| 2004年11月28日(日) |
コンパスのような女性�� |
同窓会の翌日、桑野が香織の自宅を訪問しようと誘いにきた。青山香織の母は年頃の娘三人を抱えているので、若い男が遊びにきてくれるのを歓迎していた。娘三人とも中学校から女子ばかりのミッションスクールに進学させたので、親の目の届くところで男性と交際させるのを望んでいる。香織の姉二人の男友達もよく香織の家へ遊びに行っている。昨日同窓会で桑野が遊びにいってもいいかと尋ねたら是非来てほしい。母も歓迎する筈だと言った。自分独りで行くのも変な気がするので、肇も一緒についてきて欲しい。同級生の中で時間に余裕のあるのは学生の肇くらいしかいないので君を誘ったのだと言うのである。 肇は桑野に誘われて香織の家へ付いて行った。 H町の城跡のある山の中腹に、生け垣に囲まれた古風な造りの家が青山香織の家であった。桑野が案内を乞うと香織が出てきて、訪問客が肇と桑野であると知って笑顔を作り 「あら、珍しい方がいらっしゃったわ。さあどうぞ。どうぞ、お上がり下さい。お母様、桑野さんと中村さんがいらっしゃったわよ」と奥へ声をかけるとその声に香織の母親も奥から出てきて遠慮しないで上がってくれという。 桑野と肇が奥へ通されると、堀り炬燵の布団を取り払って机代わりに使っているらしい炬燵台の上には、今しがたまで母娘が談笑していたとみえ、いちごが皿に入れて置かれていた。 「よくいらっしゃいました。桑野さんも中村さんもお元気でしたか。二人の姉が嫁いでしまいましたので、香織と二人で寂しく暮らしていますのよ。色々、楽しいお話を聞かせて下さい。若い男の方のお話は頼もしくていいですね」と少し上がり気味の桑野と肇の様子を見て、香織の母は言葉巧みに話しかけてくる。やがて香織が台所からお茶を入れて持って来た。 「中村さんも桑野さんもH町に帰って来られたら、これからも是非、遊びにいらっしゃって下さい。香織の二人の姉達のお友達も皆さんよく遊びにいらっしゃって下さいましたわ。皆さんそれぞれ立派な社会人になられて。皆さんが成長なさるのを拝見しているのはとても楽しいことですのよ」 香織の母は自分の息子達が親許へ帰ってきたような喜びようである。
このようにして、肇は大学生の4年間、帰省すると必ず香織の家へ遊びにいくようになった。肇の学校生活の模様とか、香織の学生生活が話題になった。ある日話題が肇の将来の職業に及んだ時、肇は司法官を目指して勉強していることを披露した。肇には国家試験に合格する自信はなかったが、香織のために頑張るつもりであった。 「司法試験に合格したら、香織さんにプロポーズしようと思っています」と肇が意中を漏らすと香織は顔を朱に染めたが、 「私は司法官は堅苦しくて嫌よ。お医者さんか、大蔵省とか通産省の公務員の方が好きだわ」と言った。 肇は戸惑った。医者になることは法学部の学生にとって無理な注文であった。だが,大蔵省か通産省の役人になることはできる。この時以来、肇は司法官試験の勉強から上級国家公務員試験へと勉強方法を変えた。結果的にはこのことは功を奏した。
4年生になって国家公務員試験に合格し、通産省入りが内定した肇は、卒業前の短い休暇を利用して帰省し、香織の自宅を勇み立って訪問した。香織と母は何時ものように肇を迎えてくれたが 「中村さん、良かったわね、通産省に入省がお決まりになって。おめでとうございます。お蔭さまで香織も、この度K大学の医学部でインターンをしている方と婚約が調いましたのよ。中村さんや桑野さんのような良いお友達と交際させて頂いたお蔭ですわ。これからも、帰省されたときには元気なお姿を拝見させて下さい」と香織の母が言った。
香織の母の説明によれば、未亡人として女手一つで三人の娘を育て挙げ、それぞれに嫁がせることができた。女手で娘を育てるのだから、どうしても父親のようにはいかない。そこで、信頼出来る男友達を自宅へ招いて、親の目の届くところで交際させ娘に男を見る目を養わせたいと思って、肇や桑野と交際させた。肇や桑野が香織に好意以上のものを寄せていることは判ってていた。特に肇が国家試験に合格したらプロポーズしてくるだろうということも予想していた。香織が肇に好意を寄せていることも承知していた。しかし問題は肇が長男で、年老いた両親を扶養していく立場にあることだった。そして、香織の母にも最後の娘を嫁がてしまうと、老後の生活をどうするかという問題があった。そこで次男坊の医学生と結婚させるのが一番いいと思っていた。幸い良縁があったので婚約したということであった。
肇は香織の母の説明を聞いて落胆した。目の前が真っ暗になる思いであった。春秋に富む時代に人生の方向を定める羅針盤の役割を果たした女性は手の届かない所へ去っていこうとしていた。その時、小学校3年生の夏、臨海学校で溺死した少女の柩桶を見たときの光景が瞼に浮かびやはり絆は切れたと思った。
肇は大学を卒業して入省してから間もなく田鶴子と見合い結婚した。香織からは時節の挨拶が毎年送られてきた。肇も儀礼的に年賀状や暑中見舞いを出していたが、田鶴子に指摘されてからは出さなくなった。
消息が判らなくなって4〜5年経ったある日、香織から夫が心臓病で急死したという便りが届いた。数えてみると香織は35歳で、香織の母が未亡人となった年齢と奇しくも同じ年齢であった。
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