| 2004年12月03日(金) |
高校野球見物に甲子園球場へ�� |
田舎ののんびりした生活と違って都会の生活には緊迫感があった。毎日の生活が刺激的であった。長山邸の風呂が木の桶を置いただけのものであったのも、田舎で鉄製の所謂五衛門風呂しか知らなかった勇には、新発見であった。
魔法瓶に氷で冷やした麦茶を入れて、伯母が心を込めて作って下さったお結び弁当を持って甲子園へ三日間程通ったのだが、人出の多いのにはびっくりした。また、甲子園球場はラジオで聞くのと実際に見るのとでは大きく違っていた。第一にグラウンドの土の色である。土の色がこんなに赤い色をしているとは想像もしていなかった。第二に芝が綺麗に手入れされていることであった。第三にピッチャースマウンドが高く盛り上がっていることであった。
当時東中国代表は米子東高校で残念ながら、岡山県からは一校も出場していなかった。西中国代表では呉三津田高校が出場していたと思う。高校野球独特の雰囲気を肌で感じ取ることが出来、血潮疼き、胸おどる感激は随所で受けたものである。炎天下に売りに来るかち割り氷を口一杯に頬張りながら、観戦したのは貴重な体験であった。
早島町の勇の周りには誰も甲子園球場へ行った経験のある人は居なかったので、甲子園球場で高校野球の全国大会を観戦して来たことは自慢するに値することであった。
|