをしてウイスキーの初体験となったのである。

 吉田寮に移って北寮14号室に陣取っていたが同じ法学部の学生で杉山君という好漢がいた。その彼は酒を飲むには三つの条件があるという。即ち、懐に浄財ありて、良い酒を静かに一献傾ける。これが酒の正しく美味い飲み方であるという。

 第一に懐の浄財を投じて飲むのである。ただ酒や貰い酒は人間の根性を卑しく、また汚くするから止めるのがよい。特に業務上酒の誘惑の多い立場にある人は心すべき教えである。

 第二に静かに飲むことも大切な要件である。大声でわめいたり、大きな声で歌ったりするのは騒々しいだけで酒の味が判らない。静かに知的な会話を楽しみながら飲むのが良い。

 第三に一献傾ける。沢山飲んで酔い潰れてはならない。良い酒を適量飲むのがよい。

 まあだいたいこんな趣旨の話をしてくれた。爾来勇はこの教えを守るように努めてきた。お陰で酒にまつわる失敗は皆無であった。

それにしてもただ酒を飲んで人生を失敗した秀才、賢人が如何に多いことか、このことは最近の話題になった事件の中にも幾つか数えあげられる。厚生省の高級官僚、関西空港の天下り官僚、防衛庁の高級官僚、道路公団の天下り官僚等々枚挙に暇がない。


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