宇治の学生寮にも入寮することができて生活の基盤も整い新しい生活に慣れかけた頃、中学校で担任であった秋山先生から手紙が届き、研修のため見藤先生と一緒に京都へ出張するから逢いたいと書いてある。指定された日に三条河原町近くの旅館を訪ねると懐かしい秋山先生と見藤先生が若い夫婦と談笑しており、にこやかに迎えて下さった。若い夫婦は見藤先生の弟さん夫妻で最近結婚したばかりの新婚さんであった。もう一人佐藤君という1年後輩の私立大学生が頭にポマードをてかてかに塗りたくってきていた。
予定の人数が揃うとまずは、飲みに行こうということになり、鴨川のほとりの屋台の椅子に座って、こんにゃくとか大根を一皿ずつ貰いながら御馳走になった。アルミのコップのような容器に一升瓶から酒を注ぎ、それを容器ごとお湯に漬けて燗をしガラスコップに注いでくれるのである。両先生とも既に旅館で晩酌をやってこられたわけだから相当出来上がっている。
「早島君も佐藤君ももう大人じゃから、今日は裸の先生を見て貰ってもええじゃろう」 「見藤さんの奥さんも人妻となったんだから、男とはどんなものか観察するのもええじゃろう」 ということになって、両先生が猥談を始められた。それとともに早いピッチでコップを飲み干すのである。見藤先生の弟さんは京都市役所に勤めているとのことであったが、メートルがあがつて先生方の猥談に触発されたものか「残念節」と呼ばれる数え歌を歌いだした。 「正月や・・母さん正気でするがよい・・・するがよい・・・娘もしたがるカルタとり・・・」と12月まで思わせぶりで際どい歌詞が続いて最後のところで外すのである。
両先生、弟の見藤さん、私、佐藤君とかなり酩酊していたが、見藤夫人が目を輝かせるようにして猥談に聞き入っていた姿が忘れられない。通常女性は猥談が始まると眉を顰めて横を向くのだが、その常識に反する行動だったので印象が強かったのであろう。
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