前潟都窪の日記

2004年12月09日(木) ベチャ��

 勇は今年、初めて手作りの面をつけて、町へでたのであるが、近所の子供達を追いかけまわし得意になっていた。鬼面をつけて高下駄を履くと小学校4年生であっても、背丈は高くなり大人より大きくなることがある。
「ベチャよ。ベチャよ」とはやしたてて逃げて行く子供達を追っかけて、小学校前の文房具屋前までくると、餓鬼大将の富雄がするめを齧りながら、女の下駄を頭の上にかざして
「香織の下駄はトウキョウセイ」と節をつけて歌っている。下駄をとられた香織が「返して頂戴」と泣きべそをかきながら富雄を追っかけている。
 勇は香織の災難を見ると富雄の恐ろしさが頭の中に閃きはしたが、それよりも香織の下駄を取り替えしてやらなければならないという義侠心の方が先に走った。つかつかと富雄の傍らへ近づいて襟首を掴むといきなり、頬に平手打ちを一発食らわせた。不意打ちにあってたじろいだ富雄が鼻の穴を大きく膨らませてピクピクさせている。すかさず勇が青竹を振り上げると、怯えた富雄は声も出さずに逃げ出した。勇はこんなに簡単に事が運ぶとは予想さえしていなかったのであっけにとられたが、富雄の逃げていく姿を見ると追っかけてみたくなった。

 追いかけてみると富雄は一生懸命逃げていく。相手が逃げるとますます面白くなって勇はどんどん追いかけた。今日こそは何時もいじめられている仕返しをしてやろうという気持ちが起きて、富雄が悲鳴をあげるまで追いかけ、青竹で叩いてやろうと勇は思った。面を被っているので、誰がやっているかわからないだろうという気持ちが勇を大胆にした。いつも威張って勇達をいじめている富雄の姿が今日程みじめに見えた日はなかったと勇は思った。そして、香織にはベチャの面を見せるのはやめようと思った。走りながら今日の出来事は内緒にしておこうと思った。

 最近インターネットや携帯電話を使った犯罪が増えつつあるが、悪の誘惑に陥るのはその匿名性が原因であると思う。富雄を追っかけ、どこまでもいじめてやろうという気持ちがおきたのも、ベチャの面に隠れての匿名行為である。この時の勇の心理を冷静に考えてみると、人は誰でも心の内に悪魔性を潜ませているのではないかという気がする。よく「魔が差した」ということが言われるが、富雄を追っかけた勇の行動も匿名のベチャ面に助けられてこの悪魔性が発現したものであろう。人間誰でもが内に潜ませているこの悪魔性を発現させないものは、その人が陶冶し磨きあげた人格であり、規範意識だと思う。

 真弧刈り、藺草の元抜き、表の毛取り、糸巻きの木地造りが子供の頃から中学生までの間に経験したアルバイトであった。


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