酒とくれば女はつきものである。宇治寮、吉田西寮、吉田寮を通じて松岡沖本、三浦、水島、五十嵐、松森等の寮友は四条木屋町周辺にあった三吉というキャバレーに通いつめ女達と馴染みになっていた。残念ながら貧乏学生で硬派に属していた勇等はついぞキャバレーなんかへ足を踏み入れたことがない。いつも同室の松岡や水島が飲んで帰ってきて楽しそうに女の話をするのを聞いているのが関の山であった。しかし、あまり頻繁に女の話を聞かされるとこちらも若い身空故、血の沸き立つこともある。
家庭教師の謝礼が入ったのである日、渡辺君と語らって三条周辺へ飲みに出掛けて屋台に入った。日本育英会から給付される奨学金が月額三千円であり、アルバイトの家庭教師料が月三千円程度の収入しかない学生の身分からすれば一杯飲むといっても屋台に立ち寄ることくらいしかできない道理である。一日の食費が百円〜百五十円だった筈だ。
ところで渡辺君と二人で立ち寄った屋台には年増のお姐さんががら空きの椅子を前にして人待ち顔に煙草をふかしていた。懐には二千円程の金を持っていたので二人は飲むほどに、酔うほどに気が大きくなりお姐さんのおっぱいに手を突っ込んではその感触を楽しんでいた。お姐さんも怒るでもなくなすに任せていたので、純情な二人はのぼせ上がったことであろう。酒を飲むよりお触りの方へ熱中したのである。そのうち体よくいなされてお勘定ということになり、請求された額がべらぼうに高い。徳利で一人二本ずつくらいしか飲んでいないのに千二百円ほども巻き上げられた。通常の値段の3倍ぐらいのボラレかたであった。お姐さんも百戦錬磨のしたたか者で、初な学生におっぱいを触らせておいて、仇討ちにふんだくったという次第であった。
西寮の近くに河童という飲み屋があった。これは高畠先輩に連れていって貰った所だし、吉田山の近くに「白樺」があって高校生の娘とママさん二人で学生専門に飲ませてくれるホームバーであった。ここへはクラスメートに連れて行って貰ったのが始まりであった。卒業を記念して徳利と猪口とネーム入りのタイピンを馴染みの客にプレゼントしていたが、私もそのプレゼントを受ける栄に浴した。後日談になるがここの高校生の娘さんは我々の後輩にあたる理学部の学生を射止めて婿にとり幸せな家庭を築いていたが、ご主人に先立たれて今は未亡人であるという。
百万遍の近くのバーに井沢君が八本木、池田の両君と私を案内するということになり、一夕飲みに行ったことがある。面食いの井沢が連れていってやるというだけのことはあって、そのバーのママさんは美形であった。もう一人いた女の子もこれまた美人であった。井沢は調子よくママさんや女の子にカクテルなんかを注文しては振る舞っている。そして勘定の段になると、俺はゲルピンだから頼むよと済ました顔でいう。なかなかの傑物である。
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